諦めて

「どうするんですか、先輩」

「どうするって言われてもな……」


 結局、他の客が来たため、真由葉はなし崩し的にレジ業務を遂行してくれた。


 しかし、それで決着することはなく、バイトを終えた真由葉が俺たちの後に引っ付いてきていた。


「二人だけでこそこそ話さないで。あたし、除け者みたいじゃん」


 真由葉は俺の服をちんまりと掴んでくる。

 しずくは表情を顰め、真由葉の手を強引に引き剥がす。


「先輩に勝手に触れないでくれませんか」

「そっちこそ、ゆうくんにベタベタしないでほしいな」

「カノジョが彼氏にくっつくのは当たり前じゃないですか」

「ならあたしが家族に触れるのも当たり前じゃないかな?」

「は? 幼馴染は家族カテゴリーじゃないと思いますけど」

「それはなにを基準にして家族とするかによるよね。あたしがゆうくんと一緒にいた時間は家族並みだよ。ううん、本当の家族以上に近くにいた自負がある」

「一緒にいた時間の長さで測るなら、家にいる微生物も家族じゃないですか」

「極論だね。頭の悪い子と話すのは疲れちゃうや」


 再び口論を勃発し始める両名。さすがに居た堪れないな……。


「落ち着けって、二人とも」


 休日のショッピングモール。

 大勢の目がある中で、所構わず言い争われると立つ瀬がない。


「先輩。私、あの人苦手です。生理的に受け付けない感じがします」

「同感。貴方にだけはゆうくんに近付いてほしくないな」


 険悪な空気が漂い、一触即発の様相を呈する。


 俺は逡巡を巡らせ、近くのベンチに腰をついた。


「一旦、座って話そう。このままだと埒があきそうにない」


 俺の提案に、二人はこくりと頷く。

 右に真由葉、左にしずくが座った。


 両手に花だな。

 喜べる状況ではないけど。


「単刀直入に改めて言う。真由葉、俺たちの邪魔をしないでほしい」

「冷たいこと言わないでよ。あたし、ゆうくんしかいないんだよ。ゆうくんまで私を捨てるの?」

「捨てるとかじゃない。ただ、俺に真由葉の彼氏の代役を求められても困る」

「その子の彼氏役はやってあげるのに?」


 俺はまぶたを瞬かせ、つい息を呑む。


 その切り返しは予想していなかった。


「な、なんのことだ」

「気が付いてないと思った? あたしはゆうくんの幼馴染だよ。それに、さっき店内でもそれっぽいことも言ってたし」

「シラを切っても無駄そうだな」

「うん。その子の彼氏をやってあげるなら、あたしにも同じことしてくれていいんじゃないかな?」


 覗き込むように、ジッと俺の目を見つめる真由葉。


「それはできない。俺の感情の問題だ」

「あたしの彼氏にはなりたくないってこと?」

「そう解釈してもらっていい」

「あたし、本当にそんな取り返しのつかないことした、かな? やっぱりわかんない。たくさん考えたし、あたしの悪かったこと洗い出したよ。ゆうくんに酷いお願いした自覚はある。でも、でもでも、距離を置かなきゃいけないほどのことなのかな……?」


 今にも泣き出しそうなほど、真由葉は涙を溜め込んでみせる。


 俺は首筋を意味もなく掻き、ゆっくりと口火を切った。


「正直に言えば、もう心は落ち着いてる。今まで通り、幼馴染として接する分には問題ない気もしてる」

「だったら……」

「ただ恋愛感情は本当に消えてるんだ。でも真由葉は俺に対して、恋愛絡みで何かを求めてるだろ? 彼氏に対しての復讐なのか、単に、埋め合わせが欲しいのかはわからないけど」

「…………」

「だから今の真由葉とは接点を持ちたくない。それが嘘偽りのない俺の本心だ」

「ゆうくんを異性として見てるあたしとは関わりたくないってこと?」


 頷くと、真由葉は下唇を強めに噛んだ。


「じゃあ、この気持ちどうしたらいいの? あたしね、都合いいかもしれないけど、ゆうくんのこと好きだって気づいたんだよ。本気で好きなの!」

「諦めてもらうしかない」


 酷な話だが、全てが思い通りに進むわけではない。


 俺だって、真由葉に告白して振られた経験がある。

 恋愛感情は必ずしも身を結ぶわけじゃない。叶わなければ、時間をかけてでも折り合いをつけていくしかない。


「諦めたくない。諦めたくないよ」

「いい加減しつこいよ」

「しつこいのがあたしだもん……」

「そうなると、こっちも嫌われることをしないといけなくなる」


 真由葉はわずかに目を見開き、寂しそうに視線を落とした。


 口を噤んで身を縮こめる。


 しばらく無言を貫いていた真由葉だったが、やがてポツリと呟き立ち上がった。


「……あたし、帰るね」

「ああ、またな」


 立ち去る真由葉に一言声をかける。

 真由葉は一度その場で静止してから、駆け足でエスカレーターを降りて行った。


「甘いですね、先輩。そこは何も声かけずに見送るべきですところですよ」

「誤解してないか? 俺は真由葉との縁を切りたいわけじゃない。恋愛感情はないけど、真由葉のことはなんだかんだ今も普通に好きだし」

「ふーん。そういうこと、カノジョの前で言いますかね普通」

「ご、ごめん。てか、マジで付き合ってる気してくるから、恋人を徹底しすぎないでくれるか?」

「無理です。私、役には入り込むタイプなので」


 口元に人差し指を置いて、蠱惑的な笑みを浮かべてくる。


 レンタル彼女のバイトを始めたら、瞬く間に人気ナンバーワンに上り詰めそうだな。


「悪かったな、俺のゴタゴタに巻き込んで」

「いえいえ、私は大丈夫ですよ」

「取り敢えずどこか行くか?」

「あ、じゃあカラオケとかどうです?」

「いや歌うのは得意じゃな──」

「はいはい、つべこべ言う前に行きましょう!」


 トンと背中を押され、強引に行き先を決められてしまう。


 歌うの得意じゃないんだけどな……。

 まぁ、しずくが行きたいならいいか。

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