女同士の舌戦

「ま、真由葉……」


 ここで真由葉と顔を合わせるとは露ほども考えていなかった。


 唖然と口を開き想定外の展開に戸惑う俺。

 真由葉はため息混じりに続ける。


「あたしに会いにくるなら一人で来てほしかったな」

「真由葉に会いにきたわけじゃない。ここでバイトしてるとか知らなかった」

「そっか。そういえば言ってなかったね」

「ああ……」


 幸か不幸か、今、他の客はいない。店員も真由葉以外見当たらなかった。


「その子、教師とパパ活してるって噂の子だよね。他にも悪い噂いっぱいあるけど知ってた?」

「俺はその噂を信じてない。第一、本人を前にしてそういうこと言うな」

「私はゆうくんを心配してるんだよ?」

「余計なお世話だ」


 俺が吐き捨てると、真由葉は虚な瞳で俺を捉える。


「今からでもいいからあたしにしてよ。……もう、あたしにはゆうくんしかいないんだよ」

「俺に固執しなくても、男なら他にいくらでもいるだろ」

「あたしのことを裏切らない人がいいの。ゆうくんなら信頼できる」

「俺が裏切らない根拠はない」

「ううん。あるよ。だってあたしはゆうくんの幼馴染だもん。ゆうくんのことは誰より知ってる。ゆうくんがあたしを裏切るはずがない」


 確たる自信を宿して、真由葉は断言する。


 と、ここまで静観していたしずくが割って入ってきた。


「先に裏切ったのは真由葉さんですよね。先輩の気持ちを利用しようとしたんですから、愛想尽かされて当然じゃないですか」

「部外者が口を挟まないで。てか、気安くあたしの名前呼ばないでくれるかな? 虫唾が走るから」


 しずくの頬がヒクヒクと歪む。


「そっちこそ私の先輩に未練がましく言い寄らないでくれますか。鬱陶しいので」

「いつから、貴方のゆうくんになったの? ゆうくんはあたしみたいな清楚な子が好きなの。ゆうくんのタイプとは正反対だって気づいてる?」

「冗談も大概にしてください。清楚には見えませんけど」

「ビッチには清楚とかわからないよね。ごめんね?」

「人の神経を逆撫でる人ですね……」

「お互い様だけど?」


 視線で火花を散らし、舌戦を繰り広げ始める。


 このままヒートアップさせるのはマズイな……。


「立ち話がしたいわけじゃない。会計、お願いできるか」

「会計したらどこ行くの?」

「特に決めてない」

「あたし、ちょうどバイト上がりの時間なんだ。一緒についてっていい?」


 真由葉の申し出に、しずくがいち早く口を開く。


「空気読めないんですか。私と先輩はデート中です。イチャイチャしたいので邪魔しないでください」

「貴方に聞いてないんだけど。あたしからゆうくん奪うだけに飽き足らず、ゆうくんと話すことも奪おうとしてくるんだ? 強欲が過ぎるよ」

「そっちが勝手に手放したんじゃないですか」

「手放してない。……手放してなんかない! ゆうくんが家族以外で名前を呼ぶのはあたしだけ! あたしだけのゆうくんなの! あたしに一途で、あたしのことを考えてくれて、あたしのために行動してくれるのがゆうくんなの! 勝手なこと言わないで!」


 突然、ヒステリーを発症し始め、地団駄を踏む真由葉。


 しずくは頬を引き攣らせ、右目をすがめる。


「俺は真由葉が認識してるような人間じゃない。真由葉のために都合よく動くことを期待してるなら、応えることはできない」

「都合よくなくてもいいよ。でも、ゆうくんにはあたしを……あたしだけを見ててほしい」

「その期待には応えられない。他をあたってくれ」

「なんでよ……ホントに、あたしにはもう、ゆうくんしかいないんだよ……?」


 目尻に涙を蓄えて、悲痛な視線をぶつけてくる。


 だが情に絆されることはない。

 ここで真由葉の望む言葉を掛けるのは間違いなく悪手だからだ。


「そろそろ会計進めてくれないか。ここで時間を浪費したくない」

「ヤダ……」

「は?」

「会計したら、ゆうくんどこか行くんでしょ。あたし、連れてってくれないんでしょ? だから会計したくない」

「馬鹿なこと言うなよ……」

「じゃあ、あたしも連れてくって言って!」


 潤んだ目で懇願してくる真由葉。


 あまりのしつこさに、辟易としてしまう。

 どうすりゃいいんだこれ……。

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