命令
「不躾なお願いなのですが、西蓮寺先輩からわたしと双葉さんを引き合わせるよう段取りを組んでもらえないでしょうか」
「……引き合わせる?」
思わず眉間を寄せ、俺は訝しげに視線を返した。
「どうしても双葉さんと二人で話したいんです」
「話したいなら教室に行くなりして話せばいいんじゃないか?」
「できません……。双葉さんはわたしと取り合ってくれないと思います。でも、西蓮寺先輩から言っていただけたら少しはわたしに時間をくれると思うんです」
「だから俺に引き合わせろって?」
コクリと首を縦に振る河瀬。
さすがに何か後ろめたいものを感じてくる。
俺は訝るように視線を送りながら。
「しずくが取り合ってくれないと考える根拠は?」
「それは、言えないです」
「しずくが会うのを拒否する理由があるのか?」
「だ、だから言えません」
膝の上に両手を重ね、背中を丸める河瀬。
「理由が言えないなら、協力はできないかな」
俺が協力しない姿勢を示すと、河瀬は苦虫を噛み潰したような顔で俯く。
少しの沈黙を経て、ゆっくりと口を開いた。
「実はわたし、双葉さんのことをイジめていたんです」
予期せぬ告白に俺はポカンと小さく口を開け、唖然と息を呑んだ。
河瀬は真剣な表情で居住まいを正して続ける。
「わたし、双葉さんをイジメてたこと後悔しています。物凄く悪いことしたって反省してて、だから……面と向かって謝罪をしたいんです!」
「事情が掴み切れないが……しずくをイジメていたことを後悔してるってのは信じていいのか? イジメた側が後悔するイメージあんまりないんだが」
「心境の変化というやつです。当時は付き合ってた彼氏が、双葉さんに気持ちが揺らいでいるのが許せなくて……双葉さんさえいなければって良くない思考が頭の中を循環して突発的な行動に出ていました」
「心境の変化、ね。にわかには信じられないな」
「信じてもらえないかもしれないですが、本当です。すごく、反省してます」
瞳の奥底の感情を覗くように、ジッと河瀬の目を見つめる。
「ちなみに謝ってどうするんだ?」
「それは……」
口を開いたものの、河瀬は言葉を詰まらせた。
俺は呆れたように吐息を漏らした。
「結局、自分のために謝りたいだけじゃないのか? 今になって自責の念に駆られたから、謝って楽になりたいとしか思えない」
「そ、そんなことありません! 誤解です!」
「一つ聞きたいんだが、しずくの悪い噂は河瀬が発端だったりするのか?」
「それはその……まぁ、はいそうです」
「だったらどうして、まだしずくの悪い噂が一年の間で広まってるんだ?」
「え?」
俺の指摘に河瀬は目を丸くする。
「反省しているなら噂が虚偽であることを全員に伝えて誤解を解くべきだと思うけどな。噂が消えて誤解が晴れて、それでようやくしずくに謝る土俵に上げれるんじゃないか?」
「正論、ですね……」
話を聞く限り、河瀬が本当に反省しているとは思えないな。
「当たり前だが、今の河瀬としずくを引き合わせることはできない」
「はい……」
俺はおもむろに席を立ち上がる。
そのまま立ち去ろうかと思ったが、最後に少し気になっていたことを訊ねることにした。
「ちなみに、心境の変化が起こる何か大きな出来事があったのか?」
「わたし、気になる人がいるんです。その人の理想の子に近づくためには、過去の悪いことを精算しないと認めてもらえないと思いました。外見はすでに、大人しめな形にイメチェンしたので、次は内面を磨こうと……」
俺の頬がななめに引き攣る。
マジで反省自体はしてなさそうだな……。
好きな男に振り向いてもらうために、過去のイジメをなかったことにしたいとしか思えない。
「あ、いや、忘れてください」
失言に気がついたのか、慌てて口を噤む河瀬。
クズの性根は変わらないみたいだが、敢えて好意的に評価するなら純粋なのだろう。
好きな男のためとなれば、過去のイジメを認め謝罪へと踏み出す行動力がある。
うまく利用すれば、しずくの噂は沈静できるかもしれない。
「河瀬の気になる人は、河瀬が昔しずくをイジメてたこと知ってるのか?」
「え、知らないと思います」
「そうか。これなにかわかるか?」
「スマホ……?」
こてんと首を横に傾げる河瀬。
だが、液晶に映るものを視認して慌ただしく狼狽した。
「そう、スマホ。途中から会話は録音してた。これを河瀬の気になる人に聞かせたらイジメてたことバレちゃうな」
「……っ! な、や、やめてください! そんなひどい!」
河瀬は俺からスマホを奪い取ろうと躍起になる。
だが体格差のリーチがあるため、軽々と交わしていく。
「俺も鬼じゃない。交換条件にしないか」
「こ、交換条件?」
「ああ、しずくに関する噂が虚偽であることを一年全体に伝え鎮静化すること。それができたら音声データは消してやる」
「無理ですそんなの。できません!」
「なら、俺が河瀬の気になる人を突き止めて、この音声データを渡すだけだ」
「鬼じゃないですか!」
涙目になりながら俺に吠えてくる。
ともあれ、相手はしずくをイジメていた主犯格。噂を流した元凶とのことだ。
こっちも内心穏やかではない。
俺は河瀬の頭頂部のあたりを掴み、顔を近づける。
間近で目を見つめながら冷たく言い放った。
「無理じゃない、やれ。……わかったか?」
「ひゃ、ひゃい」
河瀬は弱々しい声で首を縦に振る。
「来週のこの時間に進捗聞きにくるからな。逃げるなよ」
俺は最後にそう言い残して、図書室を後にした。
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