夏祭り⑤
しずくと逸れてから20分弱。
そろそろ花火も打ち上がる時間だ。
どうすることもできずにいると、ピロン、とスマホが鳴った。
『賽銭箱の近くで見かけたって! 水玉模様の浴衣で青い髪の子が近くにいると思うから聞いてみて!』
やっぱり、持つべきものは人脈の広い幼馴染だな。
俺はグッと拳を握ると、人波を掻き分けながら賽銭箱のある方へと向かった。
「……はぁ、はぁ」
普段から運動しない上に、猛ダッシュしたせいか息を絶え絶えにしながら賽銭箱のある場所に到着した。辺り一体を見回してみる。しかし、しずくの姿が見当たらなかった。
この人混みとはいえ、しずくのブロンドはよく目立つ。
こうなると、しずくはもうどこかに移動してしまった可能性が高い。
「水玉……水玉……」
気持ちを切り替え、今度はしずくの目撃者を探す。
該当の人物はすぐに見つけることができた。彼女は金魚の入った袋を片手に所在なさげに柱に背中を預けている。
「河瀬。お前がしずくの目撃情報をくれたのか?」
俺が話しかけると、彼女──河瀬夢乃はビクッと肩を上下させた。
「は、はい。七海先輩から連絡もらって……双葉さんを見つけたら連絡が欲しいって言われまして……」
「真由葉と河瀬の間にも線が繋がってたのか」
真由葉の人脈の広さには感服する。
もう河瀬とは関わらない気でいたが、今回ばかりは特例だな。
「それでしずくはどこにいるんだ?」
「もう移動しちゃいました。わたしには双葉さんを呼び止めることができなくて」
「そうか。その判断は正しいよ。河瀬はしずくに近づくべきじゃない」
「はい。ですよね……。まだ謝る権利もないですし……」
河瀬は性根が腐った女だ。
好きな男に振り向いてもらうために、過去のイジメの件をしずくに謝罪し清算しようと考えている。心の底から反省をしているわけじゃない。
しずくの噂を消すのには役立っているが、今後は関わらないに越したことはないだろう。
「しずくはどっち行ったんだ?」
「えっと、土手の方です」
俺は踵を返して、しずくの向かった先へと足を動かす。
が、あることが引っ掛かり、河瀬の方に振り返った。
「そういやお前、どうしてしずくにまだ謝ろうとしてるんだ? 好きな男はなんつーか……変わったんだろ? それなら過去のイジメの件を清算する必要ないんじゃないか?」
理解できないが、河瀬は俺が好きだと宣っている。
彼女がしずくに謝罪したかった理由はもうなくなっているように感じる。
河瀬は口をもごもごさせると、控えめに口火を切った。
「わたしは西蓮寺先輩が好きですから、双葉さんから奪いたいんです」
「奪う?」
「はい。でも、今の立場から奪うのは現実的じゃないので、まずは双葉さんに過去のことを許してもらって、西蓮寺先輩から見直されたいんです。それでようやく略奪する土俵に立てるかなと」
「やっぱ終わってるなお前」
やはり、河瀬の性根は腐っているようだ。
聞かれたことを素直に答えてくる辺りは純粋というかなんというか。
何はともあれ、河瀬はしずくに近づけないことが一番の罰になりそうだ。
「じゃあな。もう会うことはないと思うけど」
「え、ひどい! たまにはわたしにも構ってくださいよ! 西蓮寺先輩!」
涙目になりながら訴える河瀬を横目に、俺は土手の方へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます