夏祭り①

 日曜日。

 しずくと一緒に夏祭りに行く日になった。


 曾祖父さんが呉服屋を営んでいたとかで、ウチには浴衣や着物等が多く眠っている。

 今はその浴衣を取りに、俺の家へとしずくを案内している最中だ。


「私、先輩のカノジョって立ち位置でいましょうか?」

「普通に学校の後輩でいいよ」

「でもでも、先輩的にはカノジョって紹介する方が鼻が高いんじゃないですか?」

「いや、母さんが余計に喜ぶ情報を与えるのはよくない。ただでさえ、俺がしずくと夏祭りに行くってだけでダル絡みしてくるし……」


 息子のプライベートを暴くのを趣味にしてる人だからな。


 しずくと本当に付き合っているわけではないし、母さんのテンションは不用意に上げたくはない。


「てか、やっぱりどうしても行くのか? 夏祭りだからって浴衣じゃなきゃダメってわけじゃないしさ」

「いえ、浴衣は絶対です。こういう機会でもないと着れませんし。それに、先輩だって私服の女の子より浴衣の女の子が隣にいた方がよくないですか?」

「しずくが隣にいてくれるなら俺はどっちでもいいよ。そりゃ、浴衣のしずくも見たいけど、私服姿だって訳わかんないくらい可愛いし」

「……ッ。きゅ、急になんですかッ。そういう卑怯な技を使って私の好感度を稼ごうとしないでください!」


 頬に薄桃色の血液を巡らせると、しずくは俺から視線を逸らし俯き加減に文句を垂れてくる。


「俺はただ思ったこと言っただけだよ」

「だ、だからってホントずるいですよ」


 しずくは消え入りそうな声で呟くと、ピトッと肩を寄せてきた。


 肌が触れ合い、俺の頬にも赤みが伝染してくる。

 今の赤い顔の状態で帰ったら、一層母さんに揶揄われそうだ……。



 ★



 現在時刻は、16時を過ぎたあたり。

 実家の玄関を開けると、目と鼻の先に母さんが立っていた。


「あ、待ってたわよ。貴方がしずくちゃんかしら?」

「は、はいっ。双葉しずくです」

「惚れ惚れする可愛さね。……悠里のカノジョには勿体ないわ」

「えっと、私と先輩は付き合ってるわけではないです。ただの後輩です」

「ただの後輩なら、悠里が夏祭りに誘うわけないわ。悠里は打算的だから、興味ない人には時間割かないの」

「そ、そうなんですね」


 しずくがチラッと視線を寄越してくる。


 母さん、早速、余計な口を開いてるな……。


「母さん、いらないこと喋らなくていいから。それより浴衣準備してくれた?」

「うん。もちろん。じゃ、しずくちゃんコッチ来て。浴衣着付けてあげるから」

「すみません、ありがとうございます!」

「悠里。くれぐれも覗いちゃダメだからね。いい?」


 俺は頬をヒクヒクと痙攣させる。

「そんなことしねぇよ」と吐き捨て、俺はひと足先にリビングへと向かった。



 リビングに入ると、ソファの上で妹の香奈が絵本を読んでいた。

 香奈は俺の存在に気づくと、絵本を閉じて飛びついてくる。


「ゆうにぃ、これからデートなの?」

「え、ああ、まぁな? どこでデートなんて言葉覚えたんだ?」

「ママからおしえてもらったの。ゆうにぃはデートにいくから、かえってくるのはあしたになるかもって」

「自分の娘になに偏った知識植え込んでんだよ……」


 ただ夏祭りに行くだけだ。

 補導されない時間帯には帰るに決まっている。


「カナね、きょうはゆうにぃとあそぶのがまんする。だからね、シズクちゃんとのデートたのしんでね」

「ん。サンキュ」

「あとねあとね、ゆうにぃががんばれば、シズクちゃんがカナのねぇねになるってほんと?」

「そ、それもまた母さんから聞いたの?」

「うんっ」

「あのババァ……」


 俺は額に手をつき、重たく吐息をこぼした。


 香奈の屈託のない笑みと無垢な瞳が痛い……。


 しずくの着替えが終わるまで時間かかりそうだし、母さんが香奈に吹き込んだことを色々訂正しておくか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る