間違い
「──で、私、謹慎扱いになりました」
「え? ちょっといきなり、話が飛びすぎてないか」
しずくの話を聞いていた俺だったが、突然、内容が飛躍し指摘する。
「あの後、木戸先生に問題児に仕立て上げられたんです。私がコンビニで万引きしたことにさせられて、一週間の謹慎処分受けました。他にもまぁ、色々と」
悲しそうに視線を落として、呆れ混じりに息を漏らすしずく。
「その後はありもしない噂を、河瀬さんに次から次へと流されましたね」
「ひどい話だな」
「ですです。で、なんかもう面倒になっちゃって……夏休みに入ったのをキッカケにそのまま不登校です」
「じゃあどうやってウチに進学したんだ?」
中高一貫とはいえ、不登校の生徒はエスカレーターには乗れない。
でも、しずくはこの高校に進学している。
「三年生になった時です。風の噂というかSNSですけど、木戸先生が離職したって知ったんです。多分、私が匿名で学校宛に送った写真が功を奏したのかなと」
「そっか。少しは救われるな」
「はい。でも、木戸先生と私が裏でよからぬことしてて、それが明るみになった結果、離職に追い込まれたって認識されてるみたいですけどね」
「最後の最後まで迷惑かけてるのか……」
「本当ですよ。ただ、このまま終わりたくないなって思ったんです。噂は全部嘘だって証明したくなって、私は勉強を始めました。今更エスカレーターには乗れないので、外部進学してやろうって」
外部進学。
他の中学校の生徒と同じように、受験する進学方法だ。
合格の基準さえ満たせば、もちろん進学できる。
「それでウチにくるのは凄いな」
「えへへ、頑張りました。でも、私の存在は明らかに違和感ですから中学の頃の噂がまた広がって、腫れ物扱いされてしまいました。私一人じゃ対抗しようがなかったです」
しずくは下唇を噛みながら、呟くように漏らす。
「とにかくそういうわけで……私は、河瀬さんのこと嫌いですし恨んでます。顔も見たくないですし声も聞きたくないです」
「あ、ああ……」
詳しい事情は知らなかったとはいえ、どうやら根本的に間違えていたみたいだ。
河瀬と秘密裏に会うのは絶対に間違っていた。
「先輩が河瀬さんと一緒にいるとことか見たくない、考えたくない、たとえどんな事情があってもあんなとこ見たくないんです!」
ソファから立ち上がり、感情の赴くままに咆哮するしずく。
「……っ。……ごめん……」
俺は頭を下げて謝ることしかできなかった。
しずくは涙がこぼれ落ちるのを必死に堪えながら、弱々しく口を開く。
「すみません、独りにさせてください」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
このまま言われた通り、しずくを一人にしていいのか?
心の中で自分に問いかける。もし今、立ち去ってしまったら、しずくとの繋がりが断ち切れてしまう。そんな気がした。
けれど、俺にはこの場に留まる権利がなかった。
それらしい言い訳も、突拍子のない案も思いつかない。
今はただ、しずくに言われた通り、この場から立ち去ることしか俺に残された選択肢が許されていなかった。
ダメだと思っていても、ここから消えるしか道がない。
「…………わかった」
吐息で消されそうなほど小さな声で呟き、文芸部の部室を後にする。
俺は彼女が一番嫌がることをしてしまった。絶対に踏んではいけない地雷を踏んだのだ。
「マジでなにしてんだ俺……」
鬱屈とした感情が押し寄せてきて、強烈な自己嫌悪に陥るのだった。
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