バッドエンド?
最悪なタイミングで、しずくに目撃させてしまった。
しずくは現実から逃げるように足早に立ち去っていく。
頭が真っ白になり判断が遅れる。数秒を経て、俺は彼女の後を追った。
図書室を出ると、しずくが階段を登っていくのが見えた。
向かっている先は恐らく文芸部の部室。俺は平常心を取り戻してから、特別棟へと向かった。
特別棟。四階の角にある文芸部の部室。
一呼吸置いて、恐る恐る引き手に指をかける。鍵は掛かっていないみたいだ。
「……入ってこないでください」
ソファの上で体育座りをして、しずくは顔を伏せる。
突き放す冷たい物言いに臆しそうになるが、俺は一歩前進した。
「誤解を与えたと思うから解きたい」
「誤解も何も……私はこの目で見ました」
しずくは、俺が河瀬の頭を撫でている所に遭遇した。
仮にも、しずくは俺を信頼してくれている。
なのに俺は、その信頼を裏切りかねないことをした。
「ごめん、少し語弊があるな。しずくが自分の目で見たものを否定したいわけじゃない。ただ、釈明の機会がほしい」
しずくは顔を上げ、俺を一瞥する。
沈黙。衣擦れの音すら許さない静寂が訪れ、俺は背筋を伸ばす。
黙り込むしずくだったが、肩の力を抜いて。
「嫌です……っと言いたいところですが、どういう理由があったら私以外の子の頭を撫でるのか気になるので聞いてあげます」
俺はひとまず安堵すると床に膝をついて居住まいを正した。
「そこに座らなくてもソファの方に来てくれていいですけど」
「いや浮気と思われても仕方ない行為をしたのは事実だからな。この状態で話させてほしい」
「浮気もなにも、私たちはホントに付き合ってるわけじゃないですし」
「それでも軽率ではあったと思うから」
しずくはこめかみの辺りを指の腹で掻くと、身体ごと俺に向き直り傾聴姿勢を整える。
俺は河瀬との出会いから頭を撫でるに至ったまで経緯を包み隠さずに打ち明けた。
「──っていう流れだったんだ」
「あの人が河瀬さんだって、私のことをイジメてた人だって知ってたんですね……」
「しずくをイジメてたって話は聞いた。でも、河瀬に会ってたのにはちゃんと理由が──」
「どうしてその話、もっと前に私に伝えてくれなかったんですか……?」
しずくは怒りと悲しみが入り混じった声で訴えてくる。
「それは……伝えてもノイズになると思った」
「それじゃあ納得できません。……納得、できないです」
「でも、ほんとだ。しずくに隠したいことがあったわけじゃない」
「だったら、さっき図書室でしてたことは隠したいことにならないってことですか……?」
しずくの切り返しに、俺は言葉を詰まらせる。
もしあの現場をしずくに目撃されていなければ、間違いなくひた隠しにしていた。
「あれは俺だってしたくてしたわけじゃない。でもやむを得なかった。現に、河瀬からはしずくの噂を掻き消せる可能性が見えてた。今後のことを考えたらああするしか、なくて」
「そういうことを言ってるんじゃ、ないです……」
しずくは下唇を噛みながら、呟くように漏らす。
辛そうな表情を前にして、俺の胸が引き締められる。
心臓を矢で貫かれたような錯覚と共に、何を言えばいいのか正解がわからず黙り込んでしまう。
「私、今から独り言いいます……。興味なかったらスマホでもいじっててください」
静寂のカーテンが降りる中、しずくは体育座りをしたまま小さく口火を切った。
そうして重たい口取りで自身の語り始めたのだった──。
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