後輩の過去⑥

 先輩が言ってた通り、噂は必ず0から1にした人間が存在する。

 私に告白してきた男の子が、腹いせにあらぬ噂を流したんだと思い込んでたけど、少し考え直してみることにした。


 この噂が流れてから一番行動がおかしかったのは、木戸先生。

 最初は私の身を案じてくれている思ったけど、急に家に呼ぶことに固執し始めた。


 どう考えても異常だ。


 だから、休日。

 木戸先生の家の近くのファミレスで、探偵よろしく見張ってみることにした。


 結果、私は肝をつぶす光景を目撃した。


「先生と……河瀬さん?」


 木戸先生と河瀬さんが一緒にマンションに入っていく。

 先生と生徒ではなく、恋人のような距離感だった。


 ゾワゾワと全身の毛が逆立ちして、私は身震いを起こす。


 私の危機センサーは正しく機能してた。


 私は震える手で写真に収め、逃げるように退店した。



 ★



 結論から言ってしまうと、ここから先の行動を間違えた。


 推察を重ねた結果、噂を流したのは木戸先生ではないかと仮定した。


 そして木戸先生が私に対してよからぬことを考えていたのだとしたら。

 河瀬さんが私をイジメ、周囲から孤立した状況になるのは好都合。現に、私は保健室登校することになり、後一歩で危ない橋を渡るところだった。


 要するに、木戸先生なら私の悪い噂を流したことに整合性を見出せる。


 点と点が線で繋がった私は、勢いそのままにスマホでメッセージを送った。


『私の噂を流したの、木戸先生ですか?』


 振り返ってみれば愚かな行動。

 けど、このときの私は確認せずにはいられなかった。


 返信は来ない。

 けどその代わりに来たのは、着信だった。


 私はゴクリと生唾を飲み込み、通話に出る。


「双葉。今送ってきたメッセージはどう言う意味だ?」

「そ、そのままの意味です。今日、見たんです。先生と河瀬さんが一緒にマンションに入ってくところ」


 声を震わせながら、けれど、勇気を振り絞って言う。


 木戸先生は数秒の沈黙を経てから口を開く。

 

「言い訳したら納得してくれるか?」

「無理です」

「そうか。なら何を言っても無駄だな。……目的はなんだ?」

「私が送ったメッセージに答えてください」


 多分、ちょっと探偵みたいな気分になってた。

 謎を解く未知の体験ができて、自分の出した答えが正しいのか知りたくなっていた。


「質問に答えるなら、ノーだな。先生がそんな噂を流すわけない。ただ、双葉が今日見たことを忘れると約束してくれるなら、双葉の知りたいことを教えてもいい」


 私は少し逡巡する。


 私の推察は間違ってたらしい。でも、誰が噂を流したのか木戸先生は知っているみたいだ。


 ここで聞かない選択を取ることは私にはできなかった。 


「……わかりました。忘れます」

「そうか。結論から言えば、噂を流したのは河瀬だ──」


 木戸先生はそう口火を切り、全容を教えてくれた。


 河瀬さんは、彼氏との交際がうまくいっていなかったらしい。

 そして、学年が上がり、彼氏は私──双葉しずくに好意を持ち始めた。


 やがて彼氏は河瀬さんに別れを切り出すが、河瀬さんはそれを認めなかった。

 押し問答が続きこじれていく中、彼氏は私に告白を決行してしまう。


 河瀬さんはそれが許せなかった。


 怒りの矛先は彼氏ではなく、なぜか私へと向き復讐心を宿らせる。


 この時点ですでに木戸先生と河瀬さんは裏でつながっており、木戸先生は相談もとい愚痴を聞かされていた。


 相談される中で、木戸先生は私の悪評を流すという策を入れ知恵した。


 結果、河瀬さんはそれを実行し、私の悪評は瞬く間に広がり孤立の一途を辿った。


「噂の原因、先生が絡んでるじゃないですか」

「いいキッカケだと思った。双葉と一対一で話せるよう機会を作れると思ってな。まぁ、双葉の警戒心が強くてうまくいかなかったが」

「は、犯罪だって分かってますか?」


 木戸先生の顔は見ることができない。

 けど、通話越しに木戸先生の雰囲気が変わったのを感じた。


 深い……深いため息が聞こえてくる。


「教師という職業は最悪だ。ご立派な法律のおかげでいくら残業しても一万程度しかもらえない。部活で休日出勤当たり前。家でも学校でもずっと仕事のことを考えさせられる。挙句、些細なことでクレームを入れるバカな親に、大人への敬意を持たないガキの世話。こんな仕事をやりがいだけで続けられるわけがない。だからな、俺が先生、、、、を続けるために必要なことなんだ」

「……最低、ですね」

「ああ、好きに言ってくれて構わない」

「私、告発しますから。先生のしてること。今日、証拠の写真も押さえましたし」


 私は強い憤りを覚えて、スマホ越しに宣言する。


「忘れるという約束じゃなかったか?」

「そんな約束守る気ありません」

「残念だ。双葉は聞き分けのいい子だと思っていたが、見込み違いだったな」

「この件に関して絶対的に私が正しいです」

「善悪の話をしてるんじゃない。まぁ、大人を舐めるなって話だ」


 プツリと通話が途切れる。

 私は少し不安に駆られるも、グッと拳を握る。


 どう考えても木戸先生のしていることはおかしい。


 私は正しいことをするんだ……!

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