第79話 居安思危、思則有備、有備無患(春秋左氏伝 襄公十一年)②


 近場のダンジョンに入り22時過ぎに現地へ行くと…救急車が通り過ぎ、緊急封鎖が行われていた。

「…大事になっているんだが?」

「あっ!い゛わ゛ざぎざ~~~ん゛っ゛っ゛!!」

 中型のチワワが…失礼。邨瀬が泣きながら駆け寄ってきた。

「うちのアタッカーが2人も入ることなく一振りで!爪で!」

「あー…だから一人が良かったのに、何故相手を刺激したのかなあ…」

「えっ?」

「偵察程度なら彼奴らから6メートル離れたあの場所からで十分だったはずだが?」

「それが、局長の指示で…」

「ああ、じゃあそっちで責任を持って動くって事か…分かった。先方にもそう伝えておくが、一応言っておく。彼女は生きているが、彼女を守っている存在はあと数時間程度しか保たないからな?」

「えっ!?ちょ、待ってくださいよぉ!」

「ああ、岩崎です。大阪陰陽局が責任を持って動くようなのでそちらにお願いしますね。上席の方から上には伝えてください」

『は!?待て待て無理だろ!』

「無理でもなんでも奴等が手を出してきたんですよ。そして局員2名が呪詛の爪で斬られたそうです…

 こうなってしまうとこちらの立てていた作戦は全てご破算。正攻法で祭壇を設けて正面突破する他ないんです。

 更に言えば被害者は彼女を守る何者かによって匿われているようですが、あと数時間で力尽きるので時間との闘いなんですよ」

『それを分かっていて放置すると!?』

「ですから、封鎖を提案したのに勝手に妖怪退治も浄眼も保たない役立たずを投入して相手を怒らせているんだよ。

 公家の傍流と知った途端に自分たちで動き出して虎の尾を踏み抜いたんだから責任取って欲しいんだが?」

『…至急あちらの局長に連絡を入れるから、待っていて欲しい』

「断る。リスクが高くなりすぎだ。この電話が終わり次第今回の依頼人に事の次第を伝える」

『待っ───』

 通話を切り、久我さんへと電話をする。

『はい!久我です!』

 ワンコールで電話を取った辺り余程心配だったのだろうが…申し訳ない。

「岩崎です。本日夕方に京都入りして確認をしたところ高松瑞葵さんは件の場所で生存しているのが確認出来ました。が、大阪陰陽局が責任を持って処理するとのことですので」

『えっ!?どうしてですか!?あんなに無視したのに…』

「彼女の実家及び本家のことを今更知ったのでしょうね」

『…』

「更にこちらは一時的な封鎖をお願いしたのに相手を怒らせ、警戒させた結果負傷者を出していますが、大阪局の方で本格対応ですので」

『…手に負えないとすげなく断った大阪局は、家柄で助けるかどうか判断すると?』

「どうもそのようですよ?俺がここに来てこの目でそこにあることを確認したら慌ててきましたし、被害者の家系のことを伝えたらこうして横から分捕っているわけですから」

『……すぐに、高野家に連絡致します。岩崎さんはもう暫くそちらに?』

「ちょっと夜食を食べるためにすぐそこの鴨川近くの牛丼チェーン店に行こうかと」

 俺の口から牛丼チェーン店という言葉が出たのがおかしかったのか彼女は小さく吹き出すと『直ぐに掛け直します』と言い通話を切った。


 邨瀬チワワがこっちを見ているが、俺のスルースキルをどうにか出来るほどの力量はない。あと何かちょっとした気配が結構な早さでこちらへ向かっているので…俺は食事に行くとしよう。



 牛丼を食べていると小型化どころか全長10センチ程度の半透明なうちの獅子が俺の指にじゃれついてきたので肉を与える。

「…肉はお気に召さないのか…いやお前それでも獅子か?」

 なんてことを言いながら食事をしていると久我さんから電話が掛かってきた。

 あちらの親御さん達と共に現場に着いたとの連絡だったので俺も現場へと向かう。

 現場に着くと…ちょっと修羅場になっていた。

 久我さんとナイスミドルなおっさんが3人。そのおっさん達が邨瀬とスーツ姿の女性をガン詰めしていた。

「ですから何度も申し上げたとおりこの亀裂は先程漸く分かったのです!そしてこれは手に負える相手ではないのです!」

「先程分かったのに何故その前に手に負えないと言ったのかね?それは調査していないという事に他ならないではないか!」

「それは調査員が特殊技能を持っているか否かであって…」

「外部に依頼した者が直ぐに見付けられるのに国の機関が見付けきれないというのか!?しかも相手はすぐに見付けたのだぞ!?」

「まあまあ…高野さん、この方々は我々ををだいぶ侮っているのでしょう。旧態依然の愚物とね…ではその愚物が名によって其方等大阪局全員に掛けてあった我等が社の加護を剥奪し、支援を行っていた全ての事業は明日以降手を引かせよう」

「は…?」

「中務省からのたっての頼みでこの地の守りの一部を貴方達に付与していたが…恩を仇で返すような輩にはこの都を守る価値はない」

 おお、二人から力が失われた。

「高野さんも高野さんです。すぐに私達に言ってくだされば良かったのに、娘さんの縁談については互いにもう終わった話という事で決着がついているのに…」

 あっ、これ話長くなるやつだ。

 隠形で消していた気配を戻すと全員が俺に気付いたようにこちらを見た。

「岩崎さん!」

 久我さんがこちらに駆けてきた。

「現状どうなっていますか?」

「えっと、お父さんと、高野の叔父さんと叔父さんのところの本家の方が一緒に来て確認をですね…それよりも!瑞葵姉さんは!」

「耳を澄ませれば分かると思いますが、微かに鈴の音が聞こえますか?」

 だいぶ弱々しくなっているが、鈴の音は未だ鳴っている。

「あれは入定の鈴。恐らく仏教関係の縁者の霊が彼女を守っているんでしょうが…この音が消えた時が彼女の最期と思ってほしい」

「瑞葵が生きていると何故、そう言い切れる?」

 中年男性が睨み付けるように俺を見てそう問いただす。

「調べたからだ。こいつで」

 俺の肩に透明化して乗っていたミニミニ獅子を摘まんで見せる。

「えっ?」

「コイツにカメラを持たせてそっと潜入させてきた。因みに証拠映像もある」

『はああああっっ!?』

 深夜の町中に6名の大声が響いた。



 その後直ぐに辰巳上席から電話があり陰陽局ではなく中務省としての依頼を出すと言われたが、その前にと現状を伝えると絶句していた。

『…どうして、そんな大事に…直ぐに局長に報告し鴻池局長の処分についてかなり厳しい沙汰が下されるかと思います』

「沙汰って…査問会とか処罰ではなく?」

『局員に対し甚大な被害を招く行為を行った場合に関して中務省は特別法によって裁くことが出来ます。言わば軍法会議ですね』

「そういったのはそちらでご自由に。こちらとしては邪魔されてしまい助けようにも正攻法か殲滅しなければならない状態なんだが」

『殲滅って…何がどれ位いるんですか?』

「火前坊、死鬼、悪鬼、頼豪鼠、土蜘蛛が無数にいる」

『…そんな妖怪が外に出たら…』

「京都は壊滅するだろうな。恐らく結界の外には出られないから、中に居る人間を喰らい尽くすだろうよ」

 特に土蜘蛛は殲滅部隊でも勝てるか怪しい。

『…何とか出来ませんか?』

「予定では使い魔を使って潜入後一気に被害者を救出、そして亀裂を塞いで封印をする…予定だったんだが、よりにもよって死鬼の呪いを術者が受けたせいで亀裂がだいぶ開いている挙げ句連中が興奮して亀裂の前に集まっているから使い魔を中に入れられない。そして大技を放つと中の人間に当たる」

『手詰まりじゃないですか!』

「だから最悪祭壇を設けて大随求菩薩をお呼びし、強制浄化してもらうのが最も安全な方法だ」

『…本当は他にあるでしょ…』

「あってもやらん100%の安全が確保できん」

 通話を切りクラック手前に立ち、祭壇を築く。

 中から鬼が手を伸ばすが、祭壇に触れることは出来ない。


「oṃ bhara bhara sambhara sambhara indriya-viśuddhane hūṃ hūṃ ruru cale svāhā」

 そう唱えながら周辺に結界を張る。

「oṃ bhara bhara sambhara sambhara indriya-viśuddhane hūṃ hūṃ ruru cale svāhā」

 2度唱え、周囲に聖水晶片をばら撒く。

「なっ!?」

 周りが俺の行動にギョッとするが無視してなおも真言を唱える。

「oṃ bhara bhara sambhara sambhara indriya-viśuddhane hūṃ hūṃ ruru cale svāhā」

 聖水結晶片をばら撒きながら8度唱えた辺りで結界内の空気が一変した。


 ───救いを求める者は何方ですか?───


 声が、響き渡った。

 俺は真言を唱え続けながら前方のクラックへ手を差し出す。


 ───浄化を。清浄よあれ、清浄よあれ、浄罪の光焔により邪悪を浄化せよ───


 その言葉と共にクラックの中とその内側が光り輝き、直後クラックは消滅。女性と十数人の骸骨が歩道に残された。


 ───冥府を往来し、鬼を飼い、神仏と縁を結ぶ者よ、精進を怠る事なかれ───


「仏道に限らず修行という意味ならば言われずとも」

 俺の言葉と共に周辺にばら撒いていた聖水晶片が一斉に粉状に砕け散り、その気配は消えた。

 妖魔が幾つかよさげな物を落としたのは即座に回収したが…聖水結晶片の消費がかなりキツいぞ…まあ、良いタイミングだ。

「…後はそちらにお任せしても?」

「ええ。こちらで被害者の身元の洗い出しを行います」

『!?』

 俺以外の全員がビクリと声のした方を見る。

 以前取引をしたとある組織の次期当主、若菜がそこに立っていた。

 そして全員がそこに目をやっている間に回収班が手早く遺骨を片付け始めた。

 まあ、俺もその隙に祭壇等は片付けたが。

「「あっ!ちょ…」」

 大阪局の2人が慌てて止めようとしているが、スルリと割り込んできた制服警官3人が行く手を遮る。

 更にタイミング良く救急車が到着し、倒れている2人を救急隊が運ぶ。

「!、家族です!」

 高野父が慌てて救急隊員に声を掛け、そのまま乗り込んでしまった。

「事件は解決した。依頼は個人から本省に移ったので交通費云々も不要だ。ではな」

「えっ!?岩崎さん!?」

 俺はバイクを出してそれに乗り、その場を離れた。

 君の後ろで俺をロックオンしているおっさん2人が面倒くさいから…

 土産は事前に買ってあるし、もうそのまま帰ろう…色々疲れた。


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