身代わり王子(♀)は和平のために隣国の姫と結婚します

春日あざみ@電子書籍発売中

第1話 うまい話には裏がある

「え、王宮での剣術指南役? 私が?」


「お前のほど剣士なら絶対大丈夫だ。子ども相手に剣の稽古もつけてるんだろ? ピッタリじゃないか。どうだ、やるか?」


 突然故郷に帰ってきた幼馴染に剣の勝負を挑まれ、木刀片手に戦った末。

 見事打ち負かしたアリシアは、彼が紹介してきた仕事内容に目を丸くしていた。


「ひさしぶりに現れたと思ったら……。あのさ、ノア。私がやってるのって、近所の子どもの遊び相手の延長みたいなもんだよ。本職は倉庫の荷物運びだし。そんな仕事できるわけないじゃん」


 ひ弱で自分より小さかったノアは、今では筋肉隆々の立派な騎士になっていた。ただ、彼の身のこなしの癖を熟知しているアリシアには、簡単に倒せてしまったのだが。

 木刀を片付けるアリシアの背中に向かって、ノアは全く諦める様子なく、熱っぽく語りかけてくる。


「お前ならできる。なんてったって王国騎士団の精鋭である俺を負かしたんだから。資質は十分にある!」


「精鋭って自分で言う? それにさ、冷静に考えてごらんよ。騎士経験もない女が指南役なんて、相手先が納得しないでしょ」


 金色のボブヘアーを片手でかく。なぜ女のくせにそんな髪型をしているのかとよく言われるが、動きやすくて涼しいので、アリシアはこの髪型を気に入っている。


「ただ場所が港町の空き地から城に変わるだけだ」


「いや、城でしょ? それ結構な違いだと思うんだけど」


「もう話は通してあるんだ。俺の紹介なら間違いない」


「勝手に話を通さないでよ……」


 彼は良いやつだが、昔から善意の押し付けがすごい。

 しかも馬鹿なので勢いに任せて行動してしまうところがある。


 内容を聞く限り100%、荷物運びの仕事の片手間に剣術をやっている人間が応募できる求人ではない。アリシアが苦労してきていることを彼なりに心配して、この話を持ってきたのだろうが。どう考えても門前払いになる予感しかしない。


「衣食住完備だし、長期契約だぞ。いい話だと思わないか? な、やってみろよ」


「……うーん、とりあえず話を聞きにいくっていうのはあり?」


 押しの強いノアにうんざりし、そう答えた。首を縦に振らねば居座られかねない。


「ありあり、大アリ。じゃ、行こう! いますぐに!」


「今?!」


「枠がうまっちまう前に、手を挙げておいたほうがいい! さ、支度しろ!」


「ええええ」


 強引なノアに尻を叩かれ、アリシアは着の身着のまま部屋を出る。

 彼の馬に二人で跨り、港町を出た。


 アリシアは今日まで、この街を出たことがない。

 先の戦争で父が帰らぬ人となり、母も早くに亡くし、貿易で栄えたこの港の養護施設で育った。

 ノアとの出会いは、施設を抜け出した先で忍び込んだ彼の屋敷の中。意気投合した二人は身分の差を超えて友情を築くことに。


「子どもの頃からお前は、見込みがあると思ってたんだよ。ひさしぶりに手合わせして確信した。この仕事にはお前しかいない」


「そんなに言われると、ちょっと照れるなあ」


 彼の家は代々騎士を輩出している家で、ノアも子どもの頃から剣術の稽古に明け暮れていた。

 しかし稽古嫌いだったノアは、アリシアを巻き込んで稽古をサボった。彼の父親に見つかったアリシアは、屋敷を出禁になるかと思いきや。「アリシアと一緒なら稽古を真面目にやる」とノアが言い張ったため、彼が家を出るまでの長い期間、一緒に剣術の稽古を受ける羽目になってしまった。


「でもまさか、王国騎士団のメンシスに所属してるなんて。すごいよノア。あんなに泣き虫だったのにね。君の父上も鼻が高いんじゃない?」


 メンシスといえば首都を守る精鋭部隊のはず。あんなに稽古から逃げ惑っていた子どもがと考えると感慨深い。


「アリシア、昔の話を蒸し返すな!」


「あの頃が懐かしいなあ。ノアには感謝してるよ。剣術で鍛えてなかったら、今みたいな給金のいい力仕事につけてないだろうし」


 髪が短く、子どもの頃はノアより背も高かったアリシアを見て、ノアの父はアリシアを男だと思い込んでいた。天性の才能か、メキメキと上達していくアリシアを見て、本気で養子にすることも考えたらしい。

 結局、成長していくうち女だということがわかり、その話は霧散したのだが。


「そうだな。だいぶ会っていなかったし、もし女らしくなって、剣もやめていたらどうしようかと思っていたが。お前はやっぱり期待を裏切らない。たくましく育ってくれて俺は嬉しいぞ!」


「それ、褒めてないからね」


 力任せに思い切り背中を叩いてやると、ノアは咳き込む。

 アリシアは気持ちがついていかぬまま、馬の背から青い空を眺めていた。


 *


「で、なんで私はこんな格好をさせられているの?」


「まあ、良いじゃないか」


「いやいやいやいや、全然よくないよ? ノア、これいったいどういうこと?」


 王宮に着くと、なぜか正門でなく裏門から通された。そして雪崩の如く集まってきた大勢のメイド達にアリシアだけが連れ去られ、風呂に入れられ、肌を整えられ、髪を切られ。豪華な服を着せられた。


 ノアの前に戻された時には、生まれ変わったように別人になっていた。

 首にはシルクのスカーフ、錦糸の刺繍のびっしり入った青いダブレッドに、肌触りのいいパンツを着せられ、高そうなブーツを履かされている。ただ一つ気になることと言えば。


「っていうかさ、これ、女物じゃないよね? どう見ても男物だよね? ねえ、ノア、まさか私を男だって偽ってないよね?」


「そこは大丈夫だ! ちゃんと女だということは伝えてある!」


「じゃあなんで男装させられてるの?」


「それは……。お! 間も無く時間だ。さあ、いくぞ!」


「ちょっと、説明しなさいよ!!」


 連れてこられたのは謁見の間。跪くよう言われ、指示に従えば。

 直後に扉が開き、誰かが入ってきた。


「顔をあげよ」


 言われるままに前を向いて、アリシアは息を呑んだ。

 目の前に立っていたのは、この国の王様だったのだ。


「えっ、あっ、ええ?」


「おお……! 素晴らしい! 王子にそっくりだ!」


 ウンウンと頷く王を前に、アリシアは動揺を隠しきれない。


「お、王子?」


「ノアと言ったな。この度の働き、褒美をとらせよう。アリシア。其方は剣術も得意ということだな」


 王様の言葉が理解できぬまま、アリシアは口をパクパクと開閉した。話の方向性が微妙にずれている気がして、なんと返答したら良いのかわからない。すると、アリシアの代わりにノアが口を挟む。


「アリシアの剣術の腕は、この私が保証いたします! 本日も一度稽古をつけてもらいましたが、私ではまったく歯が立ちませんでした!」


「メンシスの騎士相手に戦えるレベルなら問題ないな。よし、彼女に依頼するとしよう」


「えええ! あ、誠に恐れおおき……えっと、光栄にございます」


 ––––剣術指南役……の話だよね、これ?


 意外にもあっさり採用されてしまった。剣術指南役などという大役を、ノアの一言で決めてしまって良いのだろうかとアリシアは戸惑う。


「アリシア、女の身でよく決心してくれた。人生を捧げてもらう代わり、王子と変わらぬ生活は一生保証する。今日からはアラン––––グラジオ王国第二王子の身代わりとして、励んでほしい」


 王の言葉を聞いて、アリシアは卒倒しそうになった。

 話が違うにも程がある。


 –––––つまり私が受けることになっちゃった仕事って、「剣術の指南役」じゃなくて、「王子の身代わり」ってこと?

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