第5話 初会話

「・・・あと7分」


グレイの呼吸も落ち着いて来た。


待ち人はまだ来ない。


「まだ、可能性はある」


もう食堂にアリシアがいない可能性もあるが、まだいる可能性もあるとマイナスな気持ちを払拭する。


(バルムさんの教室が何組かは知らないが、食堂から最も近い教室まではのんびり歩いて4分くらいのはず。他はどうか知らないがここにいる貴族達は急いで行動することを美しく無いと考えている節がある。だから4分前がリミットだろうな)


グレイは4分前まで待ってアリシアが来なければ別の手段を考えようと腹づもりをする。


「あと6分」


この辺りから、食堂の入口の開閉回数が加速度的に増えてくる。


入口が開閉する度にグレイは、はっとしてはがっかりするを繰り返していた。


(これは精神衛生上良くないな)


そうは思ってもアリシアに手紙を渡すためには入口に注目する他ないのが現状である。


「あと5分」


(くっ・・・不味いな、もう居ないのか)


一番近い教室で4分なのだ。


アリシアの教室がそうである可能性がそこまで高いわけではない。


(こんなことならエルにバルムさんの教室を聞いておけば良かった)


グレイの不安が加速する。


「あと・・・4分30秒・・・か」


この頃にはグレイの入口見つめ係が板についてきていた。


ここでグレイは漸く悟る。


(あれ?まてよ?・・・今やっている行動ってまるっきり好きな人を待ってラブレターを渡そうとしているモブAじゃないか?)


(いやいやいや、大丈夫だ。バルムさんと俺の間ではそう言う意味ではないと言うことが分かるのだから全部丸く納まったらバルムさんに誤解を解いてもらおう)


グレイは嫌な予想を無理やり自分を納得させることで打ち消す。


余計な事を考えている内にいつのまにか昼休み終了の4分前になる。


ガチャ


食堂の入口が開けられるその音はやけに心に響いた。


「ん?」


グレイが反射的に食堂の入口を見る。


ちょうどそこから2人の生徒が出てくるところであった。


「来た!!」


グレイは器用に小声で叫んだ後、思わずガッツポーズをする。


賭けに勝ったのだ。


(ってそんな事を喜んでいる場合じゃない。急がないと)


気持ちは流行るのだが、ここに来てびびってしまったのかグレイの足が動いてくれない。


無理もないだろう。


相手は初対面でかつ3大貴族、さらに学校一の美令嬢なのだから。


平凡な男子であるグレイが尻込みするのも当然だ。


そんな時、一つ目の幸運がやってきた。


「・・・そこに居るのはだれ?そのまま隠れているなら不審者と判断する」


アリシアと行動していた女生徒がグレイの気配に気付き、警戒した声を出してきたのだ。


これによりグレイは強制的にアリシアの前に出ることが出来た。


「ま、待ってくれ。俺は怪しいものじゃない」


グレイは2人の前に両手を上げながら進み出る。


「・・・怪しい人間は皆そう言う」


警戒を緩めず言う女生徒。


身長はグレイの肩くらいだろうか。


水色のショートカットの可愛らしい女の子である。


やけに迫力があった。


「そんな事言わないでよ、ミルさん」


グレイが相手を『視て』得た名前を呼ぶ。


「!?」


ミルが名前を呼ばれ、動揺する。


これが二つ目の幸運である。


そのチャンスを活かし、グレイがミルの前を横切りアリシアの前に行く。


(やっぱり見間違えじゃなかった)


『アリシア・エト・バルム。15歳8ヶ月。寿436


グレイはつい数十分前に『視た』情報が間違えで無いことを確認し、背中を押される気分になる。


「あ、あの・・・バルムさん!」


「・・・はい。何でしょうか?」


まるで鈴の音のようなずっと聞いていたくなる良い声で反応する。


もちろん警戒の色は滲ませていたがそんなことはどうでも良いとばかりにアリシアのことを意識してしまうグレイ。


(・・・だめだ。見惚れている場合じゃない)


惚けてしまうのを何とか自分の唇を噛むことで耐え、懐から手紙を出し、




「バルムさん!この手紙を読んでください!!」




頭を下げた。

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