夏祭り③

 カラン、コロン、と下駄が地面を叩く音がする。

 浴衣姿のしずくは、白いうなじがこれみよがしと曝け出されいつもと違った魅力を放っていた。


 チラホラと集まってくる羨望の眼差し。

 ちょっとした優越感に浸りながら、俺は細いしずくの手を握っていた。


「悪かったな。ウチの母さんの相手、すげー面倒だったろ」

「いえ、全然そんなことないです。気さくでしたし、凄く優しかったですよ」


 しずくは首を横に振る。


「そうか? でも、いつになくしずくが大人しかったし、大変だったんじゃないか?」

「それはまぁ、緊張してたからです」

「緊張? しずくが?」

「私のことなんだと思ってるんですか。緊張くらいしますよ。相手は先輩のお母さんですし、もし変な子だって印象でも持たれたら最悪じゃないですか」


 確かに、俺もしずくの親御さんに変なイメージは持たれたくはないな。


 程なくして夏祭り会場に到着する。

 大勢の人が集まり、どこもかしこも賑わっていた。


「私、異性と夏祭りに行くとか初めてです。先輩は過去にありますか?」


 しずくは俺の手を掴む力を少し強めると、上目遣いでそっと視線を送ってきた。


「一応ある」

「へえ……」

「な、なんだよその目は。てか、真由葉と子供の頃に行っただけだからな」

「ふーん。先輩は初めてじゃないんですね。ふーん」


 わざとらしく鼻を鳴らしながら、機嫌を斜めにするしずく。


 ヤキモチ妬いてくれてるって解釈でいいのか? 

 だとしたら頬が緩んでしまいそうだが、余計に機嫌を崩しそうなので我慢する。


 俺は近くにあった屋台で、りんご飴を購入してしずくに差し出した。


「これやるから機嫌崩すなよ」

「えへへ、ありがとうございます」


 しずくはニコッとすぐに笑顔を見せると、俺からりんご飴を受け取り口に含んだ。


 俺はジトッと半開きの目でしずくを睨む。


「もしかして俺に奢らせるために不機嫌な演技したのか?」

「先輩は私がそんな小賢しい女の子に見えるんですか?」

「めっちゃ見える」

「むう。失礼ですね。まあ正解ですけど」


 合ってんのかよ。


 俺はこめかみの辺り指の腹で掻き、呆れたように笑う。

 しずくは肩が触れ合うくらい距離を詰めると、俺の口元に食べかけのりんご飴を運んでくる。


「先輩も食べますか?」

「い、いや、俺は大丈夫」


 頬をりんご飴くらい赤くしながら、俺はあさってを見た。


「私たちってもう間接キスを気にする仲じゃないと思います」

「別に俺は間接キスを気にしてるとかそういうのじゃなくて」


 実際、恋人ごっこの最中に間接キスくらいはしてるしな。


「ふーん? 気にしてないなら、どうぞ」

「ちょ、近づけ……ったく」


 半ば強引に口の中に持ってこられ、俺はりんご飴を一口食べる。

 人集りの仲でイチャついている照れ臭さなどが相まって、味がよくわからなかった。多分、美味しいと思う。


「こういうこと真由葉さんとはしました?」

「え? いやしてない」

「そうですか。ならいいです」

「昔、俺が真由葉と夏祭りに行ってること気にしてはいるんだな」

「ち、違います。ただの情報収集です情報収集!」


 しずくは薄らと頬に赤みを宿しながら、矢継ぎ早に言う。どうしよう、いつにも増してしずくが可愛く見える。


 緩みそうになる頬を堪えながら、人集りを縫うように歩く。


 右を見ても左を見ても、人だらけの境内。

 この雰囲気は何度味わって悪いものじゃないな。


「あ、先輩先輩」

「ん?」


 ふと、しずくは足を止めるとグイグイと手を引っ張ってきた。


「射的ありますよ。やりませんか」


 射的か。

 エアガンとか取っても、結局すぐ使わなくなるんだよな。お菓子に関してはスーパーで買った方が良いレベルだし。


 ゲーム機とかカセット系は、正攻法で手に入れられるとは思えない。


 とはいえ、せっかく来たのだから一回くらいはやっておくか。


「取った景品が少ない方が奢りな」

「あ、言いましたね? 後で撤回はナシですよ」


 しずくは自信満々の表情を見せると、射的の屋台へと向かう。


 屋台のおじさんに五百円払って、コルクを六つもらう。コルク一つにつき百円の計算だが、五百円だと一つサービスして貰える。


 もらったコルクを三つずつ分けて、取った景品数でしずくと競う事にした。


 早速、銃にコルクをセットして、景品に狙いを定める。


 一発目──外れ。

 二発目──外れ。


 二発連続で外してしまう。

 そして最後の三発目はキャラメルの入った箱に掠っただけだった。


 全然ダメだ。自分のセンスのなさに戦慄する俺。


 ちらりとしずくの様子を見る。


「なにしてるんだ?」

「な、なんか全然上手くコルクが入らなくて」


 俺はしずくの背後に回ると、コルクを入れるのを手伝う。


「向き逆。ここにちょっと力入れてみて」

「こうですか?」

「ちょっと貸して」

「せ、先輩! ちょっと注目集めちゃってるんですけど……」

「え? ああ」


 俯瞰してみると、今の俺はしずくに後ろから抱きついている状態。

 カップルが散見される夏祭りの中といえど、射的で堂々とイチャつくのは場違いだったかもしれない。


 主に、子供達から『何してるんだこの人達』って目で見られる。


「あ、出来ました。ありがとうございます先輩」

「そ、そうか。ならよかった」


 俺はしずくから離れて、逃げるようにそっぽを向く。


 しずくは景品に狙いを定めながら。


「というか先輩はもう終わったんですか?」

「聞くな」

「そうですかそうですか。もう私の勝ち確ですね」

「いや、引き分けの線は残ってる」


 しずくは「まぁ見ててください」と自信満々で引き金を引く。

 が、結果は見当外れなとこにコルクが飛ぶだけ。惜しくもなんともなかった。


「あ、あれ? おかしいですね」

「引き分けだなこれは」

「そうはなりません。次こそは!」

「はいはい」


 二発目もしずくは外していた。

 この調子なら、俺と同じく何も景品を取れずに終わりそうだ。


 しずくはむぅっと頬を膨らませると、


「先輩、手伝ってくれませんか」

「手伝う?」

「はい。一緒に持ってください」

「また目立つぞ」

「そうですね。見せつけてやりましょう」

「振り切れちゃったか……」


 俺は困ったように肩を落とすと、しずくの背後に回る。


 一緒に銃を持って、景品を狙う。もう、傍から見たらバカップルだな。


「もう少し右です。はい、ここら辺です」

「あのキーホルダー狙ってるのか?」

「はい、可愛くないですかアレ」


 モグラのキーホルダー。あまり可愛げはないが、しずくのツボにはまったらしい。


「可愛いかはさておき、アレを狙うならもう少し上だろ」

「いやここですって」

「いや、このくらいで」

「ちょ、先輩勝手に動かし──あ」


 わちゃわちゃ二人で照準を定めていると、しずくが誤って引き金を引いてしまう。

 しかし、コルクは真っ直ぐな直線を描き、キーホルダーを見事に仕留めた。


「ほら、上だっただろ」

「違いますよ。今は下向いてましたって」


 俺の狙いが正しかったとドヤ顔をかますも、しずくが反論してくる。

 と、屋台のおじさんが困った様子で。


「はいこれ。兄ちゃん達、イチャイチャするのもほどほどにね」

「「はい、すみません……」」


 俺たちは景品を受け取ると、逃げるようにその場を後にした。




 その後、焼きそばを食べたり、金魚すくいをしたりと夏祭りをこれまでかと満喫した。この後は花火が上がる予定だ。


 良きところを見計らって、俺の気持ちを彼女にぶつけようと思う。


 しかし人が増えてきたな。

 こうも人が増えると逸れたら一巻の終わりだ。


 しずくの手はしっかりと掴んで……。


「あれ? しずく……?」


 しずくの手の感触が消えていた。

 あれ、そういえば……射的のあたりから手は繋いでいなかった。


 グルリと周囲を見回してみるが、しずくの気配がない。



 どうやらこの人混みの中、俺はしずくと逸れてしまったらしい。

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