バイバイ幼馴染
双葉が急用を理由に部室を後にした。
文芸部に取り残された俺は、ぐるりと部室内を一周する。
六畳ほどのスペースに、テレビやゲーム機器。漫画がずらりと並んだ本棚。
「冷蔵庫に……電気ケトル。パソコンもあるのか」
ここが学校であることを忘れそうになるな……。
「俺も戻るか」
長居する理由もないため、文芸部の部室を後にする。
と、扉のすぐ近くで学生証を発見した。拾い上げ、中身を確認する。
「……出る時に慌てて落としたのか」
双葉の名前と顔写真のついた学生証。
一旦、俺が預かっておくか。放課後に渡しにいこう。
★
二年三組。
俺の所属している教室に戻ると、クラスの女子がそそくさと近づいてきた。
「あ、西蓮寺くん! さっき五組の
「ほんと?」
「うん。連絡取れないって言ってたけど、メッセージとかきてない?」
「多分きてる気がする……ごめん、ありがと」
一言お礼を告げ、俺はスマホの電源を入れる。
『二人で話したいな』
『返事ほしい』
『怒ってるよね?』
『昨日はごめんなさい』
『私、気が動転してて酷いこと言っちゃった』
『ちゃんと謝りたいの』
『既読くらいつけて』
『無視しないでよ』
大量のメッセージの山。数十件にのぼっている。
着信履歴も溜まっていた。
真由葉との連絡手段を断つ目的で電源をオフにしてたからな……。
俺が真由葉に電話をかけると、ワンコールと満たないうちに声が聞こえてきた。
「あ、ゆうくん! やっと反応してくれた!」
「沢山連絡くれたのに無視してて悪い。俺も真由葉に話したいことあるんだ」
「ほんと? じゃあ、中庭まできてくれないかな?」
「わかった。今から向かう」
「うん、待ってるね」
通話を切り、俺は中庭へと向かった。
中庭。
昨日、俺が真由葉に告白した場所でもある。
この場所で待ち合わせするのは少し複雑だ。
俺と目が合うと、真由葉は柔和な笑みを浮かべて「こっちこっち」と手招きしてくる。
連絡を無視していた件で怒っているかと思ったが、そうでもなさそうだ。
「ゆうくん、ここ座って」
「ああ、うん」
促されるがまま真由葉の隣に腰を下ろす。
「ごめんね。たくさん連絡しちゃって。うざいよね、あたし……」
「いや俺の方こそ返事しなくてごめん」
「ううんっ。で、でね、あたし!」
「待って。その前に先に俺に話させて欲しい」
真由葉の声を遮り、真剣な眼差しで見つめる。
俺に気圧される形で、真由葉は俺にターンを譲ってくれた。
「う、うん……。じゃあ、どうぞ?」
「俺、真由葉としばらく距離を置きたい」
「え? 急に、なに言ってるの?」
「昨日、浮気相手になってって言われた時から真由葉とどう接したらいいかわからない。だから──」
真由葉は歪な笑顔を浮かべながら、小首をかしげる。
「待って待って! 勝手に話進めないでよ。そんなの卑怯だよ? そもそも、ゆうくんがあたしに告白してきたんだよ? 先に関係おかしくしたのはゆうくんだよね?」
「ああ、だから真由葉も俺と無理に関わろうとしないでいいよ」
「いやなんでそうなるの⁉︎ あたしが酷いこと言ったのは謝る。ゆうくんの好意を利用するようなこと言ったって反省してる。ごめんなさい! だから、距離置くとかヤだ! 考え直して!」
目尻に涙を浮ばせながら、訴えかけるように悲痛な視線を送ってくる。
「あたしね……彼氏に浮気されて自分の気持ちに気づいたの」
俺の右手の甲に左手を重ねてくる真由葉。
シトラスの香りを撒きながら、徐々に顔を近づけてくる。
「あたし、ゆうくんが好き。ずっと近くにいたから気づかなかった。けど、ゆうくんが好きだって今ならわかるの。ゆうくんが付き合ってくれるなら彼氏とはもう別れる! だから、今から付き合お? ね?」
俺は表情を変えないまま、真由葉の目を見つめ返した。
不思議だ。
少し前まで付き合いたくてしょうがなかった女の子。
でも今は、微塵も付き合いたいと思えなかった。
俺が頷くだけで、きっと付き合うことができるのだろう。
雰囲気的に、キスもしそうな勢いだ。
だが、俺はそれに一切の魅力を感じていない。
それどころか嫌悪感に近いものを覚えている。
「触らないでくれ」
真由葉の手を振り払うと、俺はベンチから立ち上がった。
「な、なんでよ! ゆうくん!」
「これ以上、真由葉のこと嫌いにさせないでよ……」
「え?」
「どのみち答えは変わらないけど、その提案をするならせめて彼氏と別れてからじゃないかな。本当に昨日こと反省してたの?」
真由葉は下唇を噛み、その場で俯く。
真由葉は昨日、俺を彼氏への復讐の道具として使おうとしてきた。
気が動転していたのは事実だろうし、勢い余ったがゆえの発言だったかもしれない。でもやっぱり悲しいし、辛いし傷つく。
たった一言でも関係を壊す力が言葉にはあるのだ。
「じゃあ、そういうことだから。しばらく距離を置こう」
「ま、待ってよ、ゆうくん!」
真由葉からの呼び止めには応じず、俺は彼女の前から立ち去った。
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