後輩の過去①

 双葉しずくは人の彼氏を寝取るビッチらしい。

 そんな噂がまことしやかに囁かれるようになったのは、中学二年の五月頃だった。


 ある男の子からの告白を断ったのがキッカケ。

 逆恨みをされて、あらぬ噂を立てられてしまった。


 私が気づいた時にはもう手遅れで、何を言っても信じてもらえない状態だった。


 彼女がいるのに私に告白して、挙げ句の果てに振られた腹いせに悪評を広める。タチが悪いにもほどがあると思う……。


「私って、全然人徳ないんだなぁ……」


 屋上で風にあたりながら、ため息混じりに独りごちる。


 少し考えれば、噂が嘘であることはわかるはずだ。

 でも、私の友達は噂を信じた。私の言葉には耳を貸してくれなかった。

 繋がりが次から次へと途絶えて、絶賛ぼっち中。上っ面な人間関係しか作ってこなかった結果がこれ。


 自嘲気味に笑みがこぼれてしまう。


「適当に生きてきた罰なのかな……」


 苦い顔をしながら右頬を触れる。

 私は今、孤立しただけでなく、イジメを受けている。


 私が振った男の子の彼女が、主犯となり、私に陰湿な嫌がらせをしているのだ。

 最初はモノを盗まれるとか軽微なものだったけど、今では制服やジャージを傷つけられたり、水かけられたり、蹴られたり叩かれたり、もう散々。


「あー、もう……学校辞めたいな……」


 心の底からの本音。

 自分でも気づかないうちに、私は追い詰められていた。


 そんな時だった。

 屋上の扉がギシギシと鈍い音を立てながら開いた。


「双葉。屋上は出入り禁止だぞ」

「先生……」

「まぁ、入らせたくないなら早くカギ直せって話だけどな。こんなとこでなにしてるんだ?」

「ちょっと風に当たってただけです」


 夕焼けを眺めている私の隣に並び、白い歯を見せてくる。

 私のクラスの担任──木戸きど先生。女子人気が高い、気さくで生徒思いな良い先生だ。


「悩みごとがあるなら先生が相談にしてくれないか?」

「いえ、ですから、風に当たっていただけで」

「隠さなくて良い。噂のことなら、先生も耳にした」

「そう……ですか」


 先生の耳にまでもう届いてるんだ……。

 私、なにも悪いことしてないのにな……。

 学校中のみんなから色眼鏡で見られて、根も葉もないレッテルを貼られている。


「先生は双葉は噂のような子じゃないって信じてる、、、、。双葉は俺が知る限り誰よりも真面目で誠実な子だ」

「あはは……照れますね」


 ちょっと褒められて、気持ちが弾んでしまう。

 相変わらず私は単純だ。


「双葉。先生に考えがあるんだが、少し乗ってみないか?」

「考えですか?」

「人の噂も七十五日って言うだろ? 時間が経てばみんな飽きるし、記憶からも消えていく。だから、今は我慢をしてほしい」

「我慢、ですか」

「ああ、教室に行くのを我慢するんだ。しばらく保健室登校をしてみないか?」

「そんなことしたら授業に遅れちゃいます。私、頭良くないからこれ以上、成績落ちたら危ないんです……」


 ウチは中高一貫の私立高校。

 でも、全員が同じ高校に進学できるわけではない。


 著しく学力が低かったり、生活態度の悪い生徒はエスカレーターから降ろされる。


「その点は安心してくれ。先生が双葉とマンツーマンで教えてやる」

「本当ですか……?」

「ああ、だから学校辞めたいなんて言うな。辛いのがずっと続くと思ったら大間違いだ。必ず転機はくる」

「…………私、先生の言うとおりにしてみます」


 絶望の中にいた私は、木戸先生の言葉に救われた。


 先生の言う通りだ。ずっとこの状態が続くわけがない。社会現象になったアニメだって少ししたら飽きられる。私のことをいつまでも話題に上げるほど、みんなだって暇じゃない。


 それに、これ以上、イジメられるのはもう限界。


 私はしばらく保健室登校をすることになった。

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