伝説の探索者



(ふぅ……危なかった・・・・・。)


 アイアンリザードから逃れたヨミは、ゆっくりと息を吐いた。


 しかし、彼女が息を吐いたのは、鉄のトカゲから逃げおおせて安全になったからではない。


(トカゲとはいえ、やっぱり分かるんだね~、格の差・・・ってやつが)


 アイアンリザードの初撃をヨミがかわしたのは、偶然ではない。

 トカゲの踏み込みのタイミングに体捌きをあわせ、最小限の動きで避けた。

 ただそれだけだ。


 しかし、ヨミにとって予想外だったのは、アイアンリザードの動きだ。

 鉄のトカゲは威嚇いかくしながら後ずさり、逃げようとした。


 初心者相手にアイアンリザードが逃げ出すというのはどう考えてもマズイ。

 明らかな異変に気づかれると、こう思われる可能性が合った。


 そう……「――こいつ本当に初心者か?」と。


 あの時、アイアンリザードが避けたのは、彼女の「格」の高さをみたからだ。

 実は、伝説の探索者だったのはヨミなのだ。「アサヒ」にとっての「伝説の探索者」は彼女だった。


 彼女は女子高生に見えるが、そうではない。ある事件を契機に今の姿になっているが、それまでに非常に永い時間をダンジョンで過ごしていた。


(あー、しくったなぁ……まだバレてないよね?)


 ヨミは冷や汗を拭い何かを考えるような仕草をとった。

 はた目にはアイアンリザードに敗北したことに対して、ヨミが後悔している。

 あるいは悩んでいるように見えるだろう。


(あのアサヒっていう『伝説の探索者』が厄介ね。私が普通の探索者じゃないのは、うまく演技しないと確実にバレちゃうよね。もし私の正体がバレたら大炎上しちゃう。いやそれより――)


(アイツが私の目的・・・・に気づかないと良いんだけど……)


 配信のマイクに音声が入らないように、極めて小声でヨミは「うざったい」と言うと、ギリ……とグローブを握りしめた。


 画面を見ている者からすると、ヨミがアイアンリザードとの戦い、その敗北の味をめ、決意を新たにしたようにも見えるだろう。


 ヨミはゆっくりと画面に向き直る。

 そして、いつもやるように、太陽のような明るい笑顔をカメラに向けた。


「あの……ちょっと負けちゃったけど……次は頑張ります!」


「えっと、次はどこに行ったら良いんでしょうか?」


 もちろん、ヨミは次にどこへ行ったら良いか知っている。


 ダンジョンの構造には、基本的なパターンがある。ダンジョンはある程度似たような形を使いまわしている。ベテランの探索者は、これは宝箱のある場所の通路だな、というのが勘でわかってしまうのだ。


 もちろん、これはかなりダンジョンに慣れ親しんでいないとわからない。初心者に対しては、あの「伝説の探索者」が言ったように照明を追いかけるように言うのが正しい。


 同じようなパーツを組み合わせているから、その構造の一部である照明を追いかけることで前に進めるのだ。


『アイアンリザードのいる通路を迂回していこう。回り道があるはずだ!』


(模範的回答。ま、そう来るよね)


「わかりました! アイアンリザードを避けて進みますね!」


(倒せなくもないんだけど、ここは言う通り、アイアンリザードを避けて、できるだけ自然に進むとしましょうか)


 ヨミはアサヒの指示に従って、ダンジョンの中を進む。

 すると、目の前に3つの分かれ道が現れた。


(これは確か、右が宝箱、左が行き止まり、真ん中が正解のパターンのやつね。これから先の戦いを考えると、少しでも箱を開けておきたいけど……)


 ヨミがいるのは第三層。まだまだ浅い階層になる。彼女はこの階層にある宝箱は、基本的に罠がかかっていないことを知っていた。


 彼女は出来ることなら全ての宝箱を開けておきたいと考えている。

 だがしかし、ヨミはダンジョン探索の初心者ということになっている。まさか勝手にズンズンいって取りに行くわけにも行かない。


 そう、彼女は伝説の探索者の言葉を聞かねばならないのだ。


「う……どの道が正解なんでしょうか」


(ほら「伝説の探索者」、右って言え! 右って言え! 右ぃ!!)


★★★


「うーん……ここは明かりがついている真ん中が正解のはず。でも右も宝箱があるって書いてあるんだよな、うーんどうしよう。できれば宝箱を開けてもらって、ヨミが持っている装備やアイテムを充実させたいんだけど……」


 もし、情報が間違っていたらどうしよう。危険な敵がいたり、罠があったら?

 その考えがアサヒの頭をよぎり、なかなかキーボードを叩く気になれない。


「うーん……」


 アサヒが見ている画面の向こうのヨミは、3本の通路をじーっと見て、右の通路に向かって体が傾いている。彼女はどうやら、右の通路に興味があるようだ。


(リスクに比べてリターンは大きい。ここは少し自信ない感じでコメントを書くか)


「それにアイアンリザードのことで分かったけど、ヨミって危険に対する感覚はとても鋭いからな……もし危険だったら、そのまま引き返してもらえば良いか」


 ヨミが右の通路にいくように、アサヒはコメントを打ち込むことにした。

 

『あーこの通路は、右に宝があったかもしれない。でも記憶があいまいだから、もし危険だったら引き返すんだ』


「宝箱ですか!! やったー!!! 私、宝箱大好きです!!!」


 アサヒがコメントを送ると、ヨミはちょっと大げさすぎるように思えるガッツポーズと喜びようを見せた。くるくると回る様子を見たアサヒは不意に笑ってしまった。


「ふふ、ヨミってちょっと天然入ってるよなぁ」








※作者コメント※

エアプと伝説の探索者が、

知らず知らずのうちにお互いの役割を交換する。

いやこれ、ロクなことにならないのでは……?

キャッキャ♪

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