浮気相手になって
失恋の痛みは消えてはいないものの、双葉と出会ったことで少しばかり楽になっていた。気晴らしにゲーセンで散財してから、今はスクールバッグ片手に帰途に就いている最中だ。
すると、滑り台しかない殺風景な風景な公園で、見覚えのある黒髪ポニーテールを視界の隅で発見した。
「
幼馴染の
項垂れるような体勢でベンチに座り込んでいる。
数時間前に振られた手前、見て見ぬふりをしようかと思ったが、少し様子がおかしかった。
「大丈夫か?」
思わず声をかけると、真由葉は目尻に涙を溜め込みながらこちらに焦点を合わせた。
「ゆ、ゆうくん…………ゆうくん!」
「ちょ、お、おい!」
縋り付くように俺の胸元に飛び込んでくる真由葉。
彼女の体温を身近に覚え、俺の心臓は知らない速度で上昇していく。
「あたし……あたしね、彼氏に浮気されてた。どうしたらいいかな……もう、わけわかんない……!」
「は? 浮気?」
「さっき彼氏が他の女の子と歩いてるの見つけて問い詰めたの。そしたら、浮気してることが判明して! あたし、浮気されてた。ううん、あたしが浮気相手だったの。……もう、頭の中ぐしゃぐしゃ……ほんと、最悪……」
「わ、わかった。話は聞くからひとまず離れて」
両手を上げて俺から距離を取るよう促すが、真由葉は一向に離れてくれない。
それどころか、より凝固に力を加えて俺に密着してくる。
「この状況も見ようによっては浮気に見える。彼氏と同じことしていいのか?」
俺は真由葉に振られたけど、彼女に対して負の感情を抱いているわけじゃない。
上っ面に聞こえるかもしれないが、幼馴染として真由葉の恋は応援したい。
だから、誤解を招きかねない行動は取りたくなかった。
「同じこと……してやりたい……」
「え?」
「ねぇゆうくん、あたしのこと、まだ好きだよね?」
「え、そりゃまあ」
簡単に好意が消えるなら、もっと楽に生きられる。
それができないから、失恋の重みが尾を引いているのだ。
「だったらさ、あたしの浮気相手になってよ。……ゆうくん」
涙目になりながら、掠れた声で懇願してくる真由葉。
その瞳は強い決意と憎悪に滲んでいた。
しばらく唖然としていた俺だったが、真由葉の肩を押して強引に距離を取る。
「それはできないよ」
そして端的に告げた。
「ど、どうして? あたしのこと、好きなんでしょ? だから、さっきあたしに告白してきたんだよね⁉︎」
「真由葉のことは好きだよ。でも、だからって浮気相手になれるわけない。冷静になりなよ」
「なんでよ! ゆうくんまであたしを裏切るの⁉︎ ゆうくんだけはずっとあたしの味方でいてよ! お願いだよ、あたしにはもうゆうくんしかいないの!」
「裏切ってるわけじゃない。一旦、頭を冷やしたほうがいいと思う。別の明るいこと考えたり、ゲームでもしたりして──」
「そんな余裕あるわけないじゃん! 誰とも付き合ったことないくせに適当なこと言わないでよ! あたしの言うこと聞けないなら黙ってて、もう目の前から消えてよ!」
「……ごめん、わかった」
高圧的な真由葉の物言いと気迫に気圧され、俺は弱々しく謝罪する。
今の真由葉はかなり精神が錯綜している
情緒が不安定になりヒステリーを起こしているのは、火を見るよりも明らか。
でも、だからって優しく受け止めてあげることはできそうになかった。
どうして、そんな風に言われないといけないのだろう……。
「早くどっか行って!」
「ああ」
俺は消え入りそうな声で頷くと、真由葉の前から立ち去った。
そのまま自宅へと向かう道すがら、
俺の口からポツリと独り言が漏れ出る。
「あんな真由葉見たことなかったな……」
ついさっきまで俺を苦しめていた失恋の痛みが嘘のように消えている。
俺は真由葉のことが世界で一番好きだった。
けど今は、そう断言できる自信がない。たった数分足らずのやり取りの間に、俺の心は真由葉から離れている自覚があった。
けど、あまりに突然の感情の変化に、俺自身の整理がついていない。
ふと脳裏によぎったのは、双葉の存在だった。
双葉は俺の恋愛事情を知っている。
彼女になら相談ができるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます