忘れたころに


「不味いぞ……第四層の情報は、ほとんど調べてない!」


 昨日、アサヒが一日かけて調べた情報は、第三層で手一杯だった。

 釜の淵ダンジョンの第四層については、「確かな知識」は無い。


(第四層からは、いわゆる中層になる。難易度が急に上がるから、配信の知識だけでエアプコメントするのは、ヨミを危険にさらすだけだ……。)


 配信画面を見たアサヒはひたいに汗を浮かべ、唇をむ。

 なぜ彼がここまで焦っているかというと、それはダンジョンの深さに理由がある。


 ダンジョンの第一層から第三層は、いわゆる「浅い層」であり、そこまで危険ではない。宝箱をそのまま開けても罠がかかっていることはなく、敵も危険ではない。


 アイアンリザードは尻尾を使ってダンジョンの壁を砕いた。それだけ見ると、あれは危険なモンスターに見える。だが、ヨミはアイアンリザードから逃げられた。


 あれは強力に見えるが、強力なだけだ。

 アイアンリザードは、モンスターの中では安全な方なのだ。


 だが、中層のモンスターともなると、そうは行かない。


(第四層から出てくるモンスターって、かなり危険になるんだよな)


 ――以前見たダンジョン配信のことを、僕は思い出していた。


 それは、ある程度ダンジョンに慣れた探索者の配信だった。


 その配信者は浅層から中層でメインに活動する探索者で、戦いが上手いとか手際が良いとかではなく、トーク力が魅力の配信者だった。


 ある時、彼は第四層で配信を行っていた。


 しかし、形勢が不利になって撤退しようとしたが、モンスターは移動力が早く、逃げる彼に対して先回りして回り込み、遠距離攻撃でしめ上げてきたのだ。


 なんとか命からがら撤退に成功したものの、彼の盾は穴だらけで、普段のトークもえなかった。


 というのも、顔面に一撃を食らって、アゴが半分吹き飛んでいたからだ。


 ヨミを彼と同じような目に合わせてはいけない。


(……そうだ、逆に考えよう。何の準備らしい準備もなしに、第四層に行かせるような「伝説の探索者」がいるか?)


 アサヒはもういちど配信の画面を見る。

 普段以上に真剣な瞳は、ヨミではなく、彼女の装備に注がれている。


(ヨミの装備は平均的な探索者と比較しても貧弱だ。これを理由にして第四層に行くのを制止してみよう。)


 普段はあれこれと迷いがちなアサヒだが、やることが決まった後は行動が早い。

 彼は素早くキーボード叩く。


『ヨミ、第四層にはあまり急がない方がいい。お前さんの装備はまだ貧弱だからな。第三層で少し稼いで、装備を充実させた後に行ったほうがいいぞ』


 アサヒのコメントを読んだヨミは、すこし難しい顔になった。

 そして、ヨミにしては珍しく、伝説の探索者の意見に不満を口にした。


「はい、それはわかってるんですけど……すこしでも先を急ぎたくって」


『急がば回れだ。ダンジョンの中でたおれても、誰もめちゃくれないぞ』


「……わかりました。今日はやめておきます」


(……ふぅ、よかった、ヨミは考えを変えてくれたみたいだ。)


 アサヒはホッとしたのだろう。

 胸の中に溜まっていた心配ごとを、空気と一緒に追い出すように息を吐いた。


(中層のことはまったく知らないわけじゃないけど……ほとんどの知識は配信だ。)


 僕はこれまでに、いくつものダンジョン配信を視聴している。


 ダンジョン配信で、第四層がどういったものかは大体知っている。だからある程度は予想がつくし、それを元にコメントすることも出来るだろう。


 しかし、それではヨミを導く「伝説の探索者」としては不十分。

 僕はそう考えてコメントした。


 多分、間違ってないはず……。

 ヨミとしては嬉しくないだろうけど。


★★★


(――ふぅん……見くびられたものね。)


「伝説の探索者」とコメントを通して受け答えした彼女は、コメントの主とは少し異なる考えを持っていた。


(『伝説の探索者』さんは、私の装備が不足しているように見える、と)


 彼女が新しく買って身につけている装備は、実際に安物、駄物といって良い。


 ブレストプレートはただの鉄の板にベルトを通しただけのものだし、盾も木の板を並べて、車の板バネで周りを縁どったもので、盾の形をした粗大ゴミだ。


 彼女が着ている装備のうち、「制服」だけがマトモな装備だった。


 彼女が着ている白いシャツトスカートは、災害級ダンジョンに存在する、アラクネというクモのモンスターから取れるシルクを布にしたものだ。


 その性能はアラミド繊維やナノカーボンチューブといった、現代文明の技術の粋を集めた素材を軽く超える。


 一本一本の繊維はチタン合金よりも強靭で、耐火、耐腐食、耐水といったあらゆる脅威に対しての耐性を持っており、これでられた彼女の服は、そう簡単に貫かれるものではない。


 もっとも、この制服は生地が薄いだけに、強い衝撃からは保護してくれない。

 アイアンリザードの尻尾が放つ強烈な打撃を喰らえば、骨が折れる程度では済まない。そういった意味では、確かにヨミ装備は十分ではない。


(――確かに私の装備は衝撃に弱い。でもこれは『り切り』よ。強い攻撃といっても、避ければ何の問題ないからね)


 ヨミは先を歩くスピリット・ウルフの尻尾を追いかけながら進む。

 すると狼は何かに気づき、ピタリと動きを止めた。


(――チッ、まだうろついてたのね……!)


「えっと、あれは……さっきのですね!!」


 心の中でした舌打ちを取りつくろった彼女の前には、鈍く光る灰色の鱗を持つトカゲがいた。先ほど遭遇したアイアンリザードだ。


(まぁ、たしかに……もうちょっとマトモな装備に変えないといけないかもね)


 私は手に持った剣を取り替えることにした。


 コボルト銀の剣では、アイアンリザードの鱗を貫けない。

 無理やり突き立てたとしても、欠けるか、折れるのがオチだ。


 といっても、いま取り出した鋼の剣も、鉄の鱗に対して効果的ではない。

 折れても惜しくないから、こちらに持ち替えただけだ。


 鋼の体に効果的な武器なんて無い――


(…………いや、そうか!! ある、あるわ!!)


 あの「伝説の探索者」が私に手懐けさせたスピリット・ウルフは、霊魂。

 霊魂は実体がなく、物体を通り抜けて霊体を直接攻撃できる。

 つまりアイアンリザードの鱗は、この狼の牙を防げないということ!!


 やっとわかった!

 スピリット・ウルフを手懐けさせたのは、この為ね!


(なるほど……見直したわよ、「伝説の探索者」さん。彼の言うことは素直に聞いたほうが良さそうね。――きっと彼は、私が知らないことを知っている)


 私は少し天狗になっていたようだ。

 懐から犬笛を取り出すと、私は力いっぱいそれに息を吹き込む。


 笛の音は聞こえなったが、どこか晴れ晴れした気分が体に残った。




※作者コメント※

おっとぉ……?

ヨミのアサヒ株が急騰💹してるって……コトォ?!

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