装備屋へ(ユニクローク①)

 次の日、アサヒは朝ごはんの時に装備屋に行くことを母親に伝えた。


 彼がノートに書いた予定表には、帰りの時間は午後6時になっている。これだけ遅くなるなら、帰りの時間のことを伝えておかないと母親が不安になる。アサヒはそう考えたのだろう。


「お母さん、僕、きょう出かけるけど、帰りがちょっと遅くなるから。たぶん午後6時か7時くらいには戻ると思う」


「あれあれ、友達の所に行くの?」


「いや、そうじゃなくて……装備屋さんに装備を見に行く付き合いだよ」


「あら、アサヒの友だち?」


「まぁうん、そんなところ」


「……アサヒ、お母さんと約束して」


「えっ?」


「アサヒはダンジョンなんかに、行っちゃダメよ。お友達に誘われても絶対ダメ。友だちをやめるって言われても断りなさい」


「うん、僕は行かないよ……剣を振ったこともないんだから」


「――そうよ、戦い方も知らないんだから、ダンジョンなんかに行っちゃダメよ」


「うん」


「アサヒは頭がいいんだから、ダンジョンに入らずに、ダンジョンの研究をする人のほうが向いてるわ。だから勉強を頑張りなさい」


「うん……」


「耳ざわりのいい話や、うまい話にダマされちゃダメ」


「わかってるよ」


 アサヒは母親の話を聞き流していたが、次第に表情にかげりが見える。彼は母親が自分をダンジョンに行かせたくない理由を知っているからだ。


「それじゃ、いってきます父さん」


 アサヒは何も入っていない骨壷のおかれた仏壇に手を合わせ、家を出た。



(お母さんの気持ちはわかるけど……ちょっと心配すぎじゃないかな。)


 母親の不安そうな顔が彼に感染うつったかのように、アサヒの顔は物憂げだった。


 アサヒは自分の母親の態度に、顔のジョが自分を逃がそうとしない。縛り付けようとしている。うっすらとそんな気持ちを感じてたのだろう。


 アサヒの父親は自衛隊の任務でダンジョンに潜っていた。


 そして、ダンジョンで『消えた』。

 文字通り死体も残さずに消えてしまったのだ。


 片親になってしまったが、遺族年金がでているので、片親でも母親のパートだけでも何とか暮らせている。しかし決して楽な暮らしではない。


 そんな母親の意志を支えているのは、アサヒの存在だ。


(わかってる。お母さんは僕を絶対にダンジョンに行かせるはずがない)


 ダンジョンに潜るのは大事だが、別に国民の義務というわけではない。


 潜るのではなく、それを支える仕事。

 つまり、ダンジョンから産出する未知の素材の研究や、ダンジョンで使う装備の作成も、ダンジョンに関わる立派な仕事だ。


(……僕が今ヨミにやってるみたいに、アドバイザー、調査する仕事っていうのも、アリなんじゃないかな?)


 アサヒは色々と思惟しながら歩き、自分の家から一番最寄りの装備屋。

 駅前にあるユニクロークの前についた。


(こんな近くに装備屋があるなんて思わなかった。

ダンジョン探索って、思ったよりも身近な存在になってるんだな。)


 ユニクロークは駅前にあるビルの2階に入っている。

 アサヒは駅に接続している歩行者用デッキを歩くことで、そのまま店に入れた。


「おぉ……これはすごい。まるでゲームの中みたいだ」


 始めて装備屋に入ったアサヒは、思わず感嘆の声を上げてしまった。


 まず店内に入って彼の目に飛び込んで来たのは、色とりどりの武器や鎧の山だった。壁一面に、剣や斧、槍や弓など、様々な種類の武器が並んでいる。


 武器の中には、炎や氷、雷などの属性を持つ武器もあるようで、それらは専用の保護コンテナで周囲に被害を与えないように隔離されていた。


 店のレイアウトは向かって左が武器、右が防具のようだ。店の右側のスペースにはマネキンがズラッと並んでおり、現代のボディーアーマーから、中世から古代にかけての甲冑を再現したものを着ていた。


 盾などの嵩張るものは壁に置かれている。文様が描かれたり色分けされている盾がずらっと壁に並べられた様子は、アサヒにお祭りのお面売りを思い出させた。


 防具の素材は、革や金属、鱗や羽など、多種多様だ。

 色も質感も様々で、防具スペースは視覚的にとても騒々しいことになっていた。


(こりゃすごい……あっちは試着スペースかな?)


 アサヒが視線を店の奥に移すと、そこには試着室があった。

 そこは客が選んだ武器や防具を実際に身につけて試すことができる場所だ。


 しかし、装備屋に置ける試着室は、一般的な服屋とは意味が違う。


 試着室には、更衣室だけでなく、的や自動人形が設置されている。

 装備屋の試着では、着心地や見た目だけではなく、武器の威力や、防具がどれだけ攻撃に耐えられるかの程度を確かめることができるのだ。


(……待って、あの自動人形、ダンジョンから持ち出したやつじゃないか? 何かどっかで見た記憶があるぞ)


 アサヒが指摘する通り、これはダンジョンで回収されたモンスターだ。

 しかし、ユニクロークは認可を受けており、危険は一切ない(※検閲済み)。


 アサヒの見るユニクロークの店内は、広くて明るくて清潔だ。

 商品も豊富で質も高い。一見して何の問題なさそうに見える。


 しかしアサヒの顔から、ふと、笑みが消えた。


(ユニクロークは製造、小売を全部自社でしている大手の装備屋だったな。基本的にモノは悪くないんだけど……ダンジョン配信でココの装備を着ていると、コメントでユニクロ装備なんて言われて馬鹿にされるんだよな。)


 ヨミが配信で使う以上「映え」や「世間体」も重要になる。ダンジョン探索者に限っては、下手をすれば世間体や映えの方が、性能よりも重要かもしれない。


 ユニクロークでは、単品でヘルメットやアーマーを買うことも出来る。

 だが、この店で装備を買う場合は、セットで装備買うのが常識だ。


 なぜかというと、店の考えたセットで装備を買う――いわゆる「マネキン買い」をすると、通常よりも安い価格で、さらに装備の相性問題も少なくなるからだ。


 しかし、こうしたセット装備に頼っていると大体「こいつ、ユニクロ装備してやがるwwwwww」と、コメントで馬鹿にされてしまう。


 なぜかというと「この探索者は自分の装備を考える頭がない」と思われるからだ。


 探索者は自分の装備は自分で考えられて一人前。

 そうした考えが、探索者を見る者の間では根強いのだ。


「さて――なら、僕なりに考えてみるか……」


 アサヒは無数の装備を前に、考えを巡らせ始めた。

 そこで思い浮かべているのは他でもない――ヨミの姿だ。


 彼の想像の中で剣を手にして、舞い踊る彼女。

 この場にはいないはずの彼女の姿に彼は魅入られる。


 彼女の足運び、くねる腕。しなやかに運ばれる指。


 ヨミに必要なものは何か?

 それを想うアサヒの足は、すっとある所に向かった。


「うん、これだ」




※作者コメント※

アサヒが逆境に負けずに頑張って株を上げると

逆に作者の株が下がっていくバグ。

どういうことなの……

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