冷めた感情
翌日。昼休み。
俺は双葉の教室を訪れていた。
黒板側の扉からブロンド髪を探していると、トンと肩を叩かれる。
「あ、先輩。もしかして私に会いにきたんですか?」
清涼感のある笑みを携えた双葉がそこにいた。
「ああ。ちょっと相談したいことあるんだけどいいか?」
「構いませんけど、私の昼休みを独占するのは高くつきますよ?」
「今度、学生の金銭感覚の範囲でなにか奢る」
「ほんとですか。じゃあ、駅前の喫茶店のSランチがいいです!」
「あれは学生の金銭感覚を超えてるだろ」
「むう、先輩のケチ。じゃあ購買のあんぱんでいいです」
「随分と財布に優しくなったな。で、取り敢えず場所移動していい? できれば人目の少ないところがいいんだけど」
「あ、それならいい場所があるので着いてきてください」
双葉は目的地に目星をつけると、俺の制服の袖を掴んで前進する。
やたらと注目を集めている気がするが、思い過ごしか?
双葉は人目を惹くルックスだとは思うけど、嫌に視線を感じる……。
ともあれ、双葉に連れてこられたのは、特別棟の四階。
文芸部の部室だった。
「文芸部? 勝手に入っていいの?」
「はい。私、文芸部員なので」
「へぇ、本好きなのか?」
「いえ全然。というか、部活としては全く活動してないですからね」
この高校の文化部は、良くも悪くも緩いからな。
同好会レベルで、キチンと活動してないところが多い。
だが、それはそれとして異様な光景だな……。
文芸部の中は、娯楽品で埋め尽くされている。
テレビやゲーム機、漫画などが置かれ、校舎の一角とは思えない様相だ。
「これホントに部室?」
「あはは、やっぱりそう思っちゃいますよね。去年までこの文芸部は私の
双葉は口元に手をかざしながら、クスリと笑う。
「他に部員は?」
「いませんよ。従姉妹の卒業とともに実質的に廃部になったところを、私が先生に直談判して復活させてもらったんです。だから、文芸部の存在自体知られてないと思います」
「それを俺に教えて良かったのか? こんなのズルいって言いふらすかもしれないぞ」
「大丈夫です。先輩はそういうタイプに見えないですし」
「人を見かけで判断しないほうがいいと思う」
「あはは……ですね。と、とにかく、立ってないで座ってください」
双葉に背中を押され、ソファに座らされる俺。
柔らかくて身体にフィットする造り。このソファ、相当高そうだ……。
「で、私に相談したいことってなんですか?」
俺の左隣に腰を下ろし、双葉が覗き込むようにして本題を促してくる。
俺は気持ちを切り替えて、双葉に胸の内を明かした。
「──ってことが昨日あってさ」
俺の話を聞き終えた双葉は、頬を引き攣らせ右目を眇めている。
「ちょっとドン引きな内容ですね……。で、私に相談したいことってなんですか? 浮気相手にはならないって断ったわけですよね? 今になってやっぱり後悔してきたとか?」
「いや、それはないし後悔もしてない。ただ──」
「ただ?」
「俺は、真由葉の……幼馴染のああいう一面を見たくなかった。あの数分だけで恋愛感情が冷めたんだ。この変化に俺自信がついていけない。俺が積み重ねてきた想いってなんだったんだって思っちゃって……」
結局、俺は見たいところだけを見ていたんじゃないか。
見たくない一面を見た途端、簡単に恋愛感情が失せている自分に嫌気がさす。
自分の感情の変化に、俺自身がついていけていない。
「考えすぎですよ、先輩」
深刻な表情の俺とは対照的に、双葉は呆れたように笑う。
「幼馴染さんは彼氏にやられたことをやり返すための道具として、先輩を使おうとしていたんです。その上、言う通りにならないと見るや酷い物言いで突き放してきた。これで愛想を尽かさない方がどうかしてます。先輩は普通なので安心してください」
「そう、なのかな」
「はい。大体、先輩の好意を利用しようとしている時点で、情状酌量の余地ないですから。せめて、先輩の好意を知らない状態ならギリギリ救いようがあったのですが、これは看過できません」
「そっか。そうだよな。気持ちが冷めるのが普通か」
双葉が肯定してくれたことで、俺の肩の荷が降りていく。
双葉は柔らかく微笑むと、パンと両手を合わせた。
「経緯はともあれ、幼馴染さんへの恋愛感情が消えてよかったですね。いつまでも引きずるのは辛いと思うので」
「うん。素直には喜べないけど、吹っ切れたのは良かったと思う」
「これからは新しい恋に邁進できますね、先輩」
「アテがあればな」
意中の相手がいなければ恋愛はできない。
だが付き合いたいと思う子を見つけるのは、苦手だ。
高校生になるまで初恋を経験しなかったくらいだしな……。
「あれ? 私のこと狙うんじゃありませんでした?」
「そんなことは言ってない。検討するとは言った気がするけど」
「ふーん。でも早くしないと誰かに取られちゃいますよ」
「あんま揶揄うなよ。俺が本気にしたらそっちだって困るだろ」
俺は呆れたように笑いつつ、肩をすくめる。
双葉はこの学校で一二を争う高嶺の花だ。
そして、真由葉も同じく高嶺の花だった。
しかし、真由葉は俺の幼馴染だったから距離感を間違えてしまった。
俺でも手が届くと勘違いしてしまったのだ。同じミスを繰り返すほど俺はバカじゃない。
「私をカノジョにできるかどうかはやってみないと、わからないじゃないですか」
双葉はシワが寄るくらい強めにスカートを掴み、ポツリと蚊の鳴くような声で呟いた。
「ん、なんて言った?」
「いえ、別になんでもないです。あ、唐突に用事思い出したので私もう行きますね」
「え? おい、双葉」
「ではでは!」
双葉は慌ただしくソファから立ち上がり、風を切るような速度で部室を後にしていった。
部室に部外者を残しちゃダメじゃないかな……。
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