第5話 策略

「この結婚を失敗させるための策略が進んでるらしい。ロベリア王家の諜報員が情報を掴んだんだ。具体的に誰が関わってるかまではわかんねえんだけど」


「……え、ええええ? 策略?」


 バーベナの部屋に着くと、彼はどっかりとソファーに座り、アリシアにも向かいのソファーに座るよう促した。

 相手が偽物と分かったからか、遠慮が一切なくなったバーベナは、背もたれに寄りかかり長い脚を組んでいる。


「昔から国境を争って、ロベリアとグラジオはバチバチだろ? で、今回和平に傾いたわけだけどさ。ロベリアの枢密院は戦争支持派と和平派に未だ真っ二つなわけ。で、どうやら戦争支持派の一部が、今回の結婚話を機に過激化してるみたいでさ」


「でもその人たちはどうやって結婚を妨害するつもりなの?」


 アリシアがそう問えば、バーベナは意地悪く口角を上げる。


「アラン王子の暗殺」


「暗殺?!」


 女だと思っていた姫が男だったところで、今度は物騒な話が飛び込んできた。あまりにもいろんなことが起こりすぎている。


「な、なんで暗殺?」


「お前、アホか。ちょっと考えればわかるだろうが。アラン王子を殺し、それをロベリアのせいだとわかるようにすれば、戦争の火種になる。そしてアラン王子は類稀なる剣の実力の持ち主。王子が死ねば騎士団の士気だって削がれる。そこを一気に攻めれば、ロベリアの勝率が上がる」


 頭が真っ白になる。そんなことをされてはたまらない。


「なんでそんなことを。このまま両国の和平が成立すれば、たくさんの民衆が救われるのに」


「あんたは世の中ってもんを知らないねえ。戦争ってのは儲かるんだ。だから下々の命なんか捨て置いて、争いを起こすことに躍起になる人間もいるんだよ」


「ひどい……」


「ロベリア王率いる和平派は今回の結婚をなんとしても成功させたい。しかしアラン王子のそばにいれば、バーベナ姫も巻き込まれる可能性がある。だから姫の身の安全のため、そして策略に加担している人間を特定し暗殺を阻止するため、王家は見た目がそっくりな腕のたつ男を探し出し、結婚式までの身代わりにした。それが俺ってわけ」


「あなたは、誰なの?」


 そう疑問をぶつければ、バーベナは眉根を寄せる。


「お前が先に名乗れよ。なんで女のお前がそんな格好して、王子様ごっこしてんだよ。剣の稽古を見たけどさ、たしかに腕は立つ。だけどわざわざ腕っぷしの強い王子と代わる必要があるか?」


 おっしゃる通りだ。自分だって疑問に思っている。

 アリシアは口を開きかけて、また閉じた。


「言えない。言ったら殺される」


 王子の失踪はトップシークレット。身代わりだろうと、ロベリアの人間である彼にこちらに事情を話すことはできない。


「ふーんそお。まあいいや。ロベリア側に正体バラされたくなかったら、あんたも協力してよね。やー、逆にバレてよかったかも? そのほうが色々協力してもらえそうだし?」


「そりゃ、戦争の火種なんて作りたくないし。自分の身だって守りたいし、協力するけど……」


「助かるわ。なあ、あんた名前は?」


「え」


「アランじゃなくって、名前あんだろ。協力するんなら、名前くらい知っとかないとな。それとも名前も言えないわけ? 俺はキリヤ」


「……アリシア。どうぞよろしく」


 こうして「身代わり」の二人は、かたく握手を交わしたのだった。



 *


 氷のような態度から一変。公の場での「バーベナ姫」の態度は軟化した。「アラン王子」は反ロベリア、バーベナ姫にも敵意剥き出しで来るだろうと依頼主に言われていたこともあり、彼は本物のバーベナ姫に似せた演技をしつつ、アリシアとは付かず離れずの距離を保っていたらしい。


 テラスでのティータイムに彼を誘いに、アリシアはバーベナの部屋を訪れていた。彼はソファーにリラックスした様子で座っている。

 黒いワンピースに身を包んだ彼付きのメイドが、バーベナの髪を結っていた。その態度でいいのかと尋ねれば、彼女はロベリアから一緒にやってきた「事情を知る」メイドなのだそうだ。


「こいつはガーネット。ロベリアのスピネル商会の娘だ。商会としては国では二番目におっきいとこかな。バーベナの身代わりの件についてはこいつも知ってる」


 ガーネットはおとなしそうな娘だった。男らしい態度に変わったバーベナと見比べると、ガーネットの方が深窓の姫という表現が似合う。


 アリシアはじっと、見た目だけはバーベナの皮をかぶったキリヤを観察する。

 なんというか、落差が激しい。


 この間正体がバレた時は執事姿だったが、今は美しい姫の姿。あの高嶺の花を絵に描いたようなバーベナが、男声丸出しで、股をガッと開いて座っているのをみると、不自然極まりない。


 ––––この人。身のこなしは貴族みたいだけど、どう考えても平民だよね。他の貴族にこんな喋り方する人いなかったし。


 ガーネットに部屋を出るようバーベナが言いつける。

 「身代わり王子」の件は、彼以外には秘密にしてもらうよう言ったのを、きちんと守ってくれているようだ。


「あんたが話のわかるやつでよかったわ。基本的にこれは友好関係を示すための結婚だからさ。俺とあんたは仲睦まじい方がいいわけ。その方が黒幕も刺激できんだろ? あんたが偽物なら、仲良い演技もやりやすい。戦争支持派の本物の王子だったら、絶対に仲良くなんかしてくれなかっただろうから」


「まあ、王子の性格を聞く限りそうだろうね……」


 ロベリアの赤い旗を毛嫌いし、アラン王子は身につけるものから徹底的に赤を排除していたらしい。公の場でのロベリア蔑視発言も多く、グラジオ王族たちはなんとか結婚を取り付けたものの、ヒヤヒヤしながら準備を進めていたそうだ。


「いきなりやり始めると不自然だから、これからは徐々に好意的な演技に切り替える。ちゃんと付き合えよ? ヘタクソ役者」


「下手くそは余計だよ。わかった、頑張ってみる」


 そう言ってアリシアが手を差し出せば、花から飛び立つ蝶のように、ゆったりとした動きでバーベナは自分の手を乗せる。


「うわあ、男だと知ってみるとすごい違和感」


「うるせえな。ほれ、こっから出たら俺は姫、あんたは王子だ。しゃんとしろよ!」


「わかったよ」


 あんなにこの人の前で緊張していたのに。今は港町の仕事仲間の男どもと変わらぬきやすさで接せられることがちょっぴり嬉しい。まだまだ信用できない部分もあるが、このとんでもない運命をともに歩む同志ができたことに、アリシアは心強さを感じていた。



 今日は王の主催で昼食会が開かれている。滞在中のロベリア王族をもてなすために開催された食事会で、早速バーベナは、王子との仲が進展していることを匂わせ始めた。


「ずいぶん仲良くなったようだな。両国の未来を象徴するようで嬉しいぞ。結婚式が楽しみだ」


 グラジオ王は満足げな顔で微笑んだ。


「ああ、こう並んでみると、似合いの夫婦であるな」


 ロベリア王もグラジオ王の言葉に重ねるように、緊張の面持ちで並ぶ若い二人を見守っている。


「アラン王子にはよくしていただいております」


 そうバーベナは小さな声で言って、ふわりと微笑んで見せる。そしてそのままの笑顔で、アリシアに視線を向けた。


 笑顔の破壊力がすごい。女装した男だとわかっていても、あまりの美しさに見惚れてしまう。この人はいったい、もともとどういう人間なのだろうと、ぐるぐると考えてしまう。


 戸惑いが顔に出ていたのか、テーブルの下でバーベナに、ぎゅっと太ももをつままれた。慌てて微笑めば、「ちゃんとやれ」と、囁き声で叱られる。


 庭に用意されたテーブルに、順々に前菜が運ばれてくる。付け焼き刃のテーブルマナーで挑むアリシアには、味を楽しむ余裕もない。ちらりと横を見れば、バーベナはカトラリーを器用に使い、優雅に食事を口に運んでいる。素人目で見ても彼のマナーにはツッコミどころがないように思われた。


「もうすぐトーナメントがある。バーベナ姫はきっと、アランが剣を振るう様を見たら、もっと弟のことを好きになると思うよ」


 王の横に座っている男がそう言ったのを聞いて、アリシアは顔を上げた。彼はアラン王子の兄、つまり第一王子のアレクサンダーだ。王子が身代わりの女だということは知っているはずだが、何を言い出すのか。


「トーナメントですか?」


 興味を持ったふうに、バーベナが聞き返す。すると彼にもわかるように、アレクサンダーは説明をした。


「そうだ。王国一の剣士を決める大会なんだよ。ここ五年は続けてアランが優勝していて。昨年殿堂入りしたんだ。だから弟の出場は最終試合のみ。トーナメントを勝ち抜いたものがアランと対戦できる。今年は交流も兼ねて、ロベリアからも剣士が参加するし。どんな戦いが見られるか楽しみだ」


 ––––戦うのは一回でいいのか。それならなんとかなる……いや、ならないでしょ! 精鋭だらけの王国騎士団から大量に参加するんだよね?! おまけにロベリアからも。


 青くなっていくアリシアの顔色を察したらしきバーベナは、心配げな瞳をこちらに向ける。


「まあ、怖いです。結婚前に婚約者を失いでもしたら……」


「姫は争い事が苦手ですかな? なに、アラン王子のことです。心配には及びませんよ」


 そう言ったのはこの国の宰相だ。彼は身代わりの件を知らない。

 国で一番の剣士であるアラン王子の実力を疑うものなどいない。そして、身代わりであるアリシアも、その実力を込みで身代わりに雇われているのである。


「善処します」


 プレッシャーに押しつぶされそうで、そう答えるのが精一杯だった。


「またまた、ご謙遜を」


 和やかに会話する人々の中で笑顔を作りつつ、アリシアはその後の会話がほとんど耳に入ってこなかった。

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