第10話 アラン王子 VS カイオス
「最終試合、挑戦者、ロベリア王国騎士団所属 カイオス・アルルカン! 対するは、グラジオ王国最強の剣士、アラン王子!」
会場の熱狂は最高潮に達していた。ほとんどの観客が席から立ち上がり、拳を突き上げたり、拍手をしたり。思い思いの格好で応援している。
アリシアは磨き上げられた白銀の鎧を身に纏い、カイオスと向かい合っていた。剣を天に突き上げ、構えの合図に合わせて、相手の喉元に照準を合わせる。
「開始!」
レフェリーの叫び声とともに、カイオスはアリシア目掛けて踏み込んでくる。
––––やっぱり、大きいのに速い! スピードが全然死んでない!
丸太のような図太い腕から繰り出される剣撃をまともに受けては、あっという間にペシャンコだ。足を使い、最小限の動きで相手の剣をかわし、頭を狙って剣を振り下ろす。
しかしすんでのところで避けられ、反撃を繰り出される。間一髪で避けて、体勢を立て直した。やはりトーナメントを勝ち抜いてきた猛者だけあって、そう簡単には攻撃を当てさせてはくれない。
一歩も譲らぬ攻防戦が、しばらく続く。全身から汗が吹き出し、鎧の内側が蒸れる。徐々に体力が削がれていくアリシアに対し、カイオスは疲れた様子を一切見せない。
このままじわじわとなぶり殺しにされる恐怖を必死にかき消しながら、なおもアリシアは剣を構える。と、カイオスが攻撃を加えてくる気配を察知し、出鼻の動きを狙って素早く踏み込んだ。
––––ここだ!
アリシアの鋭い一撃が、カイオスに迫る。しかし剣を振り下ろす前に、突如アリシアは視界を遮られた。
強い光が目に刺さり、アリシアは咄嗟に瞼を閉じた。その瞬間、カイオスの渾身の一撃がアリシアの腹部に飛んでくる。横倒しに土の上に叩きつけられたアリシアは、あまりの痛みにえずく。
「なに、今の……」
痛みに耐えて素早く立ち上がるが、すでにカイオスが目の前に飛び込んできていた。
慌てて剣を握り直し、咄嗟に彼の剣撃を自分の剣で受け止める。
「重い……!」
力で押し負け、カイオスの剣先がアリシアの鎧の隙間から肩を裂く。必死の思いで剣を弾き返し、反撃を喰らわそうとしたのだが。
アリシアの視界は、ふたたび太陽のような光に遮られていた。
*
バーベナはバルコニーに身を乗り出し、アリシアの様子を注意深く観察していた。
先ほどから彼女が決定打の一撃を繰り出そうとするたび、おかしな動きをして撃ち損じている。
––––毒でも盛られたのか? いや、あれは……。
よく見ると、アリシアの白銀の鎧が不自然に照らされている。戦いに熱中している観客は気づいていないようだが、長細い光が鎧の顔まわりにちらついていた。
バーベナは視線を観客席の方に動かす。立ち上がり、怒号のような歓声を上げる観客の中に、怪しい動きをしているものがいないか探す。
階段状に続く観客席の中、中段あたりに腕を突き上げ、手を不自然に動かす男の姿があった。
「あいつか!」
「……バーベナ姫? どうかされましたか?」
近くに座っていたアレクサンダーに怪訝な顔をされてしまい、バーベナはハッとする。
「いえ、なんでもありませんわ。少し席を外させていただきます。やはり見ているのが辛くて……気分を落ち着けて参ります」
「ああ、そうですか。できるだけ早く戻ってきてください。アランはあなたのために剣を振るっているのですから」
今席を立つなんて、という嫌味とも取れる発言をバーベナは受け流しつつ。口元をハンカチで押さえ、ガーネットに連れられて席をたつ。
「ガーネット。ここで待っていて。トイレに行ってくるだけだから」
「いえ、ドレスですし……私もお手伝いします」
「いいから」
バーベナはガーネットをその場に残し、自室に向かおうと足早に回廊を進む。しかしすぐに、騎士の格好をした無骨な男に行手を阻まれてしまった。
「ここから先へはお通しできません」
「なぜでしょう?」
「今はトーナメントを行っている最中です。ここから先にはお通しできません」
「部屋にお守りを忘れてきてしまったのです。ロベリア製の、大事な方を守るお守りで。この手に持って、王子の勝利をお祈りしたいのです」
「そんなものなくとも、姫が観覧席にいらっしゃるだけで、王子の力になるはずでは? 今は試合中です。おとなしく座っていてください。しかしお飾りの役割もこなせないとは。ロベリアの民度が知れますな」
––––めんどくせえな。テコでも通さねえつもりか? 反ロベリア派の騎士の嫌がらせってわけだ。
男と睨みあっているうち、後ろから足音が聞こえた。誰か来たようだ。話し声からするに、女性二人。これは都合がいい。
「わかりました。では諦めます」
振り返って観覧席に戻ると見せかけ、バーベナは思い切り足払いをかけた。不意をつかれた男はバーベナに覆い被さる形で倒れ込んでくる。
「キャー! 誰か助けて!」
精一杯の裏声でバーベナは叫ぶ。すると後方にいた女性たちが気づき、こちらに向かってくるのが聞こえた。
「いや、姫、私は……」
慌てて反論しようとする男の声を遮るように、バーベナは悲鳴をあげる。
「いやー!」
「バーベナ姫に何をなさっているのですか!」
「離れなさいこのケダモノ!」
近づいてきていたのは、貴族の女性二人。少し休憩をとゲストルームに移動しようとしていたところのようだ。激しい戦いを見続けるのに、辛くなってしまったのかもしれない。
「今のは事故で……」
誤解を解こうと必死に弁明をする騎士の男と彼を叱り飛ばす女性たちをその場に残し、バーベナは一目散に自室へと駆けていく。
ようやく部屋に到着すると、手早く執事の制服に袖を通し、赤茶のカツラを被った。
「よっしゃ、これで準備オッケー」
急いで会場に戻ったバーベナは、観客席の方へと入り込んでいく。先ほどの鏡の男はまだ同じ場所にいた。負傷は多いようだが、アリシアもなんとか踏ん張っているようだ。
満席の観客席を走り抜ける。通路にはみ出した観客をかき分け、目標に向かって速度を上げていく。
「お客様〜ちょおっと失礼しま〜す」
男の後ろに立ったバーベナは、後頭部に力一杯手刀を落とす。かくんと膝を折り、簡単にその場にうずくまってしまった男から、手に握られていた鏡をバーベナは乱暴に奪いとった。
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