浮気の仕返し大作戦 後編

「ちょっと先輩にくっ付きすぎじゃないですか。少しは自重を覚えてください」

「それあたしのセリフなんだけど。ゆうくんにベタベタしすぎだから」


 現在。

 ファミレスを出て、近くのショッピングモールにやってきていた。


 右腕にしずく、左腕に真由葉が人目も憚らずにベッタリと密着してきている。


「目的見失ってないかお前ら……」


 俺が呆れ気味に指摘すると、真由葉が姿勢をただして。


「だって、しずくちゃんがすぐあたしに突っかかってくるから」

「しずく。今は真由葉に突っかかるのやめろ」

「むぅ。先輩は真由葉さんの味方をするんですね」

「違う。そういうわけじゃ……あ、てかそろそろ準備」


 一時的に四谷の反感を買うことになったが、結局、事情を伝えて協力してくれることになった。


 そして場所移動をしている最中、真由葉の元カレが一時的に離脱したとの情報をもらい、俺はタイミングを見計らっていた。


 この位置なら、トイレから出たところで視界に収まるはず。

 後は、何食わぬ顔でそのまま通り過ぎるだけ。


 一呼吸置く。

 程なくして、横目に茶髪を視認した。


 俺の合図で、そのままフードコートがある方面へと歩を進めていく。


 しずくは更に俺の身体に密着させながら。


「先輩っ、やっぱりカラオケいきましょうよ」

「だめ。今日はあたしの服選びに付き合うって約束でしょ」

「えーでも長くなるじゃないですか。先輩もカラオケのがいいですよね?」

「もう、ゆうくんを惑わせないで」


 無言で歩いているのは少し違和感だ。

 だから適当に会話をしてもらうようお願いしている。


 元カレの方へと一瞬、視線を送る。

 その場で立ち止まり、意味がわからないと言った様子でコチラを見つめていた。


 ……思っていた以上に単細胞みたいだな。


「ちょっと先輩、話聞いてます?」

「え、ああ、ごめん。なんだっけ?」

「すぐボーッとするんですから。罰として頭なでなでしてください」

「それは罰なのか……?」

「つべこべ言わずに早くしてください」

「こ、これでいいか」


 しずくに促されるがまま、サラサラの髪の毛を左右に撫でる。

 と、対立するように真由葉も訴えかけてきた。


「ずるい……あたしにも、なでなでして」

「へ、へいへい」


 ここで恥じらいを優先するわけにはいかない。

 俺は羞恥心を押し殺して、真由葉の光沢を帯びた黒髪も撫でてみせる。


 女の子の頭を同時に撫でるとか、いいご身分にも程があるな……。


 顔が火照ってきそうだと危惧したのも束の間、カツカツと主張の激しい足音が耳に入ってきた。

 俺はその音で平常心を取り戻し、肩の力を抜く。


「えっと……何この状況? なんか、距離感おかしくね?」


 頬を歪ませつつも、必死に笑みをつくっている元カレ。

 俺が向き合うと、しずくと真由葉が当たり前みたいに俺の腕に絡んでくる。


「距離感? 別に普通だけど」

「いやいや……ゆうくんは一葉ちゃんと付き合ってんだよね?」

「ゆうくんって呼ぶなよ……」

「いや本名知らねえし」


 そういえば名乗ってないか。

 俺も彼の名前を知らないしな。


「俺は恋人が一人しかいないなんて言ってない」

「は? なんだそれ。じゃあなに? 二人と付き合ってるってこと?」

「まあな。時間の無駄だからもう行っていいか?」

「ちょ、たんま! さすがに理解追いつかねぇよ。どうして、真由葉が二股なんて許してんだよ!」


 わかりやすくアタフタと狼狽している。


 ここは俺ではなく真由葉にバトンを渡したほうがよさそうだな。

 視線を送ると、真由葉はコクリと小さく頷いた。


「あたしと別れてくれてありがと。今、すっごく幸せだよ」

「は、はぁ? いや、だってお前、浮気とか死ぬほど嫌いって……。二股許せるなら別にオレと付き合ったままでも、さ」

「はは……ホントに何にもわかってないんだね。もう話したくないし顔も見たくない。だから金輪際、私に関わらないで」

「……っ。お、オレだって別に関わりてぇとか思ってねぇっつの!」


 元カレは表情から笑みを消し、吐き捨てるように漏らす。


「行きましょうか、先輩っ」

「ああ」


 踵を返し、俺たちはその場から立ち去った。



 ★



 カラオケに移動してきた。

 目的は達成したので解散してもよかったのだけど、しずくが歌いたい! と激しく要求してきたため、そのままやってきた形だ。


「ありがとね、ゆうくん」

「大したことはしてないよ。アレにどのくらい意味があったかも測れないしな」


 多少なりともダメージは喰らっているように見えたが、あくまで俺の主観。

 明日にはケロッとしているかもしれない。


「ううん。あたしの気持ちが少し楽になった。もう、ちゃんと前を向けるよ」

「それならまぁ……よかったんじゃない?」


 俺はかすかに口角を緩める。

 しずくが流行りの曲をノリノリで歌っているのを横目で捉えていると、真由葉がツンと肩を小突いてくる。


「ところでさ、ゆうくん」

「ん?」

「しずくちゃんのこと好きなの?」

「は? いや、恋愛感情とかそういうのは持ち合わせてない」

「恋愛的な意味かどうかは聞いてなかったんだけどな」

「それは卑怯だろ……」


 そんな聞き方をされたら、どうしても恋愛に結びつけてしまう。


「ゆうくん、目つむって」

「目? いいけど」


 疑問符を浮かべつつ、俺は両目のまぶたを落とした。

 刹那、左頬に経験のない柔らかい感触がほと走った。


「えへへ……今日はゆうくんの恋人だからいいよね?」

「よ、よくない! い、今、なにして……⁉︎」


 左頬を手で押さえながら、熟れたリンゴのように赤面する俺。

 柄にもなく大声を出したことで、しずくが歌うのをやめ怪訝そうに見つめてくる。


「先輩? 私の歌も聞かないで何してたんですか?」

「い、いや……何かしてたわけじゃ……」

「じー……」

「えっと、なんといいますか」


 半開きの目で睨まれ、俺は言葉に詰まらせる。

 真由葉は挑発的な表情で。


「恋人なら自然なことをしただけだよ。目くじら立てないで、しずくちゃん」

「……っ。もう目的は果たしたんですから恋人のふりはおしまいです!」

「今日一日終わるまではいいじゃん」

「ダメです! ったく、油断も隙もないんですから」


 頬に空気を溜めて不機嫌さを露わにする。

 どう対処したものかと頭を悩ませていると、真由葉がソッと耳打ちしてきた。


「さっきあたしがゆうくんにしたことを、しずくちゃんにもしてあげたら機嫌直すんじゃないかな?」

「ば、バカ言うなよ」


 そのアドバイスには耳を貸すことはできない。

 さすがにそれはハードルが高すぎる……。

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