第11話 決着
––––そろそろ、やばいかも。
ここまでなんとか致命傷は避けてきたが。あちこちの筋肉が限界を迎えてきている。
何度も視界を遮る光にも嫌気がさしていた。初めは太陽光かと思っていたが、執拗にチラつく光は、人の手によるものだと途中から気がついた。
––––ロベリアの剣士にアラン王子を殺させたいんだな。きっと。
カイオスの動きは、相変わらず素早く力強い。薬の力の凄まじさを思い知った。
––––次の一撃で倒せなきゃ終わる。でも、もう一度邪魔が入ったら。
「おい気合い入れろ! 特訓の成果を忘れたか!」
観客の声に混じった聞き覚えのあるハスキーな声に、頭が冴えた。バーベナだ。
「邪魔者は始末した、思いっきりやれ!」
そのひと声で、先ほどからうるさい虫の如く視界を飛び回っていた光が消えていることに気づく。
「……ありがとう、バーベナ!」
最後の力を振り絞り、気合いをいれた。剣を握り締め、飛び込んでくる相手の一挙手一投足を捉えようと目をこらす。
カイオスの剣がアリシアに迫る。十分にひきつけてから、ギリギリのところでかわすと、前に踏み出し、左足でカイオスの膝を思い切り蹴り飛ばした。骨の砕ける音が聞こえ、カイオスが右膝から崩れ落ちる。
「トドメだ!」
アリシアはそのまま体を捻り、振り向きざまに後頭部へ会心の一撃をお見舞いした。
金属が地面に叩きつけられる音が聞こえる。カイオスの体はもう動かなかった。彼の鎧の口元からは、吐瀉物が漏れ出している。痛みや疲労は薬で誤魔化せようとも、身体的にはとうに限界を迎えていたのかもしれない。
闘技場から一切の声が消える。
静寂ののち、会場全体を震わすほどの大きな歓声が上がった。
「やった……。やり切った……」
バーベナの蹴り技のおかげだ。自分では、蹴りで足を潰して剣で致命傷を与える、なんていう発想は思いつかなかった。
足も手も震えている。それでも「アラン王子」でいるために。アリシアは頭の鎧をとり、右腕を天に向かって突き上げた。
「アランよ。見事最強の栄誉を守り切ったお前に、最大の賛辞を。ロベリアのカイオスも、素晴らしい戦いを演じてくれた」
グラジオ王はそう言うと、跪くアリシアの方へ顔を向ける。闘技場の中心に設けられた舞台に、二人は立っていた。王はトーナメントの勝者に贈られる盾をアリシアに授け、誇らしげな顔で笑いかける。
「アラン、勝者の願いを聞こう。なんでも欲しいものを述べるが良い」
アリシアは立ち上がると、王から顔を背け、天を向き、両手で頭を抱え、そしてまた下を向く。
「おい、早くしろ」
小声で王にそう促されたアリシアは、どんどん染まっていく頬を手の甲で隠しながら、戸惑いがちに答える。
「バ……バーベナ姫からの、キスを」
「ん……? 今なんと言った?」
「バーベナ姫からのキスを!」
女性の観客たちから凄まじい悲鳴が聞こえる。微笑ましい雰囲気に包まれる会場の中で、恥ずかしさからアリシアは肩をすぼめた。
アリシアが叫んだ願いの内容に、呆気に取られていた王だったが。薄く笑いつつ、勝者の言葉に応えた。
「よかろう。この国の未来は明るいな。きっとロベリアとグラジオの良好な関係は、いつまでも続くことだろう」
バーベナが、ガーネットに手を引かれて闘技場の中心へと向かってくる。
アリシアの緊張は頂点に登っていた。もういっそ、本当にバーベナが女性だったらよかったのにと、心から思う。
こんな大衆の面前で、男性と口付けを交わすことになろうとは、港町にいた頃の自分には想像もできないことだった。
バーベナはアリシアの目の前に立つと、両腕を首に回してきた。彼は額をすり合わせると、アリシアだけに聞こえるような声で話しかけてくる。
「本当にキスで良かったのかよ」
「いや、だって、約束したし」
彼は頬を緩め、くすくすと笑い始める。
「冗談だったんですけど」
「えええ!」
「まあいいや。特訓の報酬、あとで宝石とかもちょうだい」
「そ、それはいいけど」
「ん」
「んんん!」
紅のひかれた、柔らかい唇の感触が広がる。剣術を教えていた街の子どもが「キスはレモンの味がするんだぜ」と教えてくれたが、特に味はしなかった。
しかも思っていたより長い。バーベナは右から左から、何度も口を合わせてくる。息継ぎの瞬間がわからない。巷の恋人たちはどうやってタイミングを測っているのだろうか。
––––ダメだー! 恥ずかしさがもう限界!
「あれ? アラン王子?」
おそらく、戦いの疲れもあったのだと思う。
アリシアはバーベナにしなだれかかるように崩れ落ちて、眠るように気を失った。
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