浮気の仕返し大作戦 前編

「で、どうして真由葉は机の下に隠れてるの?」


 真由葉の元カレは何食わぬ表情で訊ねてくる。


 真由葉がズボンをくいくいと引っ張ってきた。

 机の下から動く気はないらしい。とりあえず、俺が相手をするか。


「真由葉は貴方と顔を合わせたくないってさ」

「そうなんだ。俺は目を見て話したいんだけどなー」

「寄り道してないで元の席に戻った方がいいんじゃないか?」

「んー、まぁそうなんだけどね。こっちのが気になるっていうか?」


 中々しつこいな。

 元カレはふわりと微笑を浮かべると、小首を傾げながら。


「ちなみに真由葉とはどういう関係なの?」

「答える必要を感じない」

「ちょっと冷たくない? 初対面のときくらい愛想よくした方が人生得だよ?」

「別に得をしたいと思ってないから問題ない」

「あはは、面白いねキミ。てか、ゆうくんでしょ? 真由葉の幼馴染の」


 一瞬、俺は動揺を顔に出してしまう。

 口には出さなかったとはいえ、これでは正解だと言っているようなものだ。


「あ、やっぱそうだ。真由葉からよく話で聞いてたよ」

「この無駄話まだ続くの?」

「もうツンケンすんなってば。真由葉って共通項がある者同士仲良くしよ。な?」

「仲良くする気は起きないな」


 真由葉の元カレだからとかそういう理由ではなく、単純に価値観が合う相手とは思えない。


 苦痛な人間関係を構築できるほどの社交性は俺にはないからな。


「ふーん。そっか。残念」


 元カレは作ったような笑うと、肩を落として元の席へと戻っていく。


 俺は机の下を覗き込み、身を縮めている真由葉に声をかける。


「もう出てきて良いぞ」

「……うん」


 しずしずとソファに座り直し、オレンジジュースをちびりと口に含む。


「ごめんね、迷惑かけて……」

「穏便には別れられてないのか?」


 浮気が原因で亀裂が入った関係。

 穏便に済ませるのも難しいかもしれないが、どこかで出会しても話しかけないとか約束をしておいてもいいのではないだろうか。


「穏便ではない、かな。浮気の件であたしが責め立てたら、鬱陶しいって一蹴されて。もう面倒だから別れるわーって軽い感じで終わったの。謝罪の一言もなかった。だから彼には負の感情しか持ってない。ようやく胸の奥の方に隠せるようになったんだけど、目の前にするとぶり返しちゃう……。まともに対面したらまたどうなるか……」

「それは確かに顔を合わせたくないな」


 下唇を噛みながら、苛立ちを押し殺している真由葉。


 しずくは俺の肩をツンと小突いて。


「先輩。なんとかしてあげられないですか?」

「なんとかって……」

「私、真由葉さんのことは好きじゃないですけど、境遇には同情しちゃいます。私の父も、その、結構クズな人でお母さんが辛い目に遭うのを間近で見てましたから」


 思ってもみない形で、しずくの家族事情を耳にする。


 身近な人がクズ男のせいで傷ついているのを経験しているから、真由葉に人一倍感情移入しているのだろう。


「でも俺にできることがあるとは思えないな」

「ホントに何も思いついてないんですか?」

「……なくはないけど、乗り気にはなれない」

「口にするだけならタダですし言ってみてください」


 真由葉が若干の期待と不安を宿した瞳で俺を見つめてくる。


 真由葉の恋愛問題は真由葉自身の手で解決すべきだと思っている。

 俺が介在すべきじゃないし、その意思は今も変わっていない。


 しかし、浮気された挙句、謝罪の一つもなく、面倒だからと恋人関係を解消されたのは流石に不憫だとも思う。


「俺が、しずくと真由葉に二股かけてることにする。それもこの三人が全員納得しているって設定で……それなら、多少の仕返しにはなると思う」

「えっと…………はい?」


 しずくの頬が歪み、困惑混じりの視線をぶつけてくる。


「アイツは真由葉に対して少なからず未練があるんだと思う。愛想はよかったけど、俺に対しては敵意を感じた。第一興味が失せてるなら、わざわざ真由葉を気に留める必要がないからな」

「だから真由葉さんと付き合ってるとこ見せて、ハラワタを煮えくり返そうってことですか?」

「少し違う。アイツはまだ真由葉が好きだ。けど浮気を責められるくらいなら面倒だから別れるって選択を取った」

「ですね」

「でも、俺はしずくと真由葉の両方と付き合っている。要するに、俺の浮気を認められてるってなったらどうだ? おまけに、アイツはしずくに対しても好意がある。両方取られるのはさすがに良い気分しないだろ?」

「な、なるほど……。よくそんなこと思いつきますね」


 感心と呆れが混じっているしずく。


 真由葉は捨てられた子犬のような寂しそうな目で俺を見つめてくる。


「真由葉。元カレの神経を逆撫ですることをすれば、少しは気持ちが晴れそうか?」

「わかんない……。でも、やられたままなのはやっぱり嫌、かな」


 瞳の奥の方にひっそりと活気が宿る。


「でもいいの? ゆうくん、あたしの恋人のふりをすることになって」

「本音をいえばよくない。ただ、しずくにどうにかしてあげてって言われたらどうにかするしかない」

「……そっか。……じゃあ、感謝しないとだね。ありがと、しずくちゃん」

「な、なんですか。急に名前で呼ばれるの気持ち悪いのでやめてください」


 しずくはビクッと肩を上下させ、警戒心を高める。


「しずくはいいか? 俺が二股かけることになる上、それを認めてる頭のネジがおかしい女の子になっちゃうけど」

「そんな言い方されたらイエスとは言えないじゃないですか。……まぁでも、今回だけ特別に協力してあげます」


 しずくの許可が降りる。

 真由葉の表情も心なしか柔らかくなっていた。


 発案しておいて気が重いが、やるだけやってみるか。

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