第三層…調査開始!


「いや、絶対にやるんだ!」


 今の時間は午後5時。ヨミがダンジョン配信を明日の朝から再開する場合、アサヒがダンジョンを調べることに使える時間は、半日もない。


(急がなきゃ!)


 彼は、ダンジョンに関する情報を、必死にネットで検索し始めた。

 だが、すぐに手が止まってしまう。


 検索結果の上位には、詐欺まがいのダンジョン攻略サイトしか出てこない。

 そして本当に欲しい情報は「現在調査中。」としか書いてなかった。


(くそっ! こんなクソサイトがなんで検索上位に出てくるんだ!)


 腹立たしくなったアサヒは、マウスを「ドン」と机に叩きつける。

 でも、それでは何も解決しないと思い直したのか、息を吐きながらマウスを握り直し、再びパソコンの画面を見つめた。


(考えろ……出来てからそんなに日が経っていない、『釜の淵ダンジョン』の完璧な情報を手に入れるのは無理だ。だけど――)


(僕の目標は、『完全な情報』を手に入れることじゃない。ヨミのダンジョン探索を成功させることだ。)


 アサヒは賢明だった。ネット上に『完全な情報』はない。手に入らないものは仕方がない。だから目標を切り替えることにしたのだ。


 完全な情報を手に入れることは、アサヒにとってゴールではない。本当のゴールは、ヨミを安全にダンジョンの最深部へ送り届けることだ。


 それに関係しない情報は正しくても意味がない。そしてヨミの命の危険に関係する情報は、これが間違っていると致命的なことになる。これを間違えてはいけない。


「まず何の情報が必要か、それを書き出そう」


 アサヒは学校で使うノートを取り出して、そこに今から何の情報をあつめるべきか、それを具体的に書き出すことにした。



 1.釜の淵ダンジョンの敵と強さを調べる。


 2.敵の弱点や、攻略法を調べる。


 3.地図を調べる。


 4.宝の位置や罠の位置は後回し。



「うん……大事なのから順番に書き出すと、こんな感じかな?」


 1.釜の淵ダンジョンの敵と強さを調べる。


 これはアサヒが一番調べないといけない情報で、正確でないといけない。


 どんな敵が出てくるのか、それはヨミに勝てる相手か?

 これが攻略に際し、ダンジョンで最も重要な情報だからだ。


「――敵の名前と種類、強さは最優先で調べよう。次は……」


 2.敵の弱点や、攻略法を調べる。


「これはヨミにもできる内容にする必要があるな」


 先のダンジョン配信では、ヨミは初心者用の剣と盾、そしてたいまつを使っていた。ダンジョン探索者としては、かなり貧弱な装備だ。


「もし、モンスターの攻略法に『魔法』があっても、それは使えない」


 『魔法』とは、ダンジョンがこの世界にあらわれてから、人間が使えるようになった超常の力だ。『魔法』はダンジョンに存在する『グリモア』というトランプに似たカードを読み上げることで、魔法を習得することが出来る。


 ヨミは明らかにダンジョン探索を初めたばかりだった。彼女が魔法を持っているはずが無い。それに、第一層、第二層の宝箱に『グリモア』は無かった。 


「ヨミが使える攻略法は限られている。攻略に魔法が必要なモンスターがいないといいけど……」


 3.地図を調べる。


「地図は不完全でも構わない。行ってはいけないルートが分かるだけで良い」


 ダンジョンの情報で、地図はもっとも重要な情報だ。しかし、地図は作るのに手間がかかるため、ウソや不確かなものが多い。悪質なダンジョン攻略サイトは、こっそり別のダンジョンの地図を掲載していることもあった。


 個人サイトで良いものが見つかれば良いが、もっぱらSNSの断片的な情報をあつめて、つなぎ合わせることになるだろう。


(実際、ヨミの配信で道に対してコメントしたときも、地図の全てが僕の頭に入っていたわけじゃない。ダンジョンの序盤は明るい場所を進めとか、分かれ道があったらシンプルな方が正解とか、そういった経験則で道を教えていたに過ぎない)


 アサヒは『地図を調べる』の後ろに、鉛筆を使って『ヒントや本当に行ってはいけない場所だけでもOK』と書き入れた。


「地図の調査にそこまで時間をかける必要はない。モンスターの危険度と言った、もっと優先度の高い調査をするべきだ」


 4.宝の位置や罠の位置は後回し。


(宝の位置や罠の位置は一番ウソが多い情報だ。愉快犯が最短ルートに罠を書き込んだり、また逆に罠の位置を隠したりする。モンスターがぎっちり詰まっている場所を、宝のある場所だと書き換えることさえ……)


 アサヒが見るダンジョン配信でも、この手の情報は嘘が多かった。

 罠が無いはずの場所に罠があったり、逆に無かったり。


 しかし、ダンジョン探索者の腕前には、こういった情報の真偽を見極める能力も含まれている。つまり、「ダマされる方が悪い」という訳だ。


 この手の情報を夢中になっても調べても、本当かどうか確かめる方法は実際に現地に行って調べるしか方法がない。だからこそ悪党どもはウソを書くのだ。


 それに、この情報はダンジョンに生息する敵の攻略法に比べたら、ダンジョンの攻略にあまり貢献しない。だから後回しにするべきだとアサヒは考えた。


「うん、だいぶ思考が整理されてきた……こんなところかな」


(――釜の淵ダンジョンの完全な情報を手に入れるのは無理だ。だけど、ダンジョンには共通点がある。他のダンジョンの情報をつなぎ合わせることで、攻略の糸口をつかめるはずだ)


 アサヒはノートに書いたメモの通り、まず最初にモンスターの情報から調べ始めることにした。残り時間は半日もない。彼は急がねばならない。


「釜の淵ダンジョンのモンスターについて……っと」


 情報を調べ始めたアサヒは、とあるSNSで第三層には「アイアンリザード」という強力なモンスターが生息しているという情報を見つけた。


 なんでもこのモンスターは鋼のような硬い皮膚と鋭い牙と爪を持ち、物理攻撃にとても強いらしい。


 そして攻略法は、炎や毒といった『物理攻撃以外』の方法が推奨されていた。


「ヨミは盾と剣しかない……さっそく詰み・・じゃないか!!!」


 アサヒは早速、頭を抱える羽目になってしまった。

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