第2話 王子の身代わり業


「ノア、ちょっと待ちなさいよ!」


 王が退席するや否や、何食わぬ顔で広間を出て行こうとしたノアの首根っこを勢いよく掴む。


「お、どうした?」


「どうしたって、これ、どういうこと? 第二王子の身代わりを務めるって」


 何か問題なのかわからない、というふうにノアは首を傾げる。


「お前、いつか腹一杯飯食って、豪華な家に住んで、良い生活がしたいって言ってたよな? ぴったりの仕事だと思ったんだけど。事情的に外では本当のことを話せなくてな。それでちょっとぼやかして伝えたんだけど。でも、紹介されてよかっただろ?」


「よくない! ちょっとぼやかすどころか、全然違う仕事でしょうが!」


「え、ダメだった?」


 馬鹿もここまでくると手に追えない。どうしてアリシアが喜んで受けると思ったのだろうか。


「ほら今度、アラン王子、ロベリアの姫と結婚するだろ? でもさ、王子、何度もロベリアと国境で戦ってた人で、戦争支持派だったから。『あんな野蛮な国の姫と結婚してたまるか!』って、怒ってマーブレに逃げちゃったんだよ」


 グラジオ王国は、両端を二つの国、ロベリアとマーブレに挟まれている。そのうちロベリアとは国境線を争い、何度も小競り合いをしていた。騎士だったアリシアの父も、このロベリアとの戦に駆り出されて亡くなっている。

 大きな戦争こそしていないが、情勢不安がずっと続いている状況なのだ。


「はああ? 王子が逃げるって、どういうこと?」


 目を剥くアリシアに、ノアは続ける。


「しかも駆け落ち。マーブレのマリア商会のお嬢様と恋仲にあったみたいで。自分の思い通りにならない国を見限って、愛に逃げたんだよ」


「ダメでしょ、王族が逃げちゃ。それにロベリア側がそれを知ったら……」


 グラジオとロベリアの穏健派は、国境問題の平和的解決のためずっと交渉を続けてきた。結果として持ち上がったのが、ロベリアの姫と、ロベリアとの戦争支持派だったグラジオ王国第二王子との結婚。これを機に友好国としての契りを結び、めでたしめでたしとなるはずだった。


「間違いなく両国の関係は悪化するだろうな。そこで王子にそっくりな身代わりを探すってことになったわけ。でもなかなか王子にそっくりな人間が見つからなくて。しかもほら、王子、王国最強の剣士だのに、すらっとした体してて。そんな男なかなかいないだろ。顔が良くても剣がダメダメだったり、剣の腕が良くても顔がゴリラだったり、そんなのばっかでさぁ」


「それで……あんたは私を推薦したってこと?」


「子どもの頃の雰囲気がさ、王子に似てたなって思って。で、ダメもとで地元に帰ってみたらそっくりに育ってるし。剣の腕も王子ほどではないけどなかなかだし。これはもう、こいつしかいないって」


「ばっかじゃないの! 大事なところを忘れてるでしょ。私、女だよ? ロベリアの姫も当たり前だけど女でしょ? どーするつもり?!」


「あ、そうか。そういう問題があったか」


「こんっのバカ!」


 同性同士の結婚はグラジオの法的には認められている。が、それは庶民に限った話。世継ぎを残さねばならない王族に関しては適応範囲外となる。


「まあ、なんとか誤魔化せるだろ。陛下もああ言ってたし」


「ねえ、なんでそこ誤魔化せると思うかな? あんたの頭には脳みそ入ってるわけ?」


 王様もどうしてそれでいいと思ったのか。

 怒りに任せてノアに殴りかかろうとしたところで、左右からメイドたちに腕を掴まれた。


「アラン様、夕食の支度が整いました。本日はお疲れだと思いますので、お部屋にご用意しております」


 数の力でアリシアを確保しながら、淡々とメイドその一が礼をする。


「俺の出世に貢献してくれてありがとよ! じゃあまたな、アリシア! ……じゃなくてアラン様!」


「このクソやろおおおおお!」


 高笑いしながら遠ざかっていくノアに暴言を吐きつつ、アリシアは部屋へと引き摺られていったのだった。

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