元カレと邂逅
「はぁ……先輩はホント甘いんですから」
しずくは呆れたように息を吐きながら、ココアを一口すする。
話を聞き、俺は真由葉の相席を許すことにした。
元カレと顔を合わせたくない心中は察することができる。ここで突き放すほどの非情さは持ち合わせていなかった。
「ゆうくんは甘いんじゃなくて優しいの。……ありがとね、すごく助かる」
「人の男に色目使わないでくれます? 上目遣いとかあざといです」
「そっちこそあたしの一挙手一投足に一々突っかかってこないでくれないかな?」
「突っかからせることをしてるのはそっちじゃないですか」
しずくは不機嫌そうに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
「一応確認だが、元カレってことは結局別れたのか?」
「うん。もう顔を見たくなくて」
未練があると思っていたが、関係は断ち切ったらしい。
ただ、元彼は浮気をしてたって話だよな?
真由葉とは別れても、もう一人とは関係が続いている可能性もある。
あくまで可能性だが、もしそうだとしたら合コンに参加しているのは褒められたことじゃないな。まぁ浮気している時点でお察しか。
「一応、あのグループは合コンしてるみたいだぞ」
「そう……なんだ」
真由葉は切なげに視線を下げ、身を縮こめる。
「どうして合コンしてるってわかるんですか? 先輩」
「あの中に一人知った顔がいる。今日合コン行くって言ってたから間違いない」
四谷のやつ緊張してるのか、たじたじだな……。
あんまジロジロ見るのはやめておくか。
意識しないと視界に入らない場所とはいえ、リスクがある。
「ちなみに元カレってどれですか?」
「……真ん中の茶髪」
「ふーん、へー」
「あ、あんまキョロキョロしないでよっ」
しずくは背筋を伸ばして真由葉の元カレを探し始める。
「あれ? あの人って……」
「見覚えあるのか?」
「え、ええまぁ……。二ヶ月くらい前にナンパされた覚えがあります。あんまりシツコイので、お巡りさんを頼ったくらいです」
「二ヶ月前って、まだあたしと付き合ってる頃なんだけど……」
思わぬ接点に、真由葉は一層気持ちを落ち込ませる。
相当、女好きみたいだな。
「顔はかっこいい感じですけど、私は絶対に死んでも彼氏にしたくないタイプですね」
「そういうこと元カノの前でどうして言うかな」
「すみません、思ったことは口に出ちゃうんです」
「いい性格してるね……」
しずくはふわりと微笑むと、俺の右腕に絡んでくる。
「私は先輩みたいな人が好きです」
「な、なんだよいきなり」
「えへへ、嫌いなタイプを言ったので今度は好きなタイプを言うべきかなと」
「あ、あのな……」
真由葉は俺たちが恋人のふりをしていることを見抜いている。
真由葉の前でイチャイチャしても、しょうがないんだけどな。
「ゆうくんは楽しそうでいいな……」
「ん?」
「う、ううん! なんでもないよ!」
「そうか?」
しずくと押し問答していたため、真由葉の声を聞き逃してしまった。
「あ、そうだ。今度、香奈ちゃんに会いに行ってもいいかな?」
「うん。というか、俺に許可取る必要ない」
「そっか。わかった」
「多分、香奈も喜ぶよ」
俺が微笑を湛えていると、不意にしずくが制服の袖を引っ張ってくる。
焦燥感を孕んだ声で。
「あ、あの、ちょっと緊急事態かもです」
「緊急事態?」
「例の元カレさん、こっち来てるんですけど」
「は?」
顔を上げると、確かに一直線にこっちに向かってきていた。
どうしてわざわざコッチ側に……。
そうか。
トイレに行くならこの道を通るしかない。
「ど、どうしよう、ゆうくん……!」
涙目になりながら俺に縋ってくる真由葉。
思案してみるが、まともなアイディアが浮かばない……。
「机の下に隠れる……とかはさすがに」
「わかったっ」
試しに口にしたことを、真由葉は迷わずに実践する。
周囲にどう思われるかよりも、元カレと顔を合わせないことの方が大切らしい。
一瞬、真由葉の元カレと目が合う。
イケメンで、いかにもモテそうなオーラを出している。
太陽の光を全身に浴びてる側の人間だな。日陰で休みがちな俺とは正反対だ。
トイレに入っていくのを確認してから、俺は机の下を覗き込んだ。
「もう出てきていいぞ」
「うん」
しずくは呆れ眼で真由葉を見つめる。
「そこまでして元カレさんに会いたくないんですか? 別れた原因は向こうにあるんですよね。それなら堂々としてた方がよくないです?」
「嫌なものは嫌。少しも話したくもないし関わりたくない」
真由葉の意思はかなり固そうだ。
ひとまずトイレから戻ってくる時にどうするか考えとくか。
「あ、机の下に隠れるのはもうやめてくださいね。先輩以外にパンツ見られたくないので」
「一ミリも貴方のパンツなんて見たくないから安心してほしいなっ」
真由葉の頬がななめに引き攣る。
ともあれ、他の代案が思いつきそうにない。
結局のところ、また机の下に隠れるのが安牌か。
「言い合ってないでそろそろ隠れといた方がいいだろ」
「うん、そうするね」
真由葉は再び机の下に隠れる。
程なくして元カレがトイレから出てきた。
シャーペン片手に参考書に視線を落とす。そのまま近くを通り過ぎるのを待つ。
「え、あれ……? あ、やっぱそうだ。
だが、元カレは俺たちの席の前で立ち止まると、明るい声色で声をかけてきた。
しかし、この場に一葉なんて人間はいない。
「人違いじゃないですか?」
「いやいやオレ、女の子の顔は忘れないから」
元カレの視線の先にいるのは、しずくだ。
俺が悩ましげな顔で疑問符を浮かべていると、しずくがそっと耳打ちしてくる。
「前にナンパされた時、名前しつこく聞いてきたので適当に偽名を名乗ったんです」
「あー、なるほど」
ともあれ、ここは強気に追い払った方がよさそうだな。
「邪魔しないでくれるか。恋人同士の時間を楽しんでるんだ」
「あーごめんね彼氏さん。そっか。一葉ちゃんくらい普通可愛かったら彼氏いるよね。残念」
わざとらしく肩を落とし、踵を返し背中を向けてくる。
ひと安心したのも束の間、元カレは首だけ振り返ってきた。
「で、どうして真由葉は机の下に隠れてるの?」
「……っ!」
真由葉が助けを求めるように俺のズボンをくいくいと引っ張ってくる。
しかし、バレてしまった以上、ここから挽回はできない。
穏便に済めばいいんだが……。
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