第6話 特訓
昼食会を終え、部屋に戻ってぐったりしていると、執事姿に化けたバーベナがやってきた。人払いをして二人きりになると、彼は足を組み、ソファーにふんぞりかえる。
「なんでバーベナはそんな格好してウロウロしてるの?」
「ここは俺の家じゃねーし。避難経路とか、隠れられる場所の確認とか。姫の格好だと自由に動けねーからさ。時間がある時にオシゴトしてんの」
「なるほど」
言葉遣いは軽いが、仕事は真面目にやるらしい。
タイを片手で緩め、イブが置いていった紅茶を口に運ぶと、一息ついてからバーベナはこちらに視線を向けた。
「なあ、大丈夫なのかよ、トーナメントって」
「相手による。はあ、でも、聞いてないよ。トーナメントがあるなんて」
次々とやってくる無茶振りに深いため息をつけば、バーベナが体を起こし、前のめりで尋ねてくる。
「アリシアってさ、金で雇われてんの?」
「いや、金っていうか……」
「結構あんたの仕事やばくない? グラジオ最強の剣士の身代わりだろ? 俺だったらいくら金積まれてもやなんだけど」
「人生捧げる代わりに王子並みの待遇をもらえるってことになってる」
「は? あんた期間限定の身代わり王子じゃないわけ?」
当然の疑問だ。自分だってこんなことになるだなんて思っていなかったのだから。
「契約期間は一生涯。本当なら王子の身代わりで結婚なんかしたくないし、今すぐ逃げたい。この仕事をさせるために、騙されて城に連れてこられたの。望んでやってるわけじゃない」
理解できない、という顔をしたバーベナは、呆れたようにため息をつく。
「あんた真性のアホだな。そんなのグラジオから逃げればいい話じゃん」
「簡単に言わないでよ。それに今王子役の私が失踪でもしたら、それこそ戦争の火種になりかねない。私はもう二度と、戦争で人が死ぬところを見たくないんだよ」
戦がなければ、父だって死ななくて済んだはずだ。母だって、体を壊さずに済んだかもしれない。
二人が亡くなった時、悲しくて悲しくて、涙が枯れるほど泣いた。ロベリアを憎んだこともあった。しかし大人になって両国の状況を知るにつれ、それは戦自体への憎しみに変わっている。
アリシアの言葉に、ヘラヘラした表情を引っ込め、口元を結んだバーベナだったが。すぐに鷹揚な調子に戻り、鼻でわらう。
「ふうん。あれだな。あんた、巻き込まれ型のお人よしってやつだな」
バーベナの発言にムッとし、アリシアは聞き返す。
「じゃあそっちはなんでお姫様ごっこやってるの」
「俺? 金に決まってんじゃん。俺はね、この仕事を成功させて、ロベリア王家から大金をもらって。自分の名前をつけた劇場を作るんだ」
そう語ったバーベナの瞳には、光が満ち溢れている。
「劇場……てことは、俳優だったの?」
「まーね。俺、姫役がメインでさ。で、所属劇団の演目を見にきてたロベリアのお偉いさんに、この髪色と容姿が姫に似てるってんで、この仕事を持ちかけられたわけ」
だからあんなにバーベナ姫の演技が自然だったのかと、アリシアは納得した。
「で、どうすんの。やっぱでんの、トーナメント」
「出るしかないじゃない。この先ずっと腹痛とかで辞退してたら怪しまれるでしょ」
まあな、と言いながらバーベナは長い髪をかきあげる。
「あんたさ、実戦練習したことあんの?」
「王国騎士団の練習ではやってるけど」
「そんなの実戦練習に入らねえよ。王子相手に本気で向かっていける奴なんていねーだろうし。しゃーねぇな。じゃ、特訓付き合ってやるよ」
それは確かにそうかもしれないが、バーベナが騎士より強いはずがない。
「いや、私、そこそこ強いよ? いくら男だって言っても……」
「ほぉ? 自信満々じゃん。いいからかかってこいよ、吠え面かくなよ?」
腕に覚えはあるらしい。「姫」に傷をつけないように戦うのは難儀しそうだが。アリシアは彼の申し出を受けることにした。
その日の深夜。アリシアとバーベナは闘技場で向かい合っていた。
––––強い。っていうか、戦い方が汚い!
バーベナはものすごく強かった。身のこなしが素早く、フットワークもいい。男としては細身だが打撃は重く、剣を受けるたびに手にビリビリと衝撃が伝わってくる。
おまけに厄介だったのは、砂をかけてきたり、剣技の合間に蹴りを飛ばしてきたりすることだ。手段を問わずに襲いかかってくる。
「ちょ、ちょっと! トーナメントでこんな卑怯な闘い方する人いないでしょ?」
「アリシアはあまちゃんだな。トーナメントの優勝者に何が与えられると思う? 欲しいものなんでも貰えるんだぜ? 爵位とか、金とか、結婚相手とか。限度はあるが、王家が許す限りなんでも。王子相手だって、多少汚いことはやるさ。それに戦場では、汚かろうがなんだろうが、最後まで立ってるやつが勝者だ」
次々と繰り出される剣撃と蹴りに翻弄されていたアリシアは、死角から突如伸ばされたバーベナの右腕に投げ飛ばされる。
「うわっ!」
「はーい、俺の勝ち〜!」
土の上に叩き落とされるかと思いきや、バーベナはアリシアの体が地面につかぬよう手で保護してくれていた。背中を支える手のひらが、思っていたより大きくて、どきりとする。
「なんでこんなに強いの?」
「俺、劇団に拾われる前、結構荒れた生活してたから。騎士みたいなかっこいい戦い方はできねえけど、勝負に勝つことには自信あるんだよね」
腕を引っ張られ、バーベナに立たされると、彼の黄金色の瞳がこちらを覗き込んできた。
「ちょ、近い近い!」
慌ててバーベナの胸を押して距離をとれば、彼はニヤリと笑う。
「やっぱ女の子だわ。あんた」
「へ?!」
「鍛えてるけど、腕だって細いし、俺が片手で投げられるくらいに軽い。逃げたほうがいいんじゃねえの? 俺に負けるようじゃ、トーナメントの優勝者になんか勝てねーだろ」
「そ、そんなことない! もう一度! っていうか、トーナメントまで練習相手付き合って! お願い!」
「それ、メリットねーじゃん俺に。今日は気まぐれで付き合ってやったけどさ」
くるくると剣を回しながら、今にも部屋に帰ろうとするバーベナに向けて、慌ててアリシアは口をひらく。
「じゃ、じゃあ……夕食のデザート一品多めにあげるよ!」
「……は?」
バーベナはその場で腹を抱えて笑い出した。おかしくてたまらないというふうにその場にうずくまる。
「子どもかよ。お礼がしょぼすぎ」
「だって! 私何にも持ってないし。あげられるものがないから」
「はぁ? あんたさ、今は王子だろ? 王子と同様の待遇を与えられてんだろ? 宝石商でもなんでも呼び放題なんですけど。そういう方面に頭が働かなかったわけ? 庶民だなあ」
「あ、そっか……」
「まあいいや。なんか感覚が近くて安心する。あんたはずっとそのままでいてくれよ。あ、そうだ! じゃあさ」
バーベナは、内緒話をするように口元に手をかざし、アリシアに向かって囁く。
「決勝戦の賞品。バーベナ姫からのキス、にしてくれ。お礼はそれでいいよ」
「な……!」
パクパクと口を開閉し、顔を真っ赤に染めたアリシアを前に、バーベナはまた笑う。
「おいおい、あんた二十歳だろ。どんだけうぶなんだよ。っていうか、え? その年でもしかして、男と付き合ったことないわけ?」
「私の外見を見ればわかるでしょ! こんな男っぽい女が、恋愛なんかできるわけないじゃない」
「マジかよ」
衝撃の表情を浮かべたバーベナは、かわいそうなものを見るような視線を向けてくる。
「まあ、人生長いし? いつかお前を愛してくれる男も現れるって」
「王子役に一生捧げてるって時点で、それは無理な気がする」
「そうだったわ」
しょんぼりするアリシアの背中を、笑いながら叩くバーベナに付き添われつつ。自室へと続く回廊を、アリシアは歩いて行くのだった。
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