ファミレスにて

「先輩。ここ教えてください」

「ああ、これは──」


 放課後。

 俺はファミレスに寄っていた。


 以前、しずくに勉強を教える約束をしたため、しっかりと有言実行している。


 今日からテスト当日まで、時間のある時は勉強を教えていく予定だ。


「真正面だと少しやりにくいですね。先輩の隣いってもいいですか?」

「聞く前にもう来てるじゃねぇか」


 俺の隣に移動して、肩をくっつけてくるしずく。

 甘い香りに鼻腔を刺激され、俺は視線をあさってに逸らす。


「あれ? もしかして、まだ私に照れてるんですか。先輩、女の子慣れしてなさすぎません?」

「照れてはない。距離が近くて鬱陶しいだけ」

「むう。どうしてそういうこと言いますかね。もっとくっつきますよ」

「お、おい。抱きつくのは違うだろっ」


 不満気に唇を尖らせ目を細めると、しずくは俺の身体に密着してきた。


 抱き枕よろしく俺にべったりだ。


「恋人なんだからこのくらい当たり前じゃないですか」

「人目も憚らず抱きつくのは普通じゃない。離れろ」

「人目がないところならいいんですか?」

「揚げ足を取るなって。ほら、勉強やるぞ」


 しずくの肩を軽く押して、物理的な距離を取らせる。


 すっかり火照ってしまった顔を手で煽いでいると、ふと視線を感じた。


「あ……ゆうくんも来てたんだ」

「まあな」


 長い黒髪をポニーテールにまとめた真由葉がそこにいた。


 しずくは臨戦体制に移ると、キュッと唇を引き締める。


「また現れましたね。先輩のストーカーしてるんですか?」

「またってこの前はそっちから来たと思うけど。それに、ここはテスト勉強でよく使ってるの。ゆうくんをストーカーしてるわけじゃない」

「ふーん。ならいいですけど」

「あたし、あっちの席だから、じゃあねゆうくん」


 真由葉はオレンジジュースの入ったコップを片手に、奥の方の席に移動する。


 ドリンクバーに行った際に、偶然、俺のことを見つけたみたいだ。


「せっかく先輩と二人でいい気分だったのに、台無しです」


 しずくはわざとらしくため息を漏らし、肩をすくめる。

 仲良くしてほしいとは思わないが、険悪なのも考えものだな……。


 ともあれさっきの真由葉は、俺の知っているいつもの真由葉に近いものを感じた。


「あんま真由葉に喧嘩腰にならないでもいいんじゃないか?」

「先輩が真由葉さんに甘いので、仕方なく私が突っかかってるだけです」

「なんだそりゃ」

「それより勉強しましょう。無駄に時間使っちゃいましたし」


 しずくに促され、テーブルに広げた参考書へと目を落とす。

 多少忘れている箇所もあるけれど、一年生の範囲なら十分に網羅できそうだ。


「じゃあさっきの続きだけど……」

「はい。……ん? 先輩? どうかしました?」


 しずくが不思議そうに俺を見つめる。

 しかし俺は、斜向かいに目を向けていた。


「えっと、何か用か?」

「ゆ、ゆうくん! 相席、できないかな?」

「相席?」

「お願い!」


 オレンジジュースの入ったコップと伝票を持って、真由葉が懇願してくる。


 俺が当惑している中、しずくが胡乱な眼差しで。


「ダメです。先輩とイチャイチャ……じゃなく勉強してるんです。他人が立ち入る隙ありません」

「ち、違うの。その……とにかくお願い!」

「何が違うんですか」

「二人を邪魔したいとかそういうのじゃないから……!」


 とにかく焦った様子の真由葉。

 何か事情がありそうなのは確かだ。


「事情は話せない感じか?」

「話せなくはないけど……」

「取り敢えず座ってくれ」

「ありがと! ゆうくん!」


 パアッと目を輝かせ、真由葉は俺の向かいのソファに腰を下ろす。

 背中を丸めて、できるだけ周囲の目に留まらないように気を配り始める。


 しずくは俺の制服の袖をくいくいと引っ張りながら。


「どうして相席を許しちゃうんですか」

「まだ相席を許したわけじゃない。ただ事情も聞かずに追い払うのは気が引ける」

「まぁ、それはちょっと気になりますけど」

「早速だけど、どうして相席を申し出たのか聞かしてくれるか?」


 単刀直入に問いかけると、真由葉は下唇を噛んで逡巡した様子を見せる。


 俺と目を合うと、覚悟を決めたのかゆっくりと口を開いた。


「あ、あの席に…………元カレがいるの」


 真由葉がおそるおそるといったように入り口付近の席を指差す。


「「元カレ?」」


 俺としずくは声をハモらせて、真由葉の指差す方向に視線をやった。


 六人組の男女グループ。

 ……いや、一人知ってる顔がいるな。


 俺の数少ない友人たる四谷が居心地悪そうに鎮座していた。


 そういえば今朝、合コンやるとか言ってたな……。


「あたしの席だと凄く見つかりやすい位置だし、店を出る時には絶対あの席を横切らないといけないの……。だ、だから、しばらくここに居させてくれない……かな?」


 真由葉が弱々しく潤んだ目を俺に向けてきた。

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