夏祭り②
「いい? 絶対に、間違ってもしずくに余計なこと言っちゃダメだからな。俺としずくとは付き合ってないすらないんだ。フラットな関係なの。わかった?」
「うん。よくわかんないけど、わかった!」
しずくが浴衣に着替えをしている最中、俺は懇切丁寧に香奈の誤解を解いていた。
母さんが余計なことを香奈に吹き込んでいるからな。子供の頃はなんでも素直に吸収してしまう。誤った知識は正しておかないと後々が面倒だ。
ふと時計を見ると長針が90度ほど動いていた。
リビングの扉がひとりでに開き、借りてきた猫みたいに大人しいしずくと顔を合わせる。
「お待たせしました、先輩」
「お、おお」
鮮やかな花柄模様が彩られた浴衣を身にまとい、簡単なアップヘアに纏めている。髪の房が軽く揺れて、彼女の首筋を涼しげに撫でていた。
普段とは異なった魅力が押し出され、直視するのが憚られ俺はそっと視線を逸らした。
「悠里、照れてる場合じゃないでしょ。ほら、なにかしずくちゃんに言うことあるんじゃない?」
厚かましいヤジを飛ばしてくる母さん。
俺は口をもごもごさせながら、再びしずくに目を向ける。
だが今度は目が合うなり、お互いに頬を紅潮させて視線を横に逸らした。
「じゅ、準備できたみたいだしもう行くか」
「そ、そうですね先輩」
早口になりながら、ウエストポーチを肩に掛ける俺。
母さんは呆れたように肩を落としてため息を漏らしていた。
「はあ、もうホントダメなんだから。そういうところお父さんそっくりね……」
母さんから不当な評価を下される。
反論してやろうかと思ったが、長くなりそうなので俺はグッと堪えた。
「シズクちゃん、すごくかわいいっ!」
キラキラと目を輝かせながら、香奈がしずくに駆け寄っていく。
「ほんと? ありがと」
「きょうはゆうにぃのためにガマンするけど、いつかまたカナともあそんでね」
「うん、もちろん。いつでも遊ぼ」
「えへへ」
頭を撫でられて破顔する香奈。
相変わらず俺の妹は天使だと恍惚とした顔で眺めていると、母さんにツンと肘で小突かれた。
「妹に先越されてどうするのよ。ちゃんと思ったことは言葉にしないとダメよ。言わなきゃ伝わらないんだからね」
「わ、わぁってるよ」
何事もキチンと伝えていかないといけない。共有していくの大切だ。
俺は一足先に玄関に向かい、靴に履き替える。
母さんは下駄を取り出し、しずくの前に差し出した。
「しずくちゃん、これ使ってね。あ、でも下駄なんて履き慣れてないわよね。もしアレだったら悠里のこと杖代わりにしていいから」
またこの人は余計なこと……。
頬に熱を溜めて当惑するしずく。
俺はそんな彼女にそっと左手を差し出した。
「母さんの言ってることは気にしなくていいけど、転ぶと大変だし」
「は、はい。じゃあ……」
控えめに俺の手を握ってくるしずく。
母さんがニマニマした顔が非常に腹立たしいので、さっさと出発するとしよう。
「いってらっしゃい」
「バイバイ、ゆうにぃ、しずくちゃん」
母さんと香奈が見送ってくる。
しずくは「行ってきます」と丁重に返していたが、俺は軽く手を上げるだけで済ました。
さてと、ようやくこれで夏祭りに行くことができる。
まだ何も始まってないのに、随分と精神を磨耗した気がするな……。
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