見方の違い
右の通路に進んだヨミは、そのまま進んで突き当りにあった部屋に入る。
するとそこは4畳半もない小部屋になっており、中央にちょこんと宝箱だけが置いてあった。
「あ……みなさん、宝箱がありました!!」
ヨミは画面に向かってとても嬉しそうに実況する。
情報が合っていたことにホッとしたアサヒは、胸をなでおろした。
「さっそく開けてみますね!」
罠をチェックしたりせずにいきなり開けようとするヨミを見たアサヒは、画面に向かって身を乗り出した。
「それは……いや、この階層ならまだ罠はない。大丈夫だな」
アサヒは緊張で固くなった腹をほぐすように息を吐くと、椅子に座りなおした。
ヨミは彼にとって大事な存在だが、その所作の一つ一つが、アサヒの心臓と胃に殴る蹴るといった暴行をしているようだった。
(――はぁ。本当に心臓に悪いなぁ。)
<ギィ……>
「……おぉ!」
宝箱から出てきたものは、一振の剣だった。
赤い握りに銀色の
アサヒのようなド素人でも、一見してこれは良い物だとわかった。
「わぁ……きれいな剣ですね。これって何でしょう?」
『8888888』『ヤッター!!』
お宝を発見したことで、コメントも盛り上がっている。
だが、中から出てきた剣に対する具体的なコメントはない。
「あれは、何ていうアイテムだろう?」
記憶を探ってみるが、思い当たるものはない。
この階層にあるものなら、呪いがかかっていたりという危ないものではないと思うが、使って良いものだろうか。
「きれいな剣ですね! 試しに使ってみましょう!」
えぇ!?
うーん、でも悪いものには見えないし、大丈夫かな……。
アサヒはコメントを打とうとしたが、キーボードの上で手が止まった。
打ち込もうとした姿勢のままでピタリと止まり、喉の奥で唸る。
(ここで「使うな」と言っても、その理由が書ける訳でもないし……。ここは素直に「おめでとう」としか言えないよな~)
『やったな!! うまく使えよ!!』
★★★
ヨミは宝箱から、一本の剣を取り出した。
取り上げた剣の鞘には、腰に吊るためのベルトを通す金属の輪がある。
ヨミはその輪に細いベルトを通しながら、コメントを見ていた。
『やったな!! うまく使えよ!!』
(ふぅん……やっぱりだわ。これが何なのか、アイツには分かってるみたいね。)
ヨミは「伝説の探索者」のコメントを見て、内心で笑い飛ばした。
アサヒがしたのは、ただの当たり障りのないコメントだ。
しかし、彼女はそれをまったく別のものとして捉えているようだった。
(流石は「伝説の探索者」といったところね。このマイナ―アイテムの価値まで知っているなんて、「元」私の知り合いかしら?)
ぼうっと考えながら、彼女は剣を鞘から引き抜く。
鞘の中をするっと走った刀身は、鈴のような清らかな音色を立てた。
この澄んだ音色は銀にみられるものだ。
しかし、銀は鉄に比べて柔らかい。
本来は刃物には向かない。
銀食器でも、ナイフは鉄に置き換わっているのが普通だ。
だがこれに使われている金属は違う。
銀の特性を持ちつつ、刃物として成立するだけの強度と鋭さを持っていた。
彼女の持つ剣の素材は、銀と未知の金属を組み合わせて造られている。
この剣の素材は通称コボルド銀と呼ばれている。
各国が研究を続けるが、未だに解明できていない素材の一つでもあった。
ヨミは抜いた剣の感触を確かめるように、赤い握りを軽く持ち、片手で回す。
くるくると円弧を描く剣は、彼女の配信画面に白い軌跡を残した。
(うん、バランスは良好。刀身と握りのつり合いも――っといけない。いつものクセで剣舞で確かめちゃった。ちょっと回しただけだし、だ、大丈夫だよね?)
『かっこいい!』『掃除の時間にホウキを振り回したの思い出した』
『今のもう一度やって!!』『すっげー!』
大量のコメントに冷や汗が背中を伝う。
「恥ずかしいので一回だけです! そ、それより、とても使いやすい剣ですね……!」
(あ、危なかった……)
ぎこちなくそう言って、彼女は剣を鞘にしまった。
ヨミが手に入れたのは、「スピリットサージ」という剣だ。
この剣は
本来なら『災害級』か、高難易度のダンジョンで見つかる。
(ふう。マジの大当たりを引いちゃったわね。ただの偶然か、それとも……)
このアイテムは、ほとんどの人間が目にしたことがないはず。
しかし、コメントを書き込んだ者は、それを知っている風だった。ということは、「伝説の探索者」は彼女と同じく、災害級のダンジョンに潜ったことがあるということを意味している。
(私の正体がバレないように、より慎重に動かないといけないわね)
★★★
「ヨミ、成長してるなぁ……」
一方のアサヒは、普通に感心していた。
彼女が身に帯びた剣を回す動作が、あまりにも芸術的だったからだ。
まるで何年、いや、何十年繰り返して来たような、そんな自然な動作だった。
アサヒはこれまでにいくつものダンジョン配信を見ている。
その中でも彼女が今見せたものは、別格の動きだった。
「いまので分かった。ヨミには本当の実力がある。きっとダンジョン配信者として、ドンドンのし上がっていくはず……応援したいな」
そんな彼女の手助けをしたい。
ノートにまとめた内容を引き寄せて、アサヒは彼女の次の動きを見守った。
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※作者コメント※
あ、この情報のすれ違いは
アカンことになるやつや……!
キャッキャ!
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