付き合ってくれないか
「ゆうにぃ。カナ、ぜんぜんへいきだよ」
「ダメ。今日はゆっくり休め」
土曜日。
今日は双葉と香奈がショッピングに出かける日だ。しかし、思わぬアクシデントが発生した。
香奈が風邪を拗らせてしまったのだ。
まだ微熱だが、無理をすれば体調悪化は目に見えている。この状態では外出させられない。
「ごほっ、こほっ」
「遊びに行くのはまた今度にしよう」
「きょうがいい……」
「今、双葉と会ったら病気うつしちゃうかもしれないよ」
香奈は今日を楽しみにしていたからな。
自分の身体に鞭を打ってでも行きたいのだろう。
自制の効かない気持ちはわかるが、それを認めるわけにはいかない。
俺の説得を受け香奈は小さく首を縦に下ろした。
「わかった。カナ、きょうはやすむ……」
「うん。いい子だな」
頭を撫でると香奈はすっと目を細める。
「ゆうにぃ」
「ん?」
「シズクちゃん、おこってないかな?」
「大丈夫。怒ってないよ」
「ほんとに?」
「ああ。じゃあ、双葉に連絡してくるから寝てて」
俺は香奈の部屋を後にする。
壁に体重を預けながら、双葉に電話をかけた。
「……先輩?」
余談だが、恋人のふりをすることが決まったタイミングで双葉とは連絡先を交換している。何気に電話をかけるのは初めてだな。
「急なんだけど、今日の予定キャンセルにしてもらっていいか。香奈が熱を出しちゃったから」
「え、大丈夫ですか⁉︎」
「身体が強くないからよく体調を崩すんだ。連絡が遅くなってごめん」
「いえ、それはいいんですけど……。あ、お見舞いとか行ったら迷惑ですか?」
お見舞いか。
双葉がウチに来るのは良い未来を想像できないな……。
「今日は親がいるからやめた方がいいと思う」
「親御さんがいるとダメなんですか?」
「俺の親の性格を知ってたら双葉を家には呼べない。カノジョだなんだと勝手に勘違いして、盛り上がって、双葉にウザ絡みする未来が目に見えてる。頭痛のタネは作りたくない」
「あはは……それはちょっと大変そうですね……」
双葉は苦く笑う。
「だろ? だから今日はやめた方がいい」
「でも私そういうの得意ですよ。先輩のカノジョとして完璧な立ち回りできる自信あります!」
「それこそ一番困る。勘違いを増長させるだけだしな」
「それはまぁそうですけど……」
とにかく、親に見つかるわけには──いや、母さんにだけは双葉を会わせたくない。
そう──あの若作りに命をかけてて若者向けのファッション誌に載ってる服を迷わず着てしまうような母さんにだけは──。
「悠里。誰と話してるの?」
びくんと俺の肩が激しく上下する。
振り返ると母さんの姿があった。
「か、母さん……」
「女の子の声が聞こえたんだけど……もしかして、悠里にも春がきたのかしら?」
朗らかな笑顔を携え、両手を合わせる。
俺はスマホを後ろ手に隠した。
「電話中に話しかけてくるなよ」
「だったら、廊下じゃなくて自分の部屋で話せばいいじゃない。ここじゃ盗み聞きしてくださいって言ってるようなものよ?」
「都合よく解釈しすぎだ」
「お母さん、悠里のカノジョとお話ししたいなー」
歳に似合わず甘えた声を出してくる。
俺は重たく吐息を漏らし、放置していたスマホを耳元にあてる。
「悪い双葉。あとでかけ直す」
「え、はい。了解です」
母さんは唇を前に尖らせ、ジト目をぶつけてきた。
「あ、もう……なんで切っちゃうのよ」
「母さんと話させたくないからだ」
「息子は母親にカノジョを紹介する義務があると思うのだけど」
「そんな義務は聞いたことない。そもそも双葉はカノジョじゃない」
断言すると、母さんは疑問符を浮かべて首を横に傾げる。
「でも今日、香奈も含めて出かける約束していたのでしょう?」
「……何で知ってんだよ」
「香奈が嬉しそうに言ってきたわよ。香奈が懐くなんて凄く良い子なのね」
「そこからのルートがあったか」
今後は香奈に口封じをすることも念頭に入れた方がよさそうだ。
「香奈のことなら大丈夫だから悠里は出かけてきたら?」
「ああ、そのつもりだ。香奈に何か買ってくるよ」
「しずくちゃんと行くのよね?」
「いや一人だよ。誘われても迷惑だろうし」
というか、なんで双葉の下の名前知ってんだ?
あ、香奈から聞いたのか……。
「迷惑かどうかはわからないじゃない。早合点するのは悠里の悪い癖よ」
「へいへい」
俺は投げやりに返事をして、踵を返す。
ここだと母さんの目があるため、自分の部屋に戻ることにした。
電話をかけ直すと、すぐに双葉は応じてくれた。
「先輩。えと、大丈夫ですか?」
「うん。悪いな、俺の母さんプライバシーを知らないんだ」
ともあれ、今日の予定はなくなった。
双葉のスケジュールも白紙に戻ったわけだ。
迷惑になるかどうかは聞いてみないと判断つかないか。
「双葉。今日、少し付き合ってくれないか?」
「どこかに行くんですか?」
「香奈を元気づけるために何か買ってあげたい。できたら、その物探しを双葉に手伝って欲しい。迷惑じゃなければだけど……」
沈黙の時間が流れる。
不思議と緊張が押し寄せ、手に汗がにじんできた。
「恋人のふりはしますか。それとも先輩と後輩としてですか?」
「誰かに目撃される可能性はあるし、前者でお願いできたらと」
校内であからさまにイチャついてたからな。
どこに目があるかわからないし、リスクは減らしておいた方がいい。
「了解です。じゃあ予定通り待ち合わせ場所に向かいますね」
「いいの?」
「先輩から誘ってくれたんじゃないですか」
「そうだけど、断られる可能性を視野に入れてたというか」
「断りませんよ。むしろ嬉しいくらいです。今日は先輩に会えないと思ってたので」
「昨日も会ってるだろ」
「今日も会いたいって思ったらダメですか?」
俺のことを揶揄っているんだと思うが、さすがにドキッとする。
ああもう、調子狂うな……。
俺は頬を赤らめ、意味もなく後頭部を指の腹で掻いた。
「じゃ、準備するので切っちゃいますね」
「あ、ああ。また後で」
俺も出かける準備を進めるか。
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