新たな調査


「さーて、厄介なことになったぞ……」


 独り言をいったアサヒの前には、数冊のカタログが並んでいる。その表紙では、中世の騎士のような格好をしたモデルが剣を天に掲げていた。


 このカタログ本は、ダンジョン探索者に向けた装備品を紹介、販売するものだ。なんでアサヒがこのようなものを並べているかと言うと――


「まさかヨミに装備の見立てまで聞かれるとは思わなかったからなぁ……」


 アイアンリザードを解体した後、ヨミは第三層でお金になりそうな素材を回収してまわった。そしてひとしきり回収が終わって彼女が配信を終える時、アサヒは彼女に対して「これなら新しい装備が買えるな!」とコメントしたのだ。


 するとヨミは、アサヒのコメントに対してこう返してきた。


「伝説の探索者さん、どんな装備を買えば良いんでしょうか?」


 この質問に対して、アサヒは返事に詰まってしまった。

 アサヒは、探索者が使う剣や鎧を自分で使ったことがない。


 ここで何か適当なコメントをしてしまえば、きっと自分のエアプがバレる。

 そう考えたアサヒは、とっさにこうコメントしたのだ。


『おう、最近は良い装備も多く出てるからな、良さそうな装備を見つけたら、チャンネルのコメントに残しておくぜ……ちっと待ってくれよな!』


 アサヒのコメントに対して、ヨミは「はい!」と元気な声を返した。

 その一方で、アサヒは今にも死にそうな顔をしていた。


 自分がまるで知らない分野のことであっても、一度やると言ってしまったからには、もうやるしか無いからだ。


「うー装備、装備……どんなのが良いんだろう」


 うなされたように、装備、装備、と繰り返してアサヒはカタログをめくる。


 カタログは何度も読まれたのだろう。

 ページの端っこが曲がり、表紙のカラー写真が擦り切れて変色していた。


 このカタログは、彼がダンジョン探索者が身につけている装備に憧れるあまり、ついアサヒが書店で衝動買いしてしまった本だ。


 彼は実際に何か買おうと思ってカタログを手に取ったわけではない。

 そこにあるものをただ見たいからこの本を買った。


「うーん、本当にたくさん載ってるなぁ」


 カタログには無数の装備が乗っている。

 剣に盾、斧や槍と言った長柄武器、そしてヘルメットやアーマー……。


 しかし、写真と文字の説明だけでは、いまいちよく分からない。

 写真は実物の大きさとは全然違うし、重さもないからだ。


 アサヒに剣を振ったり、甲冑を身に着けた経験があったなら、写真の情報だけでも、装備の使い心地や重さを大体想像できただろう。


 しかし、真剣を振ったことのないアサヒには、その重さすら想像できないのだ。

 

 写真では良さそうだったが、実際取り回してみたら全く使えない。

 そんなものをヨミにオススメする訳にはいかない。


「これはもう、実際にお店に行って聞いたり調べるしかないかな……第四層の情報も調べないといけないのに……」


 アサヒは焦っている様子だった。

 実際、彼が使える時間はあまり多くない。


 ヨミは前回のダンジョン配信を終える時に「アイアンリザードの素材の換金の手間があるので、明日は配信をお休みします!!」と言った。


 その言葉を信じるなら、明日、日曜日はヨミの配信は無い。

 ということは、アサヒは日曜日を丸一日使って、調査が出来るというわけだ。


 しかし、ボーッとしていれば、一日などあっという間に過ぎてしまう。

 アサヒは机にノートを置くと、まっ白なページを開いた。


「よし……ここからは時間との勝負になる。やるべきことを整理しよう」


 彼はノートの上にシャーペンを走らせた。


「ざっと書くと、こんな所かな?」


ーーーーーー


・ヨミに合う装備を調べる(近所の装備屋に行って調べる)


・第四層の情報を調べる(危険な敵を調べることを優先する)


ーーーーーー


「えーっと、今の時間は……午後5時か。今から装備屋に行くのはちょっと無理があるな……お店の場所を調べるだけにしよう」


 彼はインターネットで検索して、近くにある装備屋を調べる。

 そうすると、いくつかの店が見つかった。


「家の近くにあるのは『ユニクローク』『ドンキ・ホーダイ』『カルディア』か」


 店の場所や営業時間などの情報を、アサヒは調べ続ける。


 ユニクロークとドンキ・ホーダイは、それぞれ駅の前にあった。

 しかしカルディアというお店は、人が多く寄り集まり盛っている盛り場からは、少し離れた場所にあるようだ。


「うーん……ユニクロークとドンキ・ホーダイは大手の装備屋だけど、カルディアは一度も聞いたことの無い名前だ……個人店かな?」


 アサヒはネットで地図を出し、店の場所と経路を調べると、ノートに時間割まで書き出した。装備のことをその店で数時間調べるとなると、きちんと時間を決めないと一日では終わらない。そう考えたのだ。


 普段のアサヒは、前もって予定を決めて買い物をするなんて事は絶対にしない。これが自分の買い物であったらもっと適当な予定を立てただろう。

 

(これはヨミの為だ。だからこそ、慎重に、丁寧にやらなきゃ。)


 ヨミの存在が彼を慎重にして、普段以上に彼の洞察を深めているようだった。


「……3軒なら1日でなんとか回れそうだな……よし!」


 彼はノートに予定表を書き込むと、地図をスマホで撮影して満足げに頷いた。


「装備について今できることはこれだけだ。あとは第四層の情報をさらっと調べるとするか――」


 そういってアサヒはダンジョンのことを調べ始める。

 外から見る彼の部屋の明かりは、深夜になっても絶えることがなかった。




※作者コメント※

アサヒのリアル面のスキルがモリモリ上がってる……?!

いったい彼は何になろうとしているんだ…




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