第75話 俺らの七日間駆除①


 俺が帰りがてらにやったこと。

 それは、落とし物をサンタクロースの如くそっとお返しすることだった。

 勿論。危険のないように鋼鉄ワイヤーには布を巻き付けたし、爆弾に関しては別の場所に置いてある。

 クリスマスからだいぶ過ぎたが…喜んでもらえるとありがたいな。



 某国大使館で早朝に爆弾騒ぎがあった。

 ただしそれは爆弾ではなくガス爆発として対処されたが、それが恐怖の始まりになるとはその時は首に傷を負った大使以外は誰も思わなかった。



 1日目


 まずはスパイ御用達の飲食店に来店した。

 というよりも、そのビルまるごとその国の関係組織のものなんだが…

 神父の格好をし、顔に関してはちょっとした手品を使って別の物に変えている。

「麻婆豆腐を」

「ハイよ!「ああ、魂が救済されると感じるほどの辛さで頼む」…ぉお?お客サン?」

 困惑する店員に対してアルカイックスマイルを見せ、

「魂が救済されると感じるほどの辛さで頼む。無論、人が死の危険を感じるレベルという意味だ」

 そう答えた。


 10分後、厨房より悲鳴が聞こえた。

 20分後、厨房より再び悲鳴が聞こえた。

 そして漸く赤黒い麻婆豆腐が出される。

 店員はゴーグルを着け、口にはタオルを巻いて危険物を運ぶかのようにそれを持ってきた。

「お、客サン…どうゾこrゲッホゴホゲボッっ!?」

 どうやら湯気を吸い込み、咽せたようだ。

 物はテーブルの上に置いたあとなので構わないが…

「では、戴くとしよう」

 俺はレンゲを手に取りまずは一口。

「…ふむ。この程度か」

「ひぃぃっ!?」

 悲鳴は店員ではなく厨房から上がった。

「店員よ。この程度では私の知る麻婆豆腐には到底及ばないのだが…もっと、魂が震えるような、生を実感する辛さを所望する。おかわりだ」

「おおおお客サン!?これ以上は!」

「辛さは別としても本場の味と謳っておきながらこの程度とは…やはり紛い物か。香も足りない…陳氏に申し訳が立たないと思うんだがな」

 ため息をつきながら5千円札を伝票にはさんで席を立とうとすると、

「っ、お待ちくださいっ!それはどういう…」

 奥から店主と思しき男が飛び出してきた。

「これを本場と呼んで欲しくはないと言うことだ。どれだけ辛くしても八大要素は必ず感じられるのが本物だというのに、これでは…」

 ゆるゆると首を左右に振り席を立つ。

「だったらお客サン作って見せてよ!」

 たまらず店員がそう叫んだ。

「構わないが、後悔するぞ?」

 それだけ言い、俺は厨房へと向かった。


 そこにあった具材と花椒をふんだんに使った先程とは比べものにならない辛さの麻婆豆腐を2人前程作り上げ、テーブルに持っていく。

 作っている時点で店主が絶望した顔をしていたが無視しておいた。

「さあ、出来上がったぞ」

「「………」」

 顔面蒼白の店主と店員。

 そして俺の後ろには何故か嘔吐いている他の料理人2名がいた。

「「……」」

 ガタガタ震えながらも2人はレンゲを手に取り浅く掬って一口食べた。

「「!!??」」

 食べた瞬間に固まり、涙と鼻水を流しながら狂ったように出された麻婆豆腐を掻き込み始める。

「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛お゛ぅっ……」」

 途中咽せながらも止まらない2人。

「紛い物と言った理由が分かっただろう?」

 その問いにコクコクコクと何度も頷きながら2人は頬張る。

「では失礼する。精進したまえ」

 言い残して俺はその店を後にした。

 ───その数分後にそのビルの2階から1人の探索者の遺体が見つかり騒ぎとなり、騒然となった。

 同時に、何故か立ち上がっていたパソコンに「故郷に帰りたい」と打ち込まれていたことで混乱に拍車が掛かった。



 昼過ぎ、その店から徒歩10分ほどの住宅街で怒声と発砲音がし、直後にパトカーが現地に到着してかなりの騒ぎとなった。

 現場には性的暴行を負いそうになっていた女性と傷だらけになりながらもそれを守った男性が助け出され、暴行したと思しき外国籍の男性3名が現行犯逮捕された。

 他にも薬物や何故かそこにあった外交上問題となりそうな書類が押収され、外事警察が騒がしく動き出すこととなる。


 深夜、某国大使館入口で一人の男がフラフラと歩道を歩いていた。

 警備していた警察官が呼び止めると同時に男はその場にグシャリと崩れ、警察官が慌てて救急車を呼び、辺りは騒然となる中、大使館から確認のために出て来た男が運ばれていく男を見て大使館へと駆け戻った。

 病院にて男の死亡が確認され、死後数時間は経過していると分かり騒ぎになると同時に所持品から禁止武器や某国の指示書、そしてチーム全員の家族の情報とそれらの安全を確保する旨の大使直筆のサインが入った誓約書が出て来た。

 病院側は流石にこれを無視することは出来ずすぐに警察を───というところで公安警察が病院へ駆け込んで来、その数分後に某国大使館職員が大勢駆け込んできた。

 遺体の身元はその国である事の証明はなされ引き取るとのことだったが、出て来たものに関しては知らぬ存ぜぬの一点張りだった。



『───とまあ、こういう状態なんですが』

『最初のものだけ詳細だな!?しかしそれらの意味が分からないんだが』

『嫌がらせと時間稼ぎです。あと、本場本場と言っておきながら店長…いや料理長は北京のホテルで修行したプライドだけは高い奴だったので…暫くは仕事にならないでしょうね』

 翌日早朝から基地の中に入り込み、ブリーフィングルームで以前大学で会った大佐と(一方的な)談笑をしている。

『まったく…重要情報があると聞いたんだが?』

『ああ、これですよ』

 俺はダンジョンで手に入れたドッグタグをテーブルの上に置く。

『───これが、どうした?』

『俺を襲い、何故か棒立ちのままモンスターに喰われて死んでいった奴等が持っていたんですが、情報屋を使って調べたら全員日本で行方不明になっているらしいのですよね』

『!?』

 大佐は慌ててタグを確認し、所属の部分を見て唸る。

 どうやらタグは一応本物と考えているようだ。

『そちらは、2カ国合同で俺を殺そうとしているのか?』

『そんな事はしていない!』

 ダンッとテーブルを叩き抗議する大佐に俺は軽く息を吐く。

『貴方ここまで馬鹿みたいな使い潰し方をするはずはない…しかし』

 言葉を切り大佐を見る。

『少し待っていて欲しい。今確認させる』

 ドッグタグを持って大佐がブリーフィングルームから出て行った。


 7分後、大佐が秘書官を伴って入ってきた。

 その顔は沈痛の面持ちだったが、同時に目には怒りが込められていた。

『全員の身元が確認できた…この3ヶ月の間に全員が何故か退役となっている…本国の指示でな。しかし帰国指示もなにも出ていない』

『成る程。つまりは死兵として切り離したと』

『そんな事は!…しかし、うむ…』

 激昂しかけ、苦々しい顔で唸る。

 一部の馬鹿が暴走した可能性…いや、無いだろうな。

 どれだけの金を積まれても今の合衆国は兵士不足だ。軍部としては消耗品でもリサイクルできるよう気を使っている。

 西海岸の悪夢は彼等にとっては絶対に忘れられないだろうしな。

『もしかすると一部の売国奴が任務と称していらない事をしているかも知れないな…潜入任務等の』

『!?』

 1人は特殊部隊員だったらしいからな。軍としては何万ドルの損失と考えていることやら…それを理解出来ていないとしたら純粋な制服組か、議員。

『この国で諜報ごっこは止めて欲しいんですけどね…ほぼ全て筒抜けなのに』

『なにっ!?』

 ギョッとした顔で大佐がこちらを見る。

 日本にいる合衆国諜報員及び潜在諜報員のリスト。

 そしてその中で某国との二重スパイとなっている者のリストと証拠写真をテーブルの上に放る。

 併せて430万円。安い!…いやマジで安いぞ。

 価格の理由を聞いたら数は多いがほぼ管理されているからチェックが楽との事だった。対諜報部隊よ。お前は今泣いていい。泣いて、いいんだ!

『俺を表に引き摺り出そうとしたり裏から手を回しても…全て根絶やしにするか別の場所で大火を起こし無かったことにするだけですから。そちらが結構良くやる手ですよね?』

『……至急、確認する』

 リストを捲り眉間にしわを寄せる大佐には申し訳ないが、更に追い打ちを掛ける。

『今はあちらの国に対して地味な嫌がらせをしながら拠点を潰して回っていますが…それが終わるまでにお願いします。終わり次第場合によってはどこぞの組織のように両国相手に神前にて戦争宣言致しますので』

『正気か!?』

『俺自身核の2、3発なら結界で耐えられますし、多少無理をしますが召喚術を使えば異世界のドラゴンを召喚したりあちらの兵を呼ぶ事も可能ですので…大儀がこちらにある場合は全力で潰しに掛かる。

 理不尽には理不尽を…それだけですよ?人質を取った場合はまず間違いなく国民全員生きていることを後悔させるレベルの地獄を見せますが』

『───それが出来ると?』

 真剣な表情と言うよりも睨むように俺を見つめ、大佐は覚悟を決めて問うた。

 幾ら強いと言っても所詮は個人。1人が国を滅ぼすなんて愚かなことはできるはずもない…そう思っているのだろう。

 数ヶ月前までなら都市一つ一つ陥落させるしかなかったが、今は違う。

『異世界のドラゴンをご覧に入れましょうか?大統領官邸上空に今すぐ召喚しますよ?少なくとも全ての核を撃っても無意味な程度には強い奴ですから…ハッタリかどうか…本国が判定しますよね?』

 俺の周囲に三色の魔方陣が浮かび上がる。

 途端に部屋中が、その空間が軋みをあげ、パンッ、パンッと壁や天井が弾ける。

 建物内にサイレンがけたたましく鳴り響くがこちらに来たり逃げる足音は聞こえなかった。

 大佐の横に居た秘書官は一瞬で気を失い後ろに倒れ、大佐は辛うじて耐えたものの顔面蒼白となっていた。

『座標固定。大統領官邸上空80メートル。隷属せし白竜に告ぐ。陣より外へ出た後、眼下の一切を───』

『っ!待て!待ってくれ!分かった!我々は君に対して何も!何も敵意を持ってはいない!挑発するような発言をした非はこちらにある!済まなかったっ!』

 必死にそう叫ぶ大佐の声を聞き術式を中断する。

 サイレンは鳴り止まないものの、室外から複数の人が走る音が微かに聞こえた。

『…そうですか。出来るかと問われたのでご覧に入れたかったのですが残念です。今は退いておきます。

 ああ、恐らく今官邸に電話をしたら大騒ぎだと思いますよ?上空に現れた魔方陣の圧で官邸は直下型地震を受けたような状態になっていると思いますので』

『……は?』

『ここの比ではないくらいの被害が出ているはずですよ。いやぁ…もし止めていなければ真珠湾の如くこちらが悪人と言われたんでしょうね』

 わざとらしく笑う俺に大佐は口を半開きにしたまま固まっていた。

 ガシャンと天板が外れテーブルに当たる。

 その音で秘書官が目を覚ましたのか飛び起きて銃を構えた。

「その反応は気を失う前にやって欲しかったんだがな…まあ無駄だが」

 わざと日本語で言い、殺気を籠めて秘書官を睨む。

『ぐっ、ぅ…』

『ほら、撃ってみろよ。対探索者用徹甲弾の入った銃だろ?軍の一斉射撃にもスナイプに耐えられる障壁を貫通できるならな。そしてそれを撃てば同時にお前達からの宣戦布告にもなる…更にその時がお前の死亡時間だ』

 まあ、その秘書官は指1本たりとも動かせないが。

 殺気が物理的に心臓を握っている状態だし。

『スティーブ!お前、自国を焦土と化したいのか!?』

 大佐が銃を奪い取り、秘書官を殴りつけた。

『まあ、混乱していたんでしょう』

 ニッコリと笑って見せた俺に大佐は顔を引きつらせながら小さく何度も頷いた。

『では、そちらはそちらで確認お願いします。こちらは売られた喧嘩の利子代わりの嫌がらせをしてきますので…では、失礼します』

 席を立ち扉の前で一礼してその場を後にした。


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