わんわんお!


「わぁ……こうしてみるとカワイイかも」


 配信画面に映るスピリット・ウルフは、床に座り込んであくびをしていた。

 その様子はとても穏やかで、先ほどの殺気がウソのようだ。


(しっかし、あくびまでするとか……霊体の狼が眠くなるはずはない。あの狼が生きていた頃の記憶がそうさせるのかもしれないな。)


「おっと、そうだ――ヨミにコメントをかこう」


『ヨミ、よくやった! 戦ってる時にくわしく説明できなくてすまなかった。それでそいつはお前の仲間になったぞ!』


 アサヒはヨミの行動を褒め称えるコメントを残した。


 ヨミとスピリット・ウルフが戦っている時に、長々と何がどうなると言った説明を読ませる訳にはいかない。


 そのため、アサヒはヨミに対して直接的な指示をするしか無かった。


 言われたことをそのまま出来る人間はそう多くない。普通ならば逆らったり、勝手な行動を取るものだ。


 しかしヨミは疑問を持ちながらも、しっかり指示通りに動いた。


 今、画面に映っているスピリット・ウルフは、大人しく座っている。

 これは彼女がアサヒを疑わずに動いてくれた結果だ。

 アサヒはそれがなんだか誇らしかった。


『その犬笛はその狼と主人との絆だ。それを持っていれば、お前さんがそいつに襲われることはないだろう』


「は、はい……! 無くさないようにします!」


 ヨミは「伝説の探索者」の言葉を受けて、銀色に輝く犬笛を握りしめる。


 すると彼女は、探索者なら全員が持っている武器や防具の修繕道具から赤色のヒモを取り出すと、犬笛に紐を通して、細い首に下げた。


(――ふぅ。何とかなってよかった。)


 動物や人のスピリットは、彼らの未練に関係する物品を持つものに従うことがある。だからアサヒはスピリットを真正面から討伐するのではなく、未練を利用する方法をとった。


 しかし、アサヒが思った以上の結果になってしまった。


 スピリット・ウルフはヨミを主人と認め、付き従っている。戦いの時もそうだったが、狼はどこかヨミに対して攻撃するのを迷っていた。


 アサヒはなぜ狼が奇妙な動きをしたのか考えてみて、はたと気がついた。


(……きっと狼は、ヨミにかつての主人の面影を見たのかも知れないな。)


 主人を守り続けた彼の孤独を想ったアサヒは、懐かしさと寂しさが入り混じったような奇妙な感覚を覚える。そして、それが痛みになる前に息を吐いて追い出した。


 彼も孤独とその痛みについては、とても良く知っていたからだ。


「えーっと……立て!」


 ヨミがダンジョンの床に座り込んでいる白く光る狼にそういうと、狼は立ち上がって、夜風が通り過ぎるような鳴き声を上げた。


(スピリットが発する声は音ではない。心の共鳴だと、どこかの記事に書いてあったけど、どうやらそれは本当のことだったらしい。)


「……ついてきてくれます?」


 彼女がそうつぶやくと、スピリット・ウルフはトコトコと歩いてヨミの横に並んだ。どうやら彼女の言葉は狼に通じているようだ。


「すごい、完全にスピリットが彼女の言うことを聞いている……」


『かぁいい!』『今日のワンコ』『相棒ゲットだ―』

『幽霊だから、もふもふ出来ないのが残念だな―』


 彼女の配信のコメントは、スピリット・ウルフに対する感想で埋め尽くされた。


 彼女の新しい相棒は、思ったよりもすんなり視聴者に受け入れられた。

 それどころか、ちょっとした人気者のようだ。


「もふもふですか……ちょっと触ってみますね……わっ冷たい!!」


 ヨミは狼の背中に触れて驚きの声を上げる。

 みると、彼女が付けているグローブには小さな霜が降りていた。


「触るのは無理みたいですね……」


 彼女のその声が聞こえたのか分からないが、狼は眉間にしわを寄せる。

 それがアサヒには、狼がガッカリしたように見えた。


「スピリット・ウルフの奴、あらためて味方として見ると、雰囲気が変わるなぁ……敵としてみた時は怖かったけど……」


(ピンとたった耳に、動く度に光の粒を残す毛皮。狼の姿は凛々しくて、格好良い。こんな相棒が僕にもいたら、ダンジョンに潜る勇気がいただろうな……)


 アサヒは狼の姿を見て、唇を噛んだ。あれはヨミのものだ。

 けっして口しか出さなかった彼のものではない。


 しかしそれでも、なにかやりきれない想いが彼の中にあった。モヤモヤとしたそれが渦を巻き、「言葉」という具体的な形を取りそうになる。


 ――すると、アサヒは自分の顔をぴしゃり叩き、それを自分の中から追い出した。


めだ止め。もっと別の事を考えよう。戦術とか、これからのこととか、もっと考えないといけないことはたくさんあるんだ。)


 アサヒはヨミの配信画面をみて、今の状況の考察を始めることにした。


「……考えてもみよう、普通の武器が通用しないスピリットウルフが自由に使えるようになったのは、すごい戦力アップだろう……」


 ――スピリット・ウルフには実体がない。その肉体は、未だ現代科学で解明できていない、魔法で出来ているという。


 彼らの体は鉄や木を通り抜けるが、生きている人間やモンスターにはぶつかってしまう。しかしそれは肉体にぶつかっているわけではない。どうやら生き物の魂のようなものにぶつかっているらしい。


 この特性から、スピリットは肉体を傷つけずに生物を攻撃できる。つまるところ、あの狼はアイアンリザードが持つような鉄の肌を無視して戦えるということだ。


 言ってしまえば、スピリット・ウルフは生きた魔法攻撃と言っていいだろう。

 この狼はヨミの足らない部分を補ってくれるはずだ。


「では、次の階層に行ってみますね!」


「えっ、もう!?」


 彼女が次の階層へ行くと宣言したことに、アサヒは驚きの声を上げる。


 そんな彼の事を知ってか知らずか、配信画面では、ヨミと狼がダンジョンの中を進んでいる。その歩みは軽やかで、さっきの戦いの疲れを感じさせるような様子はない。


 そして、スピリットウルフはというと、ダンジョンのことは何でも心得ているとばかりに、彼女の少し先を歩いている。探索はとても順調そうに見える。


 ここで「伝説の探索者」がヨミの探索を止めるのはとても不自然だ。


(不味いぞ、この次の階層、第四層のことはほとんど調べてないぞ……。でも、彼女の探索を止めるのも不自然だ。)


「ど、どうしよう……!?」


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