装備屋へ(ユニクローク②)
アサヒが手に取った剣の刀身は三日月のように曲がっていた。
しかし、この剣が不良品というわけではない。
この剣は「シミター」という曲刀で、元々曲がっているのだ。
アサヒが手に取ったシミターの刀身は、動物の尻尾のように
「わ、長さの割に軽いな……」
シミターの刃は、アサヒの腕の長さよりも長い。
だが、彼が持ってみると意外に軽くて、拍子抜けしたような声を上げた。
「なるほどそうか、回りの剣に比べても刃が薄い。これが軽さの秘密か」
アサヒは手に持ったシミターを周りの剣と見比べる。ラックに掛かった一般的なロングソードに比べると、シミターの刀身の厚みはちょうど半分くらいだった。
「……作りは割と今っぽい感じだなぁ」
アサヒが握っているシミターのグリップは、滑り止め加工されたラバーで出来ていて、人間工学に基づいた握りやすい形になっていた。
(ヨミが使うには、割と悪くない気がするな)
アサヒが見る限りになるが、ヨミは重い一撃を放つタイプではなく、ジリジリと相手の体力を削り取っていくタイプの戦い方をする。
アイアンリザードのトドメを刺した時は、思い切った一撃を放っていたが、あれは彼女の相棒であるスピリット・ウルフが、やつの動きを止めていたからだ。
(とりあえずこれに似たような剣をいくつかメモっておくか)
さすが量販店というべきか、ユニクロークにおいてある曲刀はいくつもある。
カットラス、タルワール、サーベル――
姿形は多少違えど、使い道はどれも共通している。鋭い剣先で相手を突くことが出来て、なで斬ることに特化した刃先の鋭さを持っている。
(ここにある曲刀はどれも「軽い」。重剣のような一撃の「重さ」は無い。だけどそもそもの話、ヨミは女の子だからな)
アサヒはちらりと別の武器棚に視線を向けた。
彼が見たのは、重戦士向けの斧やハンマー、両手剣が並べられている棚だ。
どの武器も重厚で大きく、巨大な鉄塊に取っ手がついているといった風情だ。
自分の身長ほどある両手剣を見上げていたアサヒは首を左右に振った。
(こんな武器は論外だ。こういうのを使えるのは、人間の形をした戦車みたいな人だけだ。彼女の長所である「
武器の横には、合わせて買ってほしいのか、盾がいくつか並べられている。
だが、その盾も武器と同じくサイズ感がおかしい。人間をまるごと隠してさらに余るような、とてつもない大きさの盾が並べられていた。
(こりゃ盾って言うより、携帯式の要塞と言ったほうがよいな)
彼が目の前にある巨大な四角い盾の表面を軽く叩く。するとアサヒの顔は、驚きが半分、呆れが半分といった表情になった。
(この音、金属か。どんな怪人がこの盾を持ち歩くんだろう……そういえば、ヨミは新しい盾が扱いづらそうだった。なら、盾も変えたほうが良いな)
色とりどりの盾が壁に掛けられて並べられている盾の売り場。そこに立ち寄ったアサヒが手に取ったのは、丸いオーソドックスな盾だ。
(うん、ヨミにはこういう、普通のラウンドシールドが良いんじゃないかな?)
アサヒが手に取ったのは、中世の軽装歩兵が使っていた盾をモデルにした、ごく一般的な盾だ。
最初ヨミが使っていた初心者用の盾に比べると、すこしだけ大きくなるが、表面は鉄張りになっていて、盾の縁には頑丈な鋼鉄製の補強がされていた。
(騎兵用のカイトシールドは頑丈で矢なんかには強い。だけど近接戦闘での取り回しが良くない。ヨミが使うなら、こっちのほうが良いはずだ。)
アサヒはラウンドシールドについているタグを見る。
そこには盾の値段の他、寸法や型番が書いてあったので、アサヒはシールドの型番をノートにメモをすることにした。
(よし、この情報があれば、このシールドと同じものをヨミが買えるはずだ。後はヨミが使う鎧だけど……どうしようかな。)
アサヒは配信に映っていたヨミの装備を思い出す。
(彼女が制服の上に着ている鎧は、簡素なブレストプレートだった。あのままでも良さそうだけど……)
すると、アサヒの目にあるものが目に入った。
古代の戦士風の装束に身を包んだマネキンの、小手とスネ当てだ。
(そういえば、ヨミが使っていた装備に、ああいう小手やスネ当てはなかったな。彼女が使っていたのは、革製のグローブと普通の靴だった)
アサヒはラウンドシールドでやったように、小手とスネ当てに付いているタグの内容をメモして、ノートに書いていった。
「これでよし、と」
最後にメモした内容に間違いがないかチェックして、アサヒはノートを閉じた。
彼の集めた情報があれば、ヨミは間違いなく装備を買えるはずだ。
「しかしすごいな。ダンジョン探索者が使える装備って、これだけあるのか……」
アサヒは、店を出る前に改めて店内を見回した。
ど派手な広告に書かれた騎士風の探索者に、勇壮にレイアウトされた装備。
『君も剣を持ってダンジョンへ向かおう!』『新型甲冑で強敵に挑もう!』
この店の中にあるものは、すべて一つの目的のためにある。武器を持ってダンジョンに向かえ、そう言って人々を追い立てているのだ。
(なんだかなぁ……商売だからしょうがないけど「お金さえ払えばすぐ探索者になれる」みたいな宣伝文句はどうかと思う。)
短くない間ダンジョン配信を見ているアサヒは、ダンジョンがどれだけ危険なものかは良く知っている。あそこは決して安全な場所ではない。
ダンジョンとは、どんなに用意周到に準備をしても、ふとした拍子で簡単に命を落としてしまう場所だ。
(なんで人々はこうもダンジョンに魅入られるのだろう。そもそも、なぜ人が死ぬかも知れない配信があんなにも人気なのだろうか……)
アサヒがそう考えた瞬間、急に不安が襲ってきた。足元の地面がいきなり消え去ったような、全てに疑問を感じるような、そんな不安感だ。
(――っ!?)
驚いたアサヒは、手にした考えを思わず手放した。すると、何事もなかったかのように、彼の心は
――しかし、早鐘のように拍動する心臓はそのままだった。
「今のは、一体……?」
疑問を口にするが、それに答えはない。
アサヒは頭を振ると、考えを追い出すことにした。
「いや、ただの立ちくらみだ。――次の店に向かおう」
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※作者コメント※
フフーフ……
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