次の一手

「喉いてぇ……」


 あの後、しずくに散々カラオケに付き合わされ喉を酷使してしまった。


 週を明けた月曜日になっても、まだ少し違和感があるくらいだ。

 喉仏をさすりながら、バッグ片手に教室へと足を踏み入れる。


 と、チラホラと俺に降ってくる視線を感じた。嫌な視線だ。


 自席に座ると、隣の席の女子が声を掛けてきた。


「おはよ。西蓮寺くん」

「……おはよう」


 普段から挨拶する間柄ではないため、少し肩に力を入れる。

 彼女は俺の首元を指差して、小首をかしげた。


「あれ? ネックレスなんて付けてたっけ?」

「ああ、一昨日買ったんだ」

「へえ、いいじゃん。そういえば噂になってるよ。西蓮寺くん、カノジョできたの?」

「まあ一応」


 想定より、ずっと早かったな。

 先週、十二分に目立っていたからだろうか。


 業務連絡以外で話さない女子も認知しているなら、俺としずくが付き合っているという噂はかなり広まっていると考えられる。


 ふと黒板側から視線を感じて顔を向けると、男子数名と目が合った。

 すぐに逸らされ、彼らは内輪でヒソヒソと盛り上がっている。


 俺は特に気に留めることなく、バッグから教科書類を取り出した。



 ★



 放課後。

 俺は文芸部の部室にいた。


 相も変わらず娯楽品に溢れ、学校であることを忘れそうになる。


「先輩。あーんしてください」

「自分で食べるから……」


 人目がないところでまで、恋人を演じる必要性はない。

 しかし、しずくは彼女さながらの距離感で接してくる。


 細長い棒状のお菓子を口元に運んできたが、俺は首を振って断った。


「せっかく誰の目もないんですから、目一杯イチャイチャしましょうよ」

「誰の目もないからしなくていいんだよ……」

「そうですか? いっそ常に恋人状態の方がよくないですか? 時と場合で、恋人だったり先輩後輩だったりするの面倒ですし」

「それだと普通の恋人同士だ。感覚が麻痺するのを避けるためにも、必要ない時は恋人をやめた方がいい」


 すでに脳が錯覚を起こしそうになっている。

 この一週間程度で、恋人がいる側の人間の心持ちになりつつあるのだ。


 だが俺にカノジョはいない。それが真実である。


 麻痺するのを防ぐためにも、オンオフの切り替えはハッキリした方がいい。


「むう、わかりましたよ。じゃあ、先輩と二人きりの時はやめますね」

「ああ、そうしてくれ」


 しずくは少し不満気だったが、俺の言い分を受け入れてくれる。

 お菓子をポリポリと頬張りながら、俺から拳ひとつ分距離を置いた。


「今日、部室に寄った理由って検討ついてるか?」

「ゲームがしたいからですよね?」

「違う……。次にやることを考えるため。もう十分なくらい、俺としずくが付き合ってると認識されたし」

「確かにそうですね。私に声かけてくる男子は格段に減りました。まだ若干名いますけど……」


 しずくに彼氏がいると知りながら、それでも言い寄ってくる男子はいる。


 これに関して面倒だと思うが、都度、塩対応であしらっていくことしかできない。少なくとも俺には他にいい案が思いつかなかった。


「他に困っていることある? 早めに解決したいものから片付けたい」

「んー……友達がいないこと、ですね」

「友達か……」

「さ、さすがに無茶ですよね」


 だが、学生生活において友達はいた方がいい。

 行事ごとだったり、体育の二人一組だったり、ボッチには厳しい仕打ちが多いからな。


「わかった。取り敢えず、しずくに友達を作る方向で考えてみる」

「え、できるんですか?」

「保証はできない。俺も友達多くないしな。ただ、一応アテがないことはない」

「まじですか」


 誰も彼もが、噂に興味あるわけじゃない。

 しずくを色眼鏡をつけて見ない人間。友達候補はいるはずだ。


 それに、人脈の広い人間には若干一名、心当たりがある……。


「他に困ってることあるか?」

「他には……はい、大丈夫です」

「そうか? まぁ、何かあったら言ってくれ」

「了解です」


 何はともあれ、しずくの友達作りか。

 広い人脈を持っていて、比較的誰とでも仲良くできる子を俺は知っている。


 そう……物心つく前から。


 もし真由葉を頼れるなら、しずくの友達作りに突破口を作れると思う。


 さて。

 どうしようか……。

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