意見の不一致
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「それでは、進みますね!」
宝箱の遭った部屋から分岐に戻ったヨミは、中央の通路の松明を指さして確認し、その道を選んで進み始めた。その歩みに不安や迷いはみられない。
(ヨミもすっかりダンジョンに慣れたみたいだ。最初は大丈夫かなって思っていたけど……今は堂々としている。)
ダンジョンの通路は、所々に松明やカンテラといった照明がある。
しかし、それらはあまり十分な光量をもたらしてはくれない。
松明のオレンジ色の光を受けたヨミの影が伸び、炎のゆらめきに合わせて踊る。
ダンジョンの中はいたって静かなのに、光と影の動きだけが騒々しかった。
「うーん、不思議と敵の姿が見えませんね……」
『がんばれー!』『敵まだー?』
『早く戦いが見たい~』
ヨミが何かをするたびに、配信に好き勝手なコメントが書き込まれる。
先程よりはずっとマシだが、アサヒはそれに対して不快な様子を隠さなかった。
「まったく……よくここまで好き勝手にコメントを書けるよなぁ」
ヨミのダンジョン配信には、いかにも子供っぽいコメント、失礼なコメントが多い。もっとも、これは彼女の配信だけではなく、ダンジョン配信、さらにいえばネットを通したコメント全般に言えることではある。
目に入ったコメントに対して、アサヒはため息をついた。
「同じ日本語が使えるのに、まるで外国人みたいだ。常識って、思ったより一般的なものじゃないんだろうか?」
彼は聞くものが聞けば、烈火のように怒りだすであろう「真実」を口にした。
「うーん、特に大したことは言ってないな」
書かれたコメントに、建設的な意見や知識の類は特になかった。
アサヒはコメント欄から視線を外して、ヨミが映っている画面に注意を向ける。
しかし、そこであることに気づいた。
「……? 言われてみれば、確かにやたら静かだ」
アサヒはハッとなった。彼が今手に持っているノートに、今の状況を説明する文章が合ったことを思い出したからだ。
彼はページをめくり、該当する記述のある箇所を指でなぞる。
「そうだ……雑魚モンスターは、ボスが居るエリアに近づくと姿を消すって書いてある。今の状況はきっとこれに違いない」
――うーん……これはどういうことだろう。
いまヨミがいる場所は第三層に入ってすぐの場所だ。
ボスに遭遇するには少し早すぎる気がする。
それとも、釜の淵ダンジョンの第三層は、そこまで大きくない、とか?
「何か危険な気がするな……」
(でも、これがただの偶然だったら?
うかつにコメントをすると、エアプがバレそうだ……。)
彼の指先がキーボードに伸びたが、そこで止まって動かない。
いや、彼の手はひくついている。彼女に危険を伝えたい、動きたいと思っているのに、それをアサヒの頭が止めているのだ。しかし――
(……バカッ、何を迷ってるんだ! 僕のウソが、彼女の命より重要かッ!)
アサヒは迷いを振り払った。
そしてキーボードを叩き、コメントを打ち込んだ。
『ヨミ、気をつけろ。何か妙な感じだ。
近くにザコがいないのは、ボスが居るせいかもしれない』
「は、はいっ!」
アサヒのコメントを見たヨミが驚いたような声を返す。
アサヒはそれを、彼女が今の状況に油断していた為と解釈したのだろう。
さらにコメントを打ち込み、今何が起きているのか、ヨミに状況を伝える。
『第三層のボスモンスターは「スピリット」だ。霊体、それも狼の姿を取っている。アイアンリザードのように逃げるわけには行かないぞ。引き返すなら今だ』
「は、はい……ありがとうございます『伝説の探索者』さん。
でも、私は引き返しません!」
(えっ!)
「ここで引くわけにはいきませんから。
……あれ、ごめんなさい、これじゃ理由になってませんよね」
(……なんだろう。命をかけてまでダンジョンに潜らないといけない理由が、彼女にあるんだろうか。)
アサヒはヨミの言った言葉について考えてみることにした。
――僕が思うに、ヨミには特別な目的がある。
ダンジョンに入ろうとする者はそれぞれ動機を持っている。
一番多い動機は「金」だ。しかし、副業、小遣い稼ぎ程度なら、第一層をうろつくだけでも十分な収入となる。
しかしそれ以上を望むとなると、話は変わってくる。
ダンジョンの中には、現代の化学では解明できない素材で作られた物品が存在するし、アイアンリザードと言ったモンスター、それ自体も生物学的に貴重な存在だ。
しかしそういったものは、ダンジョンの深い場所に潜らなければ手に入らない。
末期ガンの患者すら治療してしまう霊薬「エリクサー」。人間の年齢を若返らせる、あるいは年を取らせる仙薬「老若丹」といった貴重な品々は、ダンジョンの奥底にある。もしかしたらヨミはそういった品々を求めているのだろうか。
『わかった。気をつけろよ』
(僕は彼女の目的に対する手がかりを何も持っていない。当てずっぽうに推測しても意味はない。攻略に集中しよう。)
このダンジョンの深層には、ヨミの欲しい物がある。
アサヒはそう解釈することにした。
「……あっ、あれは何でしょう!」
ヨミがダンジョンの暗闇の中でぼんやりと光る存在に気づき、声を上げた。
雪のように真っ白で、蜃気楼が燃え上がっているような、そんな存在。
(――まちがいない。あれは「スピリット」だ。)
純白の蜃気楼は立ち上がると、その姿が明らかになる
狼だ。
一種の神々しさを感じさせるそれは、立ち上がったままヨミを見据える。
「えっと、戦ってみます!」
『駄目だヨミ! そいつの相手はするな!』
「えっ?!」
コメントに一瞬気を取られ、声を上げるヨミ。
そして、白狼はそれを見逃さなかった。
目線をもどしたその時、狼の脚が音もなく地面を蹴るのを彼女は見た。
――情け容赦のない静寂、それがヨミに襲いかかった。
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