夏祭り④
「参ったな……」
しずくと逸れてしまった。
人混みから抜けてスマホで連絡を試みるが、既読がつかない。
他県からも人が集まる夏祭りの会場。
人口密度が一時的に増加したせいで、電波状況がひどく悪いようだ。
闇雲に探しても見つかる可能性は低い。
ベンチに腰掛け思案を重ねていると、唐突に影が差し込んだ。
「こんなとこでなにしてるの? ゆうくん」
普段着の真由葉がそこにいた。
右手にはチョコバナナを携えている。
俺は光明が見えたと言わんばかりに立ち上がり、真由葉の肩を勢いよく掴む。
「真由葉! しずく見かけなかったか⁉︎」
「え? み、見てないけど……」
しかし希望はすぐに打ち砕かれ、俺は再びベンチに腰を落とした。
「あ、もしかして逸れちゃった感じ?」
「ああ。連絡も繋がらないし、どこを探せばいいかもわからないから動きようがない」
俺のいる場所はまだ電波が通じやすい。
人混みに混ざってしずくを探すよりは、ここで連絡を待つ方がまだ理性的だろう。
「逸れた時の集合場所とか決めてないの?」
「……決めてない」
「珍しいね。いつものゆうくんなら用意周到にリスクヘッジしてそうだけど」
「そこまで頭を回せる余裕なんてなかったよ」
夏祭りデート自体、一昨日に決まったことだ。
それに何より浮かれていたとも思う。リスクの芽を摘むことはできていなかった。
「そろそろ花火始まっちゃうし、どうにか探さないとだね」
「そうしたいけど、この人混みの中で探すのは現実的じゃない」
「じゃあ諦めちゃうの?」
「諦める気はない。だから、ここでしずくを探す策を考えてるんだ」
とはいえ、画期的なアイディアは思いつきそうにない。
結局のところ、しずくの連絡を待つほかないのが現状だ。
「真由葉こそ、こんなとこで油売ってていいの? 誰かと来てるんじゃないのか?」
「あたしは一人で来たから大丈夫。ちょっと夏祭りの空気を吸いたくなっただけだし」
「そうか。あんまり暗くならない内に帰れよ」
「心配してくれるんだ?」
「幼馴染なんだし心配くらいする」
「ふーん……そっか」
日照時間が延びてるとはいえ、花火が全て打ち上がるまで居たら遅い時間になる。
女子高生一人で出歩くのは、いささか危険が付き纏うはずだ。
真由葉はほのかに頬を紅潮させると、両手の人差し指をツンツンしながら控えめに視線を送ってくる。
「まぁ別にゆうくんが家まで送ってくれるなら心配ないと思うけど。家もすぐ近くだし」
「ん? ごめん、なんて言った?」
喧騒のせいか真由葉の呟きを聞き逃す俺。
「な、なんでもない。あ、そうだ! あたしの友達も結構ココに来てると思うから連絡してみるね。目撃情報あったらゆうくんに連絡するから」
「ほんとか? ありがと、すげー助かる!」
俺は少し安心したように頬を緩めた。
真由葉の人脈は広い。同学年だけではなく、上級生や下級生にも顔が利くからな。
「お礼は見つかってから言ってよ。じゃ、あたしも夏祭りを満喫するついでにしずくちゃん探してくるね。ばいばい」
「ああ、わかった」
真由葉は軽く手を振ってくる。
しかし数歩進んだところで、ピタリと立ち止まった。
「あのさ、しずくちゃんが見つかるまでの間だけ、あたしと夏祭り回らない? ほら、その一緒にいた方が誰かから目撃情報あった時にすぐ伝えられて合理的だし! ここでジッとしてるだけってのも勿体無いし、さ。一緒に夏祭りとか小学生以来でしょ? だから久しぶりにどうかなー……なんて」
徐々に不安になってきたのか、真由葉の声のトーンが落ちていく。
紆余曲折あったが、今の真由葉は俺に対して異性に向ける好意を抱いてくれている。
その気持ちは素直に嬉しいと思うし、かつては俺も彼女に対して抱いていたものだ。
けど、今の俺の気持ちは真由葉には向いていない。
だから俺は小さく首を横に振った。
「いや俺はここで待つよ。もし、しずくの情報が入ったら連絡して」
「そっか。うん、了解。じゃ、頑張ってね!」
真由葉は最後にゲキを飛ばすと、駆け足気味に人混みの中へと紛れていった。
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