装備はそこそこ、敵は最悪
「それじゃぁ、早速ダンジョンを進んでいきます……よろしくお願いします!!」
ヨミはそう言ってダンジョンの中を進んでいく。
すると、早速コメントが付いた。
『鉄砲使えば良いんじゃないの? なんで剣?』
『現代のヘルメットとか、防弾チョッキとか何で使わんの?』
『お前ダンジョン配信は、始めてか? まあ力抜けよ』
「あぁ、いつものやつ……」
この「何で銃使わないの?」は、ダンジョン配信における定番ネタとでもいうべきコメントだった。ダンジョンで探索者が銃や防弾チョッキと言った現代の兵器や防具を使わない。いや、使えないのは、ある理由があった。
例えば「銃」だ。
銃を使えば、光や音で敵を呼び寄せるだとか、弾丸が壁に跳ね返って危ないだとか、そういう理由も当然ある。
だが、もっとも危険視されているのは、「相手に利用される」というものだ。
ダンジョンが現れた最初の頃は、アメリカ軍や自衛隊が中に突入して成果を上げた。しかし、その後が問題だった。
数日おいて、アメリカ軍の特殊部隊がダンジョンに突入した時、ダンジョンの中にいたモンスターが、彼らに向かって「銃」によく似た武器を使ってきたのだ。指揮官はそれに困惑したが、軍隊にはもっと強力な装備がある。
マシンガン、グレネードランチャー、ロケットランチャー……。
そういった武装を使って、軍隊はモンスターを駆逐した。
しかし、強力な武装を使うほどにダンジョン敵は強くなっていた。
ダンジョンは『敵を学習する』。
それに各国の軍隊が気づいた時は、もう手遅れだった。
いつしかダンジョンの中には、ミサイルでも貫通が困難な複合装甲を持ち、対戦車ミサイルとグレネードランチャーで攻撃してくるゴーレム。機関銃を
ダンジョンの成長は、ダンジョンの中のモンスターと人間、あるいは動物、機械が戦うことで起きる。もっぱら「災害級」と呼ばれるダンジョンは、人間が自らの手で作り出したものだ。
入って成長するのならば、ダンジョンなんか放っておけば良いのでは?
人々はそう考えた。しかし、そういうわけにもいかなかった。
ダンジョンを放っておくと、今度は中で増えたモンスターが、あふれて押し出されたようにして、地上に出てくるのだ。
独裁的な政治体制を持つ東アジア某国では、手がつけられないほどに強力になってしまったダンジョンを放置するに任せた。これは某国の軍隊が、何度も突入して戦い続けたせいだった。
その放置の結果、ダンジョン内からモンスターが溢れ出す現象、すなわちスタンピードが発生し、10以上の都市が居住不能な状態までに破壊された。
この教訓を受け、世界中のダンジョンでは、中世さながらの武器を使い、ダンジョンの中の生物を「間引き」しながら、緩慢にダンジョンを育てていく。そういった方法を取ることになった。
武器や防具を強化すると、モンスターの攻撃はより致死的になる。
そのために武器、防具はあえて「そこそこ」なものが選ばれた。
探索者はダンジョンに強力な武器や防具を勝手に持ち込むことは出来ない。
ヨミのような配信者が使う武器や防具は、ダンジョンの状況に応じて国や地方自治体が認定業者に作らせたものなのだ。
アサヒもその事は知っている。なのでこの「銃使え」コメントはスルーすることにした。銃の方が便利。そんなことはわかった上で、皆、剣や槍を使っているのだ。
(こんなコメントをいちいち気にしていたらキリがない。それよりも――)
「えっと、第三層はどう進んだら良いんでしょうか……」
コメントで言い争うより、ヨミにアドバイスをするほうが重要だ。
そう考えたアサヒは、『伝説の探索者』としてアドバイスを行うことにした。
『ガハハ! 慌てるな! まずは壁についている明かりを追って進め。明るい場所を目指すんだ!! 暗い場所は戦うのにも不便だからな!』
「は、はい!」
ヨミはアサヒのコメントを受け、素直に壁についている松明を追って進む。
すると、アサヒがしたコメントにも反応が帰ってきた。
『キターwwwwww』
『伝説のwwwwwwwww探索者wwwwwww』
煽りコメント、中傷がアサヒのコメントに続く。
アサヒは激しくキーボードを叩き始めたが、その手はぴたりと止まった。
(ダメだ。反応したらヨミのチャンネルの雰囲気が悪くなる。ここは無視だ)
アサヒは途中まで書いていた自分のコメントをすべて消し、画面に映るヨミの動きに集中し、コメントからは目を背けた。
ヨミは第三層をすすみ、第一層、第二層にもいたゴブリンやスケルトンと言った雑魚を相手にするが、装備が良くなったこともあって、以前よりスムーズに進んでいる。しかしその動きには、昨日のような機敏さがなかった。
(……きっと、新しく買って使っている盾が重すぎるんだな。)
ヨミが使っている盾、カイトシールドはかなり大きい。
その大きさは、昨日使っていた丸い盾の2倍以上の大きさがあった。
(あれでは彼女の動きが鈍くなる。防御力はあがったかもしれないけど、そこが少し気がかりだな……)
そして、アサヒの心配は的中した。戦い続けるヨミの息が上がり始めている。
足はもつれ、剣の先は下がっていた。
(これじゃ不味いな。いったん下がるべきだ)
『盾が重くなったせいで、前より疲れやすくなってるな、いちど下が――』
しかし、アサヒがコメントを書き込んでいる、まさにその時だった。
地面に這いつくばり、ゆっくりと彼女に近づく存在がいた。
チャリチャリと不愉快な金属の鱗が触れ合う音を立て、灰色の鈍く光る肌を松明の明かりで浮かび上がらせているそれは、攻略サイトの写真で見たことがある。
(げ、アイアンリザード! ……こんな時に!?)
最悪なことに、彼女とアイアンリザードの距離はかなり近い。
次の瞬間、攻略サイトや動画の情報が真実であったことを、アサヒは目撃する。
<シャァァ!!>
機敏に動いた灰色の巨大なトカゲが、稲妻のようにヨミに襲いかかった――!
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