もしや貴方は、伝説の探索者!?
『第一層の奥は、スライム以外にも吸血コウモリやゴブリンが出るぞ!』
『コウモリは空を飛んでるが慌てるな、こっちに来るタイミングで剣を振るんだ』
『ゴブリンは人型の魔物で剣や斧を持っているが、そんなに賢くない。盾で防御して武器を振らせろ。そんでバテるのを待てば、簡単に倒せるぞ!』
アサヒは次々と、彼女にコメントを送った。
ヨミはそんな彼のコメントにきっちり従って動く。
宝箱は取りこぼしなく開け、危険なモンスターと危なげなく戦っていく。
最初はぎこちない動きを見せていたが、アサヒの的確なアドバイスの効果もあって、ヨミはすぐに戦闘が上手くなっていった。
アサヒはそんな彼女の様子を見て、感嘆のため息をあげた。
(――ヨミは可愛いけど、それだけじゃなくて、ダンジョンに対してすごい真剣だよな。僕も彼女みたいになれたらいいのに……)
アサヒは、彼女がひたむきに頑張る姿を見て、自然と拳を握りこんでいた。
「あっ、見てください、階段です! これで一階層目はクリアなんですよね?」
『おう、お疲れ!!』
(わ、本当にクリアしちゃったよ……!)
ヨミはダンジョンの奥で次の階層に向かう階段を見つける。
そして振り返った彼女は、カメラに向かって弾けるような笑顔を見せた。
「コメントしてくれた方、本当にありがとうございます! あなたのおかげで無事に第一層をクリアできました!」
『コメントしてくれた方』と、彼女は言う。
だが、このダンジョン配信にコメントしたのは、アサヒだけだ。
つまり、彼女の感謝は、直接アサヒに向けられている。
(コメントした事でこんなに褒められるなんて!)
彼女の言葉にアサヒは胸が暖かくなって、幸せな気持ちを感じていた。
だがその時、思いがけない質問がヨミから飛んでくる――
「アサヒさん、どうしてこんなにダンジョンのことを詳しく知っているんですか? もしかして、あなたは伝説の探索者、とか?」
(――で、伝説の探索者ぁ?!)
ヨミはコメント欄に載っているアサヒの名前を読み上げて質問する。
彼はそれにあぜんとした。
アサヒは伝説の探索者なんかでは無い。
ただ、ダンジョン配信を見てきた知識を使って、配信にコメントしただけだ。
(えっと、何かコメントを返さなきゃ……でも、伝説の探索者かぁ)
彼が今やろうとしていることは、「
正直に答えるべきだと思った。
しかし、彼はそれができなかった。
(ダンジョンに行ったことがないエアプ野郎だとバレたらどうなる?)
――ドクン。彼の心臓が脈打った。
(きっと、僕は彼女に嫌われる)
(もっと話していたい。もっとヨミと一緒にダンジョンを冒険したい――!)
そんな自分勝手な想いが彼の心を支配して、キーボードを叩かせた。
いや、叩かせてしまった。
「おう、そうだ! 俺は伝説の探索者だ!」
(――ま、まぁ、これくらい大丈夫だよね)
すると、アサヒが送信したコメントに画面の向こうのヨミが反応する。
「え? ほ、本当ですか!? 伝説の探索者さんなんですか!?」
彼女は尊敬の混じった驚きの声を上げる。そして――
「感激です……伝説の探索者さんが私の配信にコメントしてくれるなんて!」
彼女はカメラに向かって、頬を赤らめて続ける。
「あ、あの……これからも私の配信を見てくれますか?」
「もっと、私にダンジョンのことを教えてくれますか?」
彼女はアサヒに向かって、期待のこもった目でそうたずねた。
とても嘘だと言える雰囲気ではない。
(ええい……もうどうにでもなれ!)
「もちろんだ! 俺はこれからもお前の配信を見るぞ! お前がダンジョンの最深部まで行けるように、全力でサポートしてやる!」
アサヒは半分やけっぱちになって、コメントを送信する。
「本当ですか? ありがとうございます! 伝説の探索者さん!」
彼女はカメラに向かって涙ぐんだ笑顔を見せた。
思っても見なかった反応に、アサヒはうろたえる。しかし――
「それじゃあ、さっそく二階層目に行ってみましょう! 伝説の探索者さん、よろしくお願いします!」
彼女はアサヒにうろたえる暇も与えず、先へ進むと言い出した。
(えぇ!! もう行くのぉ!?)
一体どんな体力をしているんだ、そう思って呆れるアサヒだったが、ヨミは元気よく階段を駆け降りていく。
しかし、アサヒは、そんな彼女の姿を見て、嬉しくなっていた。
コメントが彼女に届き、助けになった事はもちろんのこと、自分が必要とされていることが、彼には嬉しかったのだ。
アサヒは、引き続きコメントを送ることにした。
『第二層は、ちと手強くなるぞ。第一層の敵に加えて、ゾンビとスケルトンが出てくるからな!』
『ソンビは人間の死体が動き出したヤツだ。噛み付いてくるから、盾のフチを差し出してやれ。そこに噛みつかせて動きを止めれば、楽に頭を切り落とせる』
『スケルトンは人間のガイコツのモンスターだ。頭を砕いても倒せるが、オススメは腰のあたりの背骨だ。そこをなぎ払えば一発で倒せる』
アサヒは次々とコメントを送る。
ヨミはそんなアサヒのコメントに従って、ダンジョンの魔物と戦った。
最初はスケルトンの見た目を怖がっていたヨミだが、徐々に勇気を出していく、そうなると、スケルトンはまるで彼女の相手にもなっていない様子だった。
「あっ、階段! これで二階層目もクリアですね!」
「アサヒさん、本当にありがとうございます! あなたのおかげで、無事に二階層目をクリアできました!」
「アサヒさんみたいな、伝説の探索者からの教えを受けられるなんて……ちょっとびっくりしちゃいましたけど、本当にすごかったです!」
彼はヨミに褒められてつい嬉しくなったが、同時に罪悪感も感じた。
自分が嘘をついていることを思い出したからだ。
ダンジョンの攻略については、何も嘘は言っていない。
だが、その知識は自分で得たものではなかった。
ダンジョン配信やネットで得た知識をコメントしただけだった。
アサヒは『伝説の探索者』などではない。
彼は嘘をついているという自覚があったし、正直に答えるべきだと思った。
だが、結局本当のことは言えなかった。
「本当にありがとうございます!」
配信を終える前、彼女は何度もアサヒに向かってお礼をした。
嬉しいはずのその言葉が、今は逆に彼の心の重しになっていた。
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