第2話 いつの間にか妹に付き添いを頼む病弱な兄になっていた件
行動を起こすということは、なにかしらの結果が伴うものだ。
常になにかをすれば、なにかが起こる。
例え、日がな一日部屋で惰眠を貪っていたとしても、『なにもしなかった』という行動を選択したことになる。
故に、今この状況は俺が選択し、行動した結果なのだろうが……平たい胸を押し付けてくる、存在しないはずの妹に付き纏われる、なんて。誰が想像できるんだ。
それも、絶賛警戒心を高めている警察官のおまけ付き。
「……君は、彼女とどういう関係かな?」
「兄妹です」
俺に質問されたのに、制服少女が身を寄せてハッキリと告げる。
両腕を絡めて、胸を押し付けられている態勢なのだが、女性らしいふくよかさは伝わってこない。相変わらずの残念平原なんだなと、現実逃避混じりに考える。と、取られた腕の関節を反対側に曲げられて――痛い痛いっ。なに怒ってるのこの子。女の直感でも働いたのか?
怖ぁっと口の両端を下げると、警察官の男性の顔が更に険しくなっていてげっそりする。
「本当に兄妹なのかい?」
「……まぁ、姉弟はいますが。
こいつは――づっ!?」
「……?
どうかしたかい?」
「な、なんでも……っ」
赤の他人ですと真っ向から否定しようとしたら、続く言葉を足を踏まれて言えなくさせられてしまった。余裕がないのか、想像以上の強さに足を抱えて泣きたくなる。おい、ぐりぐりするな。
「どこからどう見ても姉弟ですよね?」
「……そうは見えないが」
訝しげに目を細めた警察官が俺と制服少女の顔を見比べる。
当然、兄妹ではないので似ているわけもなく、顔を比較したところで疑いは増すばかりであろう。だいたい、こんな色気のない非行少女を妹に持った覚えはなかった。
「兄が体調を崩していて、学校に登校する前に病院で診てもらうところだったんです。
今にも死にそうな顔をしていますよね?」
笑顔で平然と嘘をつく制服少女に、おいっとツッコミを入れたかったが、俺の顔を凝視した警察官が「……確かに」と納得していた。
どういう意味だ。顔色悪い自覚はあるが、死にそうではない。
不本意ながら、俺の死にそうな顔が疑いを薄めたのか、疑義の念を残しながらも警察官は一応の納得をしたらしい。
「お兄さんを送ったら、早く学校に行くように」
「はい。ありがとうございます」
帽子を被り直して巡回に戻るだろう警察官に、制服少女が愛想良く手を振って見送る。
警察官が交番のある方向に曲がっていったのを確認し、どっと疲れたような息を吐き出す制服少女。疲れたのは俺だと思いつつ、言わなければならないことがあるので言っておく。
「誰がお兄ちゃんだ」
「こんな可愛い妹が居て幸せですね」
あはっ、と花咲くような笑顔に下唇を持ち上げる。
面の皮の厚さにうげーっと喉が不調を訴えそうになった。見ているだけで気力が削がれそうだ。
「とりあえず、離せ」
「……あー」
軽く振り払うと、両手を上げて制服少女が一歩下がる。
なにやら含むように唇を結ぶと、腰を折り曲げて下から見上げて嗤う。
「女子高生に抱きつかれて嬉しかったんですか?」
「抱きつ……?
あぁ、背中じゃなかったのかぁ」
「背中からどうやって抱きつくって仰るんですかぁ?」
さっきからずっと笑顔のはずなのだが、急に影がかかって怖くなる。雲で太陽が隠れたせいかな。
「じゃ」
制服少女に用事なんてないのでさっくりと別れようとすると、「待て待て」と手を掴まれてしまう。
女の子と手を繋ぐというのは、もう少しドキドキしそうなものなのだが、捕らえられたという意識が真っ先に来るのは俺の受け取り方が悪いのだろうか。
なんだよ。むっつり睨むと、空いている手を上下にわちゃわちゃさせる。
「もっとなにか、ないんですか?
どうして警察官に声をかけられてたのか、とか。
なんでここに居るのか、とか。
そういう、至って普通に抱く疑問が」
ねぇ? と上目遣い。
まぁ、そうな。そういう疑問がないわけではないが……。
制服少女を見る。仮称通り、制服を着ている名前も知らない女の子。
彼女だと気が付く前にも思ったが、おおよそ事情なんて察せられる。そんな格好をしていれば、声もかけられるだろう、と。
そもそも、
「お前はそこら辺にまな板が転がっていて、
どうしてこんなところに捨てられてるんだろうなぁ、なんて疑問持つ?」
「…………私にいっっっさいの興味がないのはわかりましたが、
その比喩表現に悪意、ありませんか?」
制服少女の頬がひくひくしている。
見たまま思いついたまま。
悪意なんてこれっぽっちもないが、受け取り方は人それぞれなので、俺は自分の発言に責任を取るつもりはありません。苦情も受け付けない。
ぶすっと、制服少女がわかりやすく剥れる。年頃ゆえか、感情表現がわかりやすい。それを可愛いと思うか、あざといと感じるかもまた、人それぞれだろう。
「薄々感じていましたが、
もしかして異性に興味がないのですか?」
「人を不能呼ばわりするんじゃねーよ」
失礼な。
ちゃんと機能している。女性を綺麗とか、可愛いとか思う感情も残っている。
「……疲れてると、性的欲求よりも睡眠欲が勝つだけだ」
「夢も希望もない、灰色の人生を送っているんですね」
可哀想と濡れてもない目元を拭う素振りを見せる制服少女に、「ほっとけ」と語気を強める。
こんな失礼な女、さっさと置いていってしまいたいが、手は握られたまま。手汗がじんわりと滲む感触に羞恥が込み上げそうになる。緊張しているのか。自分の手からだったら嫌だなぁと思う。
どうあれ、俺はこの子をどうにかしないと、古書店にもいけないらしい。せっかくの休養日なのにどうしてこうなった。
疲れが胃の腑に降り積もっていく。雪のように勝手に溶ければいいが、火山灰のようなもので自ら除去しなければ溜まる一方だ。
制服少女と出会ってから
けれども、上から撫でるだけじゃ腹の底の重みは消えず。
しょうがなく、彼女が望んでいるだろう問いかけを口にすることにした。
「……それで、どうしたんだよ」
「貴方には関係ないでしょ」
「……」こいつ。
こめかみが痙攣する。年下相手に大人気ないが、一度引っ叩いてもいいんじゃないかと思ってしまう。そういうのを躾とか教育という言葉で飾って手を出すと、社会的地位が失墜する恐れがあるので、ぐっと堪えるが。
俺にも人並みのモラルは存在する。
餌付けしようとした猫に引っ掻かれるぐらいの不幸を願いながら、俺はため息を零す。
こんなこと言うつもりはなかったし、人様のことなんぞどうでもいいのだけれど。
巻き込まれている駄賃として、これぐらいは言う権利はあるかと口を開く。
「どうでもいいけど」
と、億劫だと前置きしつつ、
「こんなことそう長く続けられないぞ」
「……っ」
愕然としように目を見開き、制服少女が胸をぎゅっと押さえる。
反射的になにかを言い返そうとした少女の口が僅かに開くが、音になることなく微かな吐息と共にキツく唇が結ばれる。
血が出るんじゃないかと思うぐらい、彼女は下唇を強く噛む。
「そう、だけど……」
俺の言わんとすることは、発した言葉以上に彼女には伝わっているのだろう。
というよりも、俺の言葉はただのキッカケでしかなく。
元々制服少女が内に抱きながらも、見てみぬフリをしてきた問題を直視してしまったのだろう。
耐えるように二の腕を掴み、力なく俯いてしまう。
こうなると悪者は俺のほうで。
なんでこうなったかなぁと首の後ろを撫でて顔をしかめる。瞳を横に逃がす。
間違ったことは口にしていないが、真実が常に誰かを救うなんて思ってもいない。むしろ、正しく、嘘偽りのない言葉というのは、ナイフよりも心に深く刺さり、人を傷つけてしまうのを俺は知っている。
失敗したなぁ、と思う。
言葉選びか、口に出したことにか。
はたまた、目の前の少女と僅かであろうとも関わってしまったことがか。
「はぁ……」
また、ため息が零れてしまう。
このまま別れてしまいたかったが、俺の言葉で傷付けてしまった少女を1人残していくのは気が引ける。
それでなくっても、さっきの警察官が戻ってきて今の制服少女の姿を見れば、一体なにを思い想像するだろうか。少なくとも、良い印象は与えないだろう。
面倒事になるぐらいなら、と人に関わらないというポリシーに反する建前を胸中で呟いて、苦しみ悩める少女に声をかける。
「暇なのか?」
「……暇、じゃないけど」
ならしょうがないなーと肩を上げたが、「時間はある」と言葉が続きしゅんっと肩を落とす。そういういらない溜め止めなさいよ。期待と落胆の上下で余計疲れるから。
だいたい、暇じゃないけど時間はあるってどういう意味? と疑問を抱きつつも、今にも離れてしまいそうな手を、今度は俺から握り返す。
「俺はこれから古書店行くけど」
「……行く」
付いてくると素直に言えない俺の言葉を受け止めて、制服少女は
結局、休みの日までこの子と一緒なのかと落胆しつつ、幼い子どもを連れ立つように手を引いて歩き出す。
地面に視線を落とし、繋がった影を見る。心臓の直ぐ側で、なにかが粟立つのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。