初デート

 駅前。

 改札近くにある自販機の横で、俺はスマホ片手に佇んでいた。


 休日に女子と待ち合わせ。

 状況だけ切り取ればデートといって差し支えない。


 一応髪の毛のセットはしたし、ファッション誌丸パクリとはいえ服装も整えてきた。


 最低限のマナーは弁えている、はず……。


「すみません先輩。お待たせしました」

「いや双葉は遅れてない。俺が早く着いただけだし」


 待ち合わせは十三時。

 まだ五分くらい余裕がある。


「そこは”俺も今来たところだよ”って言ってくれた方がキュンとしますよ」

「リアルでそれ言うの恥ずくないか」

「そうですか? 女の子はベタに憧れちゃいますけど」

「ふーん、そういうもんか」

「ですです。なので他にも何か言ってくれてもいいんですよ?」

「他にも、ね……」


 俺は双葉の服装に目を落とす。


 優しい桃色カラーのシャツワンピース。

 その上に白いカットソーを羽織っており、袖が手首を優しく包み込んでいる。

 シンプルなレイヤードだけど、そこが双葉のセンスを際立たせていた。


 腰には緩やかにベルトが巻かれていて、ウエストラインを引き締めている。


 制服姿しか見たことがないから、私服は新鮮で少しドキッとする。


「服、似合ってる……と思う」

「ありがとうございます。先輩の好みを考えてコーディネートしたんですよ」

「俺の好み?」

「はい。先輩の彼女として出かけるので。派手なのより清楚っぽい方がいいかなーっと」


 実際、その通りだから困る。なんで俺の好みわかるんだ……。


「突っ立てても仕方ないし、行くか」

「はい。香奈ちゃん、何もらったら喜びますかね」

「オシャレするのは好きだから服とかアクセサリーかな」

「ならアクセ類ですね。服はサイズの問題とかありますし」


 双葉はふわりと微笑み、俺の左腕に絡んでくる。

 やはりこの距離感に双葉がいるのは慣れないな……。



 ★



 近くの大型ショッピングモール。

 四階にある雑貨屋にやってきた。


「先輩。これどうですか? 香奈ちゃんに似合うと思いますよ」


 双葉は淡いピンク色のリボンを手に取る。


「じゃあ、それにしようかな」

「即答されちゃうと荷が重いんですけど」

「俺には何がいいとかよくわからないからな。双葉のセンスを全面的に信用してる」

「もう人任せですね。私が先輩の誘いを断ってたらどうするつもりだったんですか」

「そういう時は店員に聞くと言う秘技がある」

「先輩。少しは自分のセンスを信じましょう……」


 双葉が呆れたように俺を一瞥する。


「というか、”しずく”です。先輩、すぐ私のこと苗字で呼びますよね」

「う……どうも慣れなくてな。つい油断するとそうなる」

「苗字と名前を使い分けてるからややこしくなるんです。恋人のふりをしてようがしてまいが、下の名前で呼んでくれて構いませんよ」

「確かにそれならミスがなくなるか。……わかった。使い分けるのやめるよ」


 デフォルトが双葉呼びだったから、つい苗字で呼びがちだった。


 けど、しずくで統一してしまえばこの問題は解決する。

 もちろん名前で呼ぶ気恥ずかしさはあるけど、日頃から積み重ねていけば慣れていくはずだ。


「あと、先輩はもっと私に触れていい権利ありますから。本当に付き合ってくれてるつもりでも私は構わないです」

「さ、さすがにそれは」

「嫌なら嫌って言います。だから恋人がいたらしたいこと、もっと私にしてください」

「……わかった」


 頷いて見せると、しずくは微笑を湛える。

 俺はこめかみの辺りを指で掻きながら。


「早速だけど一ついいか?」

「はい! なんですか?」

「ペアアクセってのしてみたい」

「いいですね。買いましょう♪」


 しずくは柔らかく笑い、俺の腕をぐいっと引っ張ってくる。


 連れられるがまま、ネックレスや指輪類があるコーナーに移動した。


「何にします? 指輪とか?」

「えっと……ネックレスかな」

「一応理由聞いてもいいですか?」

「つけたことがないから」

「安直ですね」

「こういう機会でもないと買おうと思わないしな」


 単なるオシャレでネックレスをつけられる人種ではない。

 キッカケがないとネックレスには食指が動かないからな。


 しずくは軽く背伸びをして、壁にかけられたネックレスを手に取る。


「なら、これとかどうですか? くっつけるとハートの形になるみたいです」

「まさにカップル用って感じだな」

「ベタベタで私はいいと思いますけど、先輩はあんまりな感じですか?」

「ううん。俺もそれがいいと思う」


 奇をてらうくらいなら王道で進んだ方がいい。


「それじゃ、俺、それとさっきのリボン買ってくるわ」

「了解です。お金はあとで渡しますね」

「金はいいよ。今日付き合ってくれたお礼ってことで」

「いえそんな……安い買い物じゃないですし」


 学生の金銭感覚からすればこのネックレスは安くはない。


 とはいえ、元からしずくには何かお礼をするつもりでいた。

 俺は逡巡を巡らせ、言い訳を繕う。


「じゃあ、付き合って五日目記念のプレゼントってことで」

「そういうことならありがたく受け取ります」


 しずくは嬉しそうにはにかみ、俺の腕にさらに密着してくる。


 俺は照れ臭さを押し殺しつつ、そのままレジに向かった。


 ……その時だった。




「──楽しそうだね。ゆうくん」




 一瞬だった。


 まるで時間が停止したみたいに、場の空気が一変した。


 人間の視界は完璧じゃない。

 常に視界に映る全てに注意を向けることはできない。


 俺は目の前にいるしずくにばかり意識が向いていた。

 それ以外にはまるで意識が向いていなかった。


 だから、レジに並ぶまで彼女の存在に気がついていなかったのだ。


「ま、真由葉……」


 雑貨屋の制服に身を包み、光沢を帯びた黒髪をストレートに下ろしている。


 予期せぬ形で、俺は幼馴染と邂逅した。

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