深夜のコンビニバイト中に入店してきた非行少女に餌付けをしたら、俺のシフトを狙ってイートインスペースに入り浸るようになってしまった。

ななよ廻る@ダウナー系美少女書籍発売中!

本編

第1章

第1話 深夜のコンビニを訪れたのはスカートの短い制服少女

 誰もいないコンビニのレジ中でやることもなくぼーっと立っていると、これでお金貰っていいのかなってたまに思う。

 面接した店長には『助かる』と『採用』の二言だけを告げられて、履歴書はそのまま流れるように薄汚れたクリアファイルに収められてしまった。

 ならいいのかな、と誰もいない店内を見渡して結論付ける。


 店内BGMだけが響くコンビニで1人。

 昼間と見紛うような光の中、突っ立てるだけの仕事が終わりを迎えたのは、丁度0時を告げる店内放送が流れた時だった。


「……いらっしゃませー」

 軽快な音楽と共に自動ドアが開く。半分目を閉じたまま、無意識に口だけが客を出迎えていた。

 遅ればせながら目を向けると、入店してきたのは女子校生だった。JCか、JKかは……わかんない。けど、学生だというのは間違いなかった。

 というのも、こんな深夜だというのに、彼女は膝丈の短いスカートの制服姿だったからだ。


 夏も終わりを迎えて肌寒くなってきたのに、よくもまぁこんな冷え込む時間帯にそんなに足を出せる。そうでなくても、警察に見つかれば補導まっしぐらだ。

 俺なんか20歳になっても警察のお世話になっているのだから。夜中に自転車に乗ってるだけで止められる。3回止められて、3回同じ警察官だったし。そんなに俺って自転車盗んでそうな顔してます?


 まぁでも、近くに住んでるのなら、警察に見つかることもないか。

 曲りなりにも都内だというのに、コンビニの周辺は畑だらけの田舎風景が広がっている。0時を過ぎれば人通りなんてなく、わざわざ警察官だってこんなところで網は張らないだろう。

 そんな場所にあるから、客なんて禄に来ず、こうして暇を持て余すことができるんだけど。いや、今はちゃんと女の子の客がいるか。


「……」

 自動ドアが閉まる。その前でお腹を押さえて、どこか顔色の悪い女の子は緩慢な動きで店内を見渡す。

 そのまま入り口横。店の角にあるイートインスペースで顔の向きを固定すると、そのままフラフラとゾンビのような足取りで向かっていった。

 そして、どうにかこうにか椅子を引くと、崩れるように座ってテーブルに突っ伏した。


「……なにも買わないのか」

 思わず零れた俺の呟きは、幸いなことに深夜にしてはやたらテンションの高いパーソナリティの昔語りによってかき消された。昔は僕もコンビニでバイトしててね、とかいう何度聞いても興味のきの字も湧かない自分語り。


 なにしに来たんだこの女学生……とは思わなかった。

 たぶん、行く宛がないんだなと。

 夜が更け、誰もが寝静まった頃にコンビニに来て、なにも買わずイートインまっしぐらとか、時間を潰したい以外の理由が思い付かない。

 もちろん、そこに至るまでの事情は人それぞれだろうが、ただのコンビニ店員である俺にそこまで踏み込む理由はないし、興味もない。

 そういうこともあるだろうと思うだけだ。


 強いて言うなら、なにか店内の食べ物を買った客だけがイートインスペースを使えるということだが、他に客がいるわけでもなし。なにより、注意してクレームなんぞ入れられたらたまらないので、静かにしててくれるなら放置に限る。


 深夜のコンビニにはほとんど客なんて来ないが、時折おかしな客が紛れ込む。

 女子校生1人がテーブルを占拠したところで、一々慌ててなんていられないのだ。包丁で脅してこないだけまだ良心的である。いや、ほんとに。


 なので、仕事が終わる早朝までの数時間、見てみぬフリをすれば終わる。店員と客……かどうかは買い物してないので怪しいところだが、どうあれテーブルに突伏する制服少女との繋がりなんて、豆腐素材の糸よりも脆い。触れずとも切れるぐらいに。


 突っ立ってるだけ。暇を持て余している。

 なんて言ったものの、実際のところ本当にやる仕事がないわけじゃない。仕事は自分から作るものなんて、ワーカーホリックなわけではなく、やらなきゃ怒られる作業がちゃんとある。


 社会人の仲間入りができているかはともかく、20歳にもなって仕事をサボったなんてくだらない理由で叱られたくはなかった。

 ので、ブラシがぐるぐる回るデカい機械で掃除をしたり、フードのトレーとか網とかを洗ったりする。


 その間も新しい客なんて来る気配もない。ガラス窓を通して見る外は、店内とは対照的に明かり1つなくって、道路に面しているのに車1台通り過ぎなかった。

 店的にはノーセンキューなのだろうが、俺としてはゆったりマイペースに仕事ができるので、定時になるまで客なんて来ないでほしいと思ってしまう。


 そんな風にぼけっとしながら作業をしていると、結構な時間が過ぎていた。暇しているよりも時間の流れが早く、忙しくない程度の仕事はありがたくもある。

 日が変わって2時間は過ぎたけれど、その間、客は1人もなし。駅前だと違うのだろうけど、畑に囲まれた都内(田舎)じゃ、やっぱりこんなものである。


 で、唯一のお客様……というには、1円も店に金を落としてないので客未満な少女と言えば、

「……まだ居ると」

 覗いて、確認して、微妙な気持ちになる。居て欲しかったような、欲しくなかったような。

 机に突っ伏したまま。そこだけ時間が止まったかのように、1ミリも動いた様子がない。

 寝てるのか。そう思うが、力なく垂れている腕が妙な不安を掻き立てる。

 入店時、顔色が悪かったのといい、まさか……死んだりしてないよな?


 いくら大抵のことは気にせずのらりくらりとやっている俺だとしても、バイト中に死人が出るのは困る。せめて、俺がバイトの日以外にしてくれ。

 レジから顔だけじゃなく体ごと乗り出す。反応はなく、呼吸しているか怪しい。

 視界が歪む。頬肉が上がって、渋い顔をしてるのが自分でもわかった。


「はぁ……もう」

 後頭部をガシガシかいて、レジから出る。

 息をしているかぐらいは確認しておくことか。気になって仕事にも身が入らない。


「お客さん、生きて……大丈夫ですか?」

 言葉が正直過ぎたので、遅すぎる訂正をしておく。

 覇気のない声だったとはいえ、伏してる制服少女を見下ろせるぐらい近くにいるのだ。声は届いているはずだが、反応はなかった。

 そうなると不安は増すばかりで、指先で手の平を撫でるとじわりと汗をかいていた。


 肩を揺すろうと手を伸ばして止める。

 これ……痴漢とか言われないかな?

 深夜、寝ている少女に触れる。字面にするとなかなかの犯罪臭がした。起きて、セクハラだと訴えられる可能性はなきにしもあらず。


 中途半端に伸ばした手を誤魔化すように首の後ろに回す。

「……帰りてぇ」

 ぐぎゅるるる~。

 音が鳴った。それも盛大な。


 犬の唸り声のような音。最初はなんの音かわからなかったが、制服少女の垂れた黒髪の隙間から覗く耳が赤くなっているのを見て取って、腹の音だと理解する。同時に生きているのもわかってちょっと安心。


「あー……お腹減ってんの?」

 ガタッとテーブルが揺れた。けれど、起き上がりはしない。

 ここはコンビニ。お腹が空いてるならなにか買えばいいじゃんと思うけど、そうしないっていうことは、金がないんだろうなと結論を出す。

 なら家に帰れと言うのも、コンビニのイートインスペースとはいえ、女の子が1人無防備に倒れ伏している時点で酷だろう。


 家出なのかなんなのか。

 十代女子の思春期の悩みなんて想像もつかない。


 はぁ嫌だ嫌だと首を回す。

 極力、他人になんて関わりたくはないのだ。だからこそ、こうして人と接する機会の少ない時間帯を選んで働いているのだから。


 俺は善人じゃない。街中で転んで荷物をぶちまけた人がいたとしても、見れみぬふりをして通り過ぎる。見えなくなってから、大丈夫だったかなと無責任な心配をして、あっさり忘れる。

 今だってそうしたいのに。


 店内には俺と腹を空かせた少女の2人きり。

 盛大に腹を空かし、見るからに体調の優れない少女がイートインスペースに居座っている。このまま放置して、朝冷たくなっていましたなんてことになったら、最終的に困るのは俺であり、なにより夢見が悪い。

 そうでなくっても、救急車を呼ぶような事態になるのはお断りしたかった。


「はぁ……しょうがねぇか」

 結局、非情になりきれはしなかった。善人じゃないとはいえ、困っている娘を救えるのが俺だけとなれば、面倒事を嫌ったところで、手を伸ばさないわけにはいかない。


 良かったな俺が超良い人で。

 心の中で皮肉を込めつつそんなことを考えながら、適当に飲み物と弁当を見繕う。

 女の子ってなに食べるんだろう? タピオカかなぁ。


 残念ながらタピオカミルクティーは店になかったので、無難にペットボトルのお茶にしておいた。弁当は唐揚げ。なんだか俺の好きな物を選んでる気がするが、まぁ女の子であれあそこまで腹を空かせていたら食うだろう、肉を。


 ピッ、ピッと。

 レジで会計を済ませて、レンジで弁当を温める。お茶ごと温めるなんてギャグは挟まない。

 温まった唐揚げ弁当。そのまま自分で食べてしまいたいが、レジ下から割り箸を引っ張り出してイートインスペースへ。

 そのまま制服少女が息絶えそうなテーブルの上に置く。

 なんだかお供物みたい、なんて。縁起でもないことを思う。


 音か匂いか。僅かに頭が動く。

 そのままもそりと黒い瞳が露わになる。店内の光が眩しいのか、薄目の制服少女が目の前に置かれたお弁当を力なく見つめる。


「……どういうつもりですか?」

 初めて聞いた制服少女の声は年相応の少女らしい声で、棘が含まれていた。非行少女のように全てを跳ね除けるような気の強さ。けれど、ハリネズミのような棘々しさとは異なる、どこか丁寧さを感じさせる話し方には育ちの良さを感じた。


「……施し?

 そんなの必要ありません。私は1人で生きていけますから」

 いらないと言うわりには、お弁当から目が離せないようだけれど。

 伸ばした手を打ち払う。親切はいらないという意思表示か、それとも野良猫が人を警戒してひっかくようなものなのか。

 人が好意で言っているのにという善意の押し付けによる苛立ちよりも先に、立てもしないのに強情を張れる強さに感心してしまう。


 俺とは無縁だからなぁ、そういうの。

 ただ、こちらとしては食べてもらわないと心の健康によろしくない。出てってくれるならともかく、朝まで居続けるなら受け取ってほしかった。

 良い人なら、根気良く制服少女を説得するんだろうけど、俺は面倒くさがりなので、口をついて出るのは皮肉がせいぜいだ。


「どこかの誰かさんが犬でも連れ込んだのか、唸り声がうるさくってね。

 気が散って仕事にならないもんで」

「……?

 唸り……――っ!?」

 気付いたのか、制服少女の顔がボッを赤く染まる。

「っ、それがお客に対する態度……ッ!」

 両手をテーブルに叩きつけて勢いよく立ち上がった瞬間、

 ――ぐぎゅるるるる~。

 と、これでもかと彼女のお腹が存在を主張する。タイミング良く店内BGMも消えていて、静かな店の中に誤魔化しようもなく広がった。


「~~……っ!?」

 無理に立ち上がったからか、それとも羞恥心か。

 力尽きたように椅子へと崩れ落ちる。


「……ふっ」

 顔を逸らして思わず吹いてしまう。おもしろー。

「飼い犬は素直なようで」

 途端、少女の肩が怒りでわななくが、もはや立ち上がる元気もないのか、脱力した腕を伸ばしておでこをテーブルに打ち付けたまま動かない。


「俺が上がるまでせいぜい大人しくさせておいてくれ」

 背を向け手をひらひら。

「……貴方が勝手にしたことですから。

 お礼は言いません」

 いらんなら捨てろという意味を込めてゴミ箱を指差し、ぶすくれたつっけんどんな言葉に背中を押されてレジに戻る。


「……(ぼけー)」

 戻ったところでやることはなく、ただ時間が過ぎるのを待つばかり。

 ループする女性パーソナリティの自分語りを右から左に聞き流していると、その間にお弁当の包装を破る音が挟まってくる。

 イートインスペースはレジから死角になっていて、制服少女がなにをしているのかはわからない。


 ただ、その包装を破るビニールの音が連続せず、間を置きつつなところに少女のなけなしの抵抗を感じる。

 とはいえ、手を付けた時点で負けは決まっていて。

 暫くすると、ガツガツと食べる音が聞こえてきた。


 静かとは言えない豪快な音につい釣られてしまい、バレないように片目だけで制服少女の様子を伺う。

「……っ、……! ――っ!?」

 余程お腹が空いていたのか、お弁当をかき込んで咽ていた。薄い胸を叩き、慌ててお茶を飲んでいる。丁寧なのは取り繕ったような言葉遣いだけだなと思いつつも、目を惹かれるのは彼女の顔。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、とてもうら若き少女が他人に見せていいような顔ではなかった。

 ぐずぐずで、ぐじゅぐじゅ。

 ただ、それを醜いとか、汚いとは思わず。

 お弁当を食べる姿は、誰よりも生きようとしているように見えて、見た目の美しさとは違う、なにかが輝いて見えた。

 それがなんのかは。ついぞわからなかったけれど。



 ■■


「お疲れさまでしたー」

 上がる直前、大挙として押し寄せた作業服を着たおっさん共のレジを終えて、交代のおばさんと入れ替わって本日の業務は終了。

 外に出ると、太陽はすっかり顔を出していて、街路樹の隙間から陽光で突き刺してくる。深夜とは違い、多少なりとも人が歩き始めるのを見ると、朝なんだなという実感が湧いてくる。

 木々がさざ波のように揺れ、風が通り過ぎていく。

「さむぅ」

 10月も半ばを過ぎると、気温が下がる。日中は過ごしやすいが、早朝ともなれば一足早く冬が到来したような気分になる。


 二の腕を薄手のシャツの上から撫で、帰ろうとすると目の前を制服少女が立ち塞がる。

 いつの間にかイートインからいなくなってたけど、まだいたのかよ。

「……お礼参りかなにか?

 俺ぁ疲れたから帰って寝たいのでまた今度ね」

 適当にあしらいつつ、横目に少女の顔色を確認する。

 血色の良い肌。夜とは違い、健康そうな顔付きになっていて、胸中で安堵する。助けた犬が無事だったような気持ちだ。飯を買い与えた手前、そこら辺でぶっ倒れてたら、寝覚が悪い。これから家帰って寝るんだけども。


 助けた責任を果たしたようなほどよい気分だった。

 吊り上がった目付きの悪さは治ってないようだけど、そればかりは一晩じゃあどうしようもない。


 無言で俺の前に立つ制服少女は、口をもごもごしてなにやら言いたそうな、けれど言い難そうに苦しい顔をしている。落ち着かない様子で地面のあっちこっちに視線を投げる。

 用件ないなら帰りたいなぁと思っていると、表情を引き締めて決意が顔の表に出てきた。

「お弁当……ありがとうございました」

 助かりました、と。上げた顔をそのまま下げてきた。


 意外な行動に目を見開く。

 気位ばかり高そうで、お礼なんて絶対に言わないと思っていたからなお驚いた。

「お礼、言わないんじゃなかったの?」

 余計なことと理解しつつも、つい思ったことを素直に訊いてしまう。

 頭を上げた制服少女の顔は不機嫌なモノに逆戻り。

「黙ってください」

 ピシャリと強く跳ね除けられてしまう。


 皮肉じゃないんだけどなぁ。

 そう思いつつも、流石に今訊くべきことじゃなかったとバツが悪くなって明後日の方向を向く。丁度、朝霧に包まれた陽が目に止まる。

 朧げな陽を見ているとこれが夢なんじゃないか。俺はまだ部屋の布団で寝ているんじゃないかと今目の前にある現実を疑ってしまう。


 けれど、確かにここは現実で、明晰夢でもなんでもない。

 その証明に、突然掴まれた腕から華奢な少女の手の感触が伝わってくる。なにより、驚きで竦み上がる心臓はあまりにもリアルで、これが現実だと早鐘して訴えてきた。


「おい、いきなりなん「黙って」」

 文句を押し潰し、制服少女は俺の手を自分の胸元に引き寄せる。

 そのまま止まることなく、俺の手が少女の慎ましやかな胸に押し付けられた。

 まるでこれで昨日のご飯は帳消しだとでも言うようだ。普段からそういうことをしているんじゃないかと疑いそうになるが、その顔は赤く、肩が震えている。とても慣れた態度ではなかった。


 俺はといえば、あまりの出来事に頭の中が真っ白で、緊張のあまり息すら止めていた。

 コンビニの前で女子校生相手になにしてるんだ俺はと、冷静な部分が的確な指摘をするけれど、身体は動かない。

 唯一、本能からか、それとも筋肉の弛緩か、指が少女の胸元を撫でるように動いてしまう。途端、「……ッ」少女がピクリと震えて身を固める。


 顔を上げ、少女の黒い瞳が濡れたように潤んでいる。

 上気した顔を隠すように再び俯くと、捕らえられていた俺の腕を投げるように引き剥がし、そのまま走り去ってしまった。


 残された俺は時間の流れを忘れて呆然と佇む。

「これが、お礼……」

 零し、手の平を見る。

 制服の上から少女の胸に触っていた手。

 …………。

「制服の感触しかわからなかったなぁ……」

 成人して初めて触れた女の子の胸の感想は、想像していた柔らかさとは無縁のモノだった。



 ■■


 深夜。

 相変わらず客のいない店内で、俺は額を押さえてため息を零していた。

 時間は12時を過ぎた頃。

 回り続ける秒針を睨みつけ、眉間に皺を作ったままイートインスペースに向かう。

 そこには、昨夜と同じ席に座る制服少女が居て、

「なんでいるんだよお前は……」

「私がどこにいようと勝手ですよね?」

 昨夜とは違い突伏することもなく、最初から元気な様子の制服少女に反発されて、露骨にため息を零す。


「陰気……。

 ため息しないでくれません?」

 するなって言われても。

 今回だけと助けた犬が、懐いて家に居着いてしまったらこういう気持ちにもなるだろう。その威嚇するような態度や、鋭く吊り上がった目からは、まかり間違っても懐いたなんて幻想は抱けそうもないが。


 なんだかなぁ……。

 やるせなさに肩を落として「はぁああああああ……」と長く息を吐き出す。流石に強メンタルな制服少女も、俺の態度に思う所があるのか、居心地悪そうに顔を背ける。

「今日はちゃんと買い物しましたから、お客様でしょう?」

 テーブルに置いてあった1リットルの紙パックジュースを、少女が指先でなぞる。

 やたら安くて、量だけはあるホワイトジュース。


「あ、そう」

 なんだかなんもかんもどうでもよくなってきた。

 俺の態度に「なにそれ」と不満そうであったが、もう知らんとさっさと仕事に戻ろうとイートインから離れようとしたが、

 ぐぎゅるるるる~。

 2日目にして耳慣れてしまった唸り声のような腹の音に、閉じた歯の隙間から息をスーッと吸って精神安定を図る。


「……おい」

 振り返ると、制服少女は紙パックジュースを両手で持ってプルプルと震えていた。

 赤らむ頬。彼女はなにも言わない。けれど、お腹に飼っている犬は『お腹が空いた』と素直に鳴き続けている。


「はぁ……」

 と。深夜だというのに影が差し出す未来に、ため息しか出ない。

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