夏祭り⑥

 ──ドンッ


 腹に響く音と共に、夜空に彩りが加わり始めた。

 多彩な花が次から次へ咲き誇り、幻想的な時間が訪れる。


 そこかしこでカップルや家族連れが空を見上げる中、人混みを縫うように歩く女の子を見つけた。空の景色には微塵も目をくれていない。


「……やっと見つけた」


 白い手首を掴み、俺の方に引き寄せる。

 ブロンドがふわりと舞い、しずくは首ごと振り返った。


「あ、先輩っ! もうどこ行ってたんですか! 私、すごくすごく探したんですけど!」

「それはこっちのセリフだ。何回も連絡してるのに繋がらないし……」

「あ、それなんですけど、私スマホを先輩の家に置いてきちゃったっぽいです。多分、浴衣に着替えた時に」

「あー……道理で既読がつかないわけだ」


 ストンと腑に落ちた。

 いくら電波状況が芳しくないとはいえ、既読すらつかないのは不自然だ。


 初めからスマホを持ち合わせていないのなら、連絡が取れるはずもない。


「すみません先輩。私のせいですね……」

「いや俺こそ逸れた時の対応を考えてなかった。ごめん」


 俺はしずくの右手を握りしめる。もう離さないように少し強めに。


「その握り方だとまた逸れちゃいません?」

「これならいいか?」


 恋人繋ぎに移行すると、しずくは満面の笑みを咲かせた。


「はい。満点です」

「そりゃどーも」

「先輩、少しは女の子の扱いが上手くなりましたね」

「練習台になってくれる女の子が優秀だからな」


 しずくは満足そうに息を吐くと、コツンと俺の肩に頭を預けてくる。


「このままここで花火見ていきますか?」


 遮蔽物はないが、人がごった返している。

 立地は悪くないけど、花火を見るのに最適とはいえない。


「少し移動していいなら穴場がある」

「ホントですか。行きましょうそこ!」


 しずくから二つ返事で了承をもらい、穴場に向かうべく踵を返す。

 と、俺はあることに気づき、ピタリとその場で足を止めた。


「しずく。背負うから後ろに回って」

「え? いや、大丈夫ですよ。歩けますって」

「慣れない下駄の長時間歩き回って大丈夫なわけないだろ。いいから」

「……そうですか。じゃあお言葉に甘えて」


 しずくの体温を背中に感じる。

 驚くほど華奢で軽い。10分くらいなら余裕で背負っていけそうだ。


「先輩、重かったら言ってくださいね」

「軽すぎるから問題ない」

「じゃあお姫様抱っこの方がいいなー、なんて」

「それは絶対無理。やらなくてもわかる」

「えー……先輩カッコ悪い」

「こうなると知ってりゃ、筋トレしてたんだけどな」


 運動からはかけ離れた生活をしてる俺だ。

 筋力はせいぜい平均程度。いくらしずくが軽いとはいえ、お姫様抱っこは荷が重い。


 筋トレに励む男子はこういう場面の時のために、研鑽を積んでいるのだろうか。俺も筋トレ始めようかな……。


 しずくと逸れてからのことを包み隠さず話していると、穴場スポットに到着した。


「ここ、勝手に入っちゃっていいんですか?」

「大丈夫。俺の爺ちゃんが持ってるビルだから」


 五階建てのビル。

 オーナーは俺の祖父にあたる人だ。


 夏祭りにデートに行くことを伝えたら、屋上につながる鍵を貸してくれた。


「凄いですね……。先輩が遠い人に感じます」

「凄いのは俺の爺ちゃんで俺は何も凄くないよ」


 エレベーターで最上階まで上がり、屋上に足を踏み入れる。

 ブルーシートを敷いて、横並びで腰を落とした。


「あ、すごい! ここなら花火が一望できますね!」

「だろ?」


 絶え間なく打ち上がる花火を、何も邪魔もなく快適に見ることができる。他の誰の視線もない。花火の音だけが響く特別な空間だ。


 しずくがそれとなく俺の手を握ってくる。


「綺麗ですね」

「ああ。でも……」

「でも?」

「いやなんでもない」


 危ねぇ……。

 テンションがおかしくなっているのか、柄にもないことを言いそうになった。


「君の方が綺麗だよ」なんて口にするのは自分に酔いすぎだ。

 とんでもない黒歴史を刻むところだった。


「ねぇ先輩、今日の私はどうですか?」


 しずくは俺に半身を向けると、上目遣いしながら問いかけてきた。


 浴衣姿や夏祭りの空気にあてられた相乗効果もあって、今日のしずくはいつも以上に可愛いと思う。母さんにも指摘されたが、思ったことはキチンと口にしないとな。


「可愛い、んじゃないか。最高に」

「最高ですか。えへへ、悪くない評価ですね」


 しずくの頬がだらしなく緩んだ。


「私、先輩と会えてよかったです。色々辛いことはあったけど、今すごく幸せです」


 幸せ、か。

 俺は誰かに幸せを享受できる人間だと思っていなかった。


 自己肯定感は低いし、奥手で卑屈な思考回路をしている。

 でも、しずくは偽りのない笑顔と一緒に、俺には勿体ない言葉をくれる。


 だから彼女の存在は俺の中で日に日に大きくなり、気がつけば彼女のことばかり考えてしまう。


 しずくの取り巻く環境は改善傾向にある。

 噂は間違っていると情報が広がっているし、それを信じる子も現れている。それに校内ではバカップルとして妙な知名度を稼いでしまった。


 夏休みを挟めば、良い意味で双葉しずくの環境はリセットされるんじゃないだろうか。少なくとも腫れ物扱いはされなくなると思う。


 仮にもし俺の想定通りに進むなら、俺の役目はもう御免だ。


「あ、すごい。ハート型の花火ですよ、先輩っ」


 でも俺は、今後もしずくと関わっていきたい。


 先輩後輩の間柄じゃなくて、友達でもなくて、もっと大切な関係を築きたい。


 そう心の底から思うから──。


「先輩? おーい、生きてます?」


 しずくが俺の顔の前で手を振ってくる。


 俺は彼女の手を胸元に引き寄せ、深い海のような輝きを秘めたその瞳を真正面から見据えた。


「せ、先輩?」


「しずくのことが好きです。俺と付き合ってください」


 盛大に打ち上がる花火をバックに、俺は人生で二度目になる告白をした。

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