鉄と木と肉と


<ガチィン!!!!>


(――!!!!)


 アイアンリザードのアゴが咬合こうごうする音がダンジョンに響いた。

 

「きゃぁ!!」


 危ういところでヨミは最初のみ付きをかわした。

 初撃を外したアイアンリザードは、鈍く光るナイフのような牙の並んだアゴをガチガチと鳴らしながら後ずさり、ヨミを威嚇いかくしている。


(……動きが妙だ。アイアンリザードも予想外の遭遇にあせっているのか?)


 最初は極めて攻撃的な反応を示した鉄のトカゲだったが、不思議なことに今はヨミの様子をうかがっている。


(あのトカゲが何を考えているかは分からないけど、これはチャンスだ。)

 

 アサヒは手もとのキーボードをいつも以上に素早く叩いてメッセージを送った。


『アイアンリザードは距離を取れば動きが鈍る。下がれ!!』


「は、はい!!」


『大丈夫、いけるいける』『回り込んで背中から刺せば勝てるんじゃね?』

『こういうときは、グッとしてバーン!!』


(クソッ! ヨミを危険にさらそうとしている愉快犯がいるな……)


『コイツは遅いから、回り込んで後ろから刺せるって、何してんのwww』


(一見するとそれっぽい事を書いているが、こいつは本物のエアプコメントだ……)


 ダンジョン配信のコメントには、意図的にウソを書き込むものがいる。


 こうしたエアプコメントを書き込む者の心理は、どういったものか?


 主な動機は自己顕示欲だろう。もっと注目を浴びたい、自分のことを優秀だと認めてほしい。しかし、そうした自己顕示欲があっても、努力はしたくない。


 認めてほしいが、そのために面倒くさいことはしたくない。

 そういった人間がエアプコメントを書き込むのだ。


 一見、アサヒと似ているように思えるが、彼とは似て非なるものだ。


 目立ちたいかどうかで言えば、彼は目立ちたくない方だ。それに面倒くさいことや、努力についてはとくに嫌いではない。


 アサヒの場合は、自分に自信が持てないから嘘をついた。プライドが強い人だけでなく、自尊心がない人もエアプコメントをしてしまう傾向にあるのだ。


 自分の価値に自信がない、そうした自尊心のない人は「自分が知識を持っていないことを知られると、嫌われるかもしれない」と不安になり、会話を合わせようとしてしまう。


 その結果、自分が知らない話でも「知っている」と知ったかぶりしてしまったり、『伝説の探索者』などと、過大な評価を受けると、「違う」と言えなくなるのだ。


 嫌われたくない、ふとよぎったその恐れが、彼をがんじがらめにした。しかし今はその鎖の恐れよりも、怒りがアサヒの頭の中のほとんどを占めているようだった。


(このコメントを書いたやつは、鉄の鱗で覆われた尻尾が見えないのか?太い筋肉質な尻尾で叩かれて、骨を折るのがオチだ。)


「わかりました、後ろに……」


(――ッ!)


『やめろ! アイアンリザードの後ろに回り込むことは出来ない!』


「えっ? はい! ワッ!!」


<バシンッ!!! ガラガラ……ズンッ!>


 アイアンリザードの尻尾がダンジョンの壁をたたき、赤レンガの壁を打ち崩してその下の黒い土をあらわにした。凄まじい威力の一撃だ。あれをまともに食らったら、ひとたまりもない。胸甲で守っていても背骨は粉砕、内臓は破裂していただろう。


『ちぇー、惜しかったなぁ』『サイテーすぎるwww』

『クソコメ乙www』『サッとよければガッといけたのに』


 悪意のあるコメントが流れる。

 この手の質の悪さはアサヒにとっては見慣れたものだが、ヨミは明らかにショックを受けていた。顔は青ざめ、膝は戦慄わなないている。


 恐慌に陥った少女をよそに、鉄のトカゲは鉄の鱗で包まれた丸太のような尻尾で地面を叩く。そのリズムはどこかいら立たしげに感じられた。


『ヨミ、アイアンリザードから離れて下がれ! 仕切り直した!!』


「は、はい! わかりました、伝説の探索者さん!」


 画面の向こうで、ヨミはアイアンリザードの方を向きながら後ずさり、距離を取って離れた。それを見ながら、アサヒはあることを始めた。


(……クソッ! このコメント、このコメントもだ、ブロックだブロック!!!)


 アサヒはヨミを危険にさらしたコメントを、次々とブロック、つまり非表示にしていった。これは彼が怒りに任せて、不愉快なコメントを遠ざけたわけではない。


 ヨミがダンジョン配信をしている動画サイトでは、ブロックをされるとコメントをしたユーザーの「信頼度」が下がってコメントの表示の優先度が落ちていく。


 つまり、彼は少しでもコメントの信頼度をあげようとしているのだ。


<カタカタ……>


「ふぅ、とりあえず……何とかなったかな」


 アサヒはかたっぱしから危険なコメントをブロックに突っ込んでいった。


 彼と同じように、コメントを評価するものもいたようだ。コメントにはそのコメントに対しての低評価をしめす、親指を下に向けたアイコンが付いているのだが、いくつかの危険すぎるコメントには、100を超える低評価がついていた。


「ふぅ、まるっきり最悪ってわけじゃないみたいだ」


 しかし、まだまだ危険は去った訳では無い。

 アイアンリザードは倒せていないし、コメントに裏切られたヨミは、そのショックで軽くパニックになったままだ。


(なんとかしてヨミを励まさないと……えっと、なんて言えば良いんだ?)


 アサヒは人に温かい言葉をかけた経験がなかった。いやむしろ、彼にはそういった言葉をかけられた経験がない。だからどうしていいか想像ができないのだ。


「……ええい、こうなりゃもう勢いだ!」


 アサヒは伝説の探索者になりきって、コメントを書くことにした。


『大丈夫だ、変なやつのコメントは気にするな、伝説の探索者の俺がついてる!!』


『お前のダンジョン配信はたくさんの人に見られてるんだ、変なやつの一人や二人はいるさ。だけどほとんどの連中はマトモだ。ちぎって捨てちまえ』


「……わかりました! ありがとうございますアサヒさん!」


 アサヒ、いや、伝説の探索者の言葉でヨミはキリッと上を向いた。

 彼女のその様子を見た彼は、ふと思う。


(僕にも、僕の「伝説の探索者」がいたら、彼女みたいになれたんだろうか。)


 アサヒの中で安堵あんどともうひとつ、何かの感情が渦巻いていた。







※作者コメント※

作者のアサヒ虐待がひどい

某全権大使みたいになったらどうするつもりや……

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