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パーティーから1時間が経った。




また名刺交換をするボスのすぐ隣に立ち、ボスが少し私側に寄せた名刺を確認する。




そして、その相手に笑い掛けながら言う。




その人の会社名とフルネーム、そこに“様”を付けて。




「注目ベンチャー企業として、先日の雑誌掲載で拝見したばかりです!」




そう言いながら、ボスを見上げる。




「僕も拝見しました。

経営コンサルを主軸に、その他にも事業展開されていらっしゃいますよね。

新たに医療業界にも事業を展開されたと。」




「よく知ってくれてるね!

御社の方がベンチャー企業として有名なのに!」




「毎日必死です。本当に、必死で。」




「設立して何年目だっけ?」





ボスがそう聞かれ、私はボスの左腕にまた右腕を回し、ボスの左腕に頭をもたれかけ・・・答える。





「8年目に入ったんです。

やっと8年目だって、毎日のように言っていて。」




「8年目なんだ。

それであそこまで業績を上げて、会社も大きくして凄いよね。

今度採用活動の時、声掛けるよ!」






この人の後も、また多くの人と名刺交換をして、貴族達の戯れの中でボスも営業活動をした。






「ボス、そろそろ少し食べましょ~。」




「そうだな。行くか、タコ。」




「あ!それ言っちゃいます?」





小声で小さく笑いながら、2人で料理の方へ歩いていく。





歩いていた・・・





その時・・・






「失礼。初めてお見掛けしますね。」






と、男の人の優しい声が。






ボスと一緒に振り向くと、優しそうな男の人が・・・あり得ないくらい可愛い女の人を連れて立っていた。






「はい、初めまして。」






ボスが会社名と名前を伝えながら、名刺を渡す。

そして、また受け取った名刺を少し私の方に見せる。






その名刺を見て、固まった・・・






固まったけど、すぐに口を開く・・・







「藤岡ホールディングスの副社長、藤岡様ですね。」





「凄い方のお名刺頂けて、光栄です!!」







ボスが、戦闘モードに入った。

大企業の中でも、その中でもかなりの大企業、藤岡ホールディングス・・・。

それも、副社長と名刺の交換が出来た。







藤岡副社長が、優しく笑いながらボスのことをジッと見て・・・私のこともジッと見た。

それから、手に持った名刺に視線を移す。







「ああ、知ってるよ。

こんなに若い社長さんだったのか。」





「さっき、オジサンと言われたばかりです。

本気で落ち込みましたね。」





「どこがオジサンなの。」






藤岡副社長が面白そうに笑いながら、また私の方を見た。









その、時・・・









「勉(つとむ)も来てたのか。」









と、もう1人・・・現れた。




この男の人は、見たことがある。

たまに経済誌にも載っているくらい有名で・・・





有名で、





それに・・・






「“KONDO”の近藤副社長でいらっしゃいますね。

弊社がご紹介致しました学生を、毎年採用して頂きまして、ありがとうございます。」





ボスが名刺を差し出しながら、近藤副社長にそう言った。





近藤副社長は、ボスのことをまじまじと見ながら、名刺交換をしてくれて・・・






「申し訳ないが、俺は人事部のことはノータッチで。

どこの会社を使っているかなども、把握していないので・・・。」






そんなことを言い出すので、私は今日初めて自分の名刺入れを鞄から取り出し・・・







近藤副社長に名刺を差し出した。








「私、新卒エージェントの柳川と申します。

御社に所属していらっしゃる、中田一成(いっせい )さんの担当をしておりました。」







私がそう言うと、近藤副社長が驚いた顔で私を見た。

そして名刺交換をしてくれ、私の名刺を見る。







「そうか、君が・・・柳川さんが中田一成の・・・。

学生の担当だけでなく、うちに紹介したのも柳川さんが?」





近藤副社長が食い付いた。

それは、そうだ。

あの子の内定の時は、この人も出て来たと一成君から聞いていたから。





「はい。弊社は登録者との面談も、企業様との窓口も、新規開拓も、基本的には全てエージェントが行っております。

最近は規模が大きくなってきましたので、各部門の担当も勿論おりますが。」





「そうか。君が・・・。

何故、中田一成をうちに紹介した?

要件を満たしていないのに。」






そんな質問には、苦笑いをしてしまう。






そしたら、ボスが答えた・・・。






「他のエージェントでは、あり得ません。

中途採用の場合は、要件を満たしていなくてもご紹介することもありますが。

新卒であの要件を満たしていないのにご紹介することは、柳川以外はあり得ません。」






そして、私を見下ろしながら笑った。






「柳川は、正直クレームも多いです。

ですが、普通だったらあり得ないこともガンガンやります。

“僕”には出来ないことも、“僕達”には出来ないことも。」






ボスがそう言って、優しい顔で笑いながら、私を見下ろす・・・。

その顔は、ちょっと・・・格好良い。





「なんだ、会社の社員の子だったのか。」




藤岡副社長が残念そうに笑って、私を見た。




「うちの会社に欲しい子だなと思っていたよ。」




「それは、光栄です!!!

え・・・転職しようかな・・・!」




「それはそれは・・・社長さんのお許しが出るのなら。

ただの社員の子でもないみたいだから。」





藤岡副社長が面白そうに笑って、ボスを見た。





そしたら、ボスの左手が私の腰に回った・・・





「おっしゃる通りです。

“俺”のパートナーなんで!」





そんな風に答えると、藤岡副社長と近藤副社長・・・それと途中から来た、近藤副社長のパートナーの絶世の美女も面白そうに笑っていた。





「柳川さん、お食事まだですよね?

どうぞ、召し上がってください。」





藤岡副社長のパートナーの女の人が、お皿に綺麗に盛り付けられた料理とフォークを持ってきてくれた。






「ありがとうございます!

“じん”!貰っちゃった!!」






それを受け取り、ボスの名前を呼びながら笑い掛けた。

そんな私を見下ろし、ボスが驚いた顔をして・・・一瞬だけ真剣な顔になった。








「御社、何名くらい社員いるのかな?」







藤岡副社長が急にそう聞いてきて・・・私の腰に回るボスの手に少し力が入る。








それを感じながら、私は答えた。








「現在、300名程です。」





「そうなんだ。設立して何年?」





「8年目に入りました。」





「御社、いいよね。

うちの会社は人材系は広告媒体だけだから。

正直凄い気になってたよ。」







藤岡副社長がそう言いながら、近藤副社長を見た。







「そうだな。毎回同じような奴らが来ると思ってたが、今日は来て良かった。

今後とも採用の時はよろしく頼む。

また・・・何かあったら声を掛ける。」






「僕も・・・。

うちは“KONDO”みたいな人事部じゃないから、採用部門はそこまでで。

人事部に御社のこと言っておくよ。」

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