第4話 大学1の美人は悪辣な黒魔女だった

「ごめんなさい。

 取り乱しちゃった」

 ずびーっと渡したティッシュで鼻をかむ。

 美人が台無しである。


 そのまま新しく引っこ抜いたティッシュでかんだティッシュを丸めると、すっと差し出してくる。まだ乱れた心のままなのだろうか。

「……?

 ゴミ箱ならあっち」

 指で差したが「謝罪だよ」となんだかよくわからないことを言われる。

 鼻水ずびずび包んだティッシュがどうして謝罪になるのかわからない。両手をお椀の形にして、その上に乗せられた鼻ティは献上物のように見えなくもないが、現実的にはただのゴミである。きちゃない。


 そんな物を差し出してきて、なんで受け取らないんだって顔されるほうがなんでだった。どういう思考回路してるんだこの女。バグってるのかもしれない。

「おかしいね」

「正常な反応だが」

 おかしいのはお前の頭だ。

 窓際美人が首を傾げる。


「私が鼻をかんだティッシュが欲しいっていう人が居たから、嬉しいのかなって思ったんだけど」

「捨てろ」

 純粋無垢な顔でなにとんでもないことを言っているのだろうか。げっそりする。そんな変態と俺は同等の存在と思われているのがショックだった。というか、居るのかそんな鼻ティが欲しい変態が。この大学に。一層他人との距離が開く話である。


 やや納得できていない窓際美人に鼻ティをぽいさせる。

 眉間を揉む。眼精疲労だろうか。どうしてか涙が出てくる。

「……女子校生の価値を妙に信じる妹といい、

 似た姉妹だなほんと」

「え……似てる?」

 嬉しそうに声が上がる。

 喜ぶところじゃねぇだろ変人姉妹。互いを鏡にして自分を見つめ直してどーぞ。


 けれども、よっぽど制服少女と似ているというのが嬉しかったのか、頬を両手で包んでてれてれくねくねしている。反省の色はなかった。

 その反応に若干引く。精神的な距離が3歩は離れた。


 薄々感じてはいたけど、こいつ……ドの過ぎたシスコンでは?

 ぷんぷんと臭ってくるシスコン臭に顔を顰める。見た目クールで爽やかなシトラス系な印象なのだが、一転、ラフレシアにも負けない激臭。

 家出したのも姉の過干渉が嫌だったんじゃないかと、目を棒にして思わずにはいられなかった。


「わかった」

 そんなシスコンが急に了承を示してきたので疑問符を浮かべる。

 なにがわかったというのか。自分の性癖だろうか。

「結局、夜行君がセイカちゃんとどういう関係なのかはハッキリと理解できなかったけど、妹を気遣ってくれているのは伝わってきた」

「気遣った覚えはない」

 手のひらで顎を支えて、瞳を横に寄せる。


 遣ってはいるが、こうも直接的に言われると否定したくなるのが捻くれ者の証だろうか。

 こちらの心情を理解してか、窓際美人はあらま、とわざとらしく口元を手で隠して目を丸くする。

 鼻につく態度に苛立つが、指摘したら3倍返しされそうなので沈黙を選ぶ。「素直じゃない」とくすくす笑うので仏頂面を作るしかなかった。


「私としても、無理矢理セイカちゃんを連れ帰りたいと思って……思っている、わけじゃ、ない……からぁ」

「血反吐でも吐くの?」

 豊かな胸を押さえてぜぇはぁ息を荒げる。そこまでしないと口にできない言葉なのか。


「でも。

 早く連れ帰らないといけないの。

 ……あんまり時間はないから」

「……?」

 家出中の制服少女の金が尽きるとかだろうか? 

 瞳を薄めて疑問を抱いていると、最初の頃に浮かべていたのが遠い昔のような、ニッコリ笑顔を向けてくる。


「そういうことだから。

 セイカちゃんが気持ち良く家に帰ってこれるよう協力してね!」

「するわけないだろうJK常識的に考えて

 面倒と吐き捨てる。

 なんで俺がそこまでしなくちゃいけないのか。

 現時点でも関わりすぎなのに、これ以上となると本当に俺がやる意義も理由もない。


「お得意の警察官にでも頼むんだな」

 べーっと舌を出す。

 子供っぽいが、これぐらい態度で拒絶を示すべきである。変な思わせぶりは底なし沼に沈むがごとく、『あなた優しいのね』という1円にもならない褒め言葉でこき使われてしまう。

 俺は美人からの褒め言葉よりも金が欲しい。物欲的な男である。


 顔を真横に向けて歯をガシガシ噛む。

 拒絶は明らか。交渉の余地はないというのに、窓際美人はニコニコと笑みを浮かべたままだ。そして、すっと伸ばした人差し指でテーブルに置いてある物を差す。

「でも、対価は払ったでしょ?」

「いや、さっきいらんってつっ返したよな?」

 1万円札が10枚。

 大学生でなくとも、なかなかの大金に目が眩みそうだが、沸き立つ欲望を抑えて窓際美人に返したはずのお金。


「もう私のじゃない。

 10

 そうでしょう?」

「おいこら」

 貢いだ部分をやたら大きな声で口にされて焦る。


 さっきまでの窓際美人ギャン泣き騒ぎもあってか、食堂にいる人たちは俺たちに注目していたらしい。

 目に耳。視覚と聴覚。

 全ては届かずとも、断片的に伝わってきた情報で好き勝手に妄想する。

 聞こえてくるのはヒモとか、お金の関係とか。

 大学生活どころか、社会的地位まで暴落しそうな勢い。額に脂汗が浮かぶ。


 そんな俺の反応を見てか、窓際美人がくすりと嫣然と笑みを零す。

「……ここで騒げば、夜行君の大学生活も終わるかな?」

 こ、このあまぁ。

 たかだか5分も前に子供のように泣いていた女とは思えない悪辣っぷりに頬がひくひくと攣りそうになる。


 窓際美人が手首を裏返して、細いアクセサリーのような時計を確認する。

 わざとらしく「わぁ大変」と声を上げた。

「もう講義の時間だね。

 それじゃあ、お互い授業に遅れないようにしなきゃ」

「授業サボる気満々だった奴がなにを」


 引き留めようとしたが、「じゃあよろしくね」と蝶のようにするりと飛んで行ってしまう。

「あ、お金は報酬だから気にしないでね~」

 と、それだけ言い残して食堂の入り口から出ていってしまった。

 残されたのは俺と、テーブルの上で神経衰弱のようにバラけて広がる札束。そして、俺に集まる冷ややかな視線だけだ。  

 テーブルの上で行き場のない感情を込めてぐっと拳を握り込むと、数枚の札束が巻き込まれてくしゃりと潰れる。


 なぁにが大学1の美人だミスコン優勝者だ。

 あんなの魔女だ魔女。それも性悪な黒魔女だ。

 広がる紙幣を捨ててやろうかとも思ったけれど、それはあまりにももったいない。

 今度会ったら絶対に返してやると決意を固めながらも、俺の財布に収まるのだから全ては魔女の術中なのかもしれない。


 まさか、泣いたのも俺の同情を誘うための演技じゃないよな――?

 女性不信になりそうな疑念が頭蓋骨を内側からカリカリと刺激し続ける。

 へたりとテーブルに倒れ込み、暫く動けず。

 講義は遅刻する羽目になった。もーさいてー。



 ◆第4章_fin◆

 __To be continued.

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