第73話 故旧無大故、則不棄也 (論語 徴子篇 10)


「結羽人くん。突然の訪問、済まない…お金を貸してくれないか?」

 突然訪ねてきた父の友人、真沼庄吾まぬましょうごの第一声に俺は何事かと顔をしかめた。


 とりあえず応接室に通し、座らせる。

 ヨレヨレのジャケットに整えられていない髪型、不健康そうな顔色…ここまで変わるものかと少し過去を思い返す。

 この男を最後に見たのはアレ父親が失踪してから2ヶ月経った頃だった。

 悪人では無い。優柔不断で同じ位流され体質のアレに振り回されていた人だったというだけ。

 まあ、どちらかというと被害者側の人間だ。

 毒親…失礼。母親も失踪した後、彼はその母親から捨てられた。

 愛人関係などでは無く、ご主人様と下僕の関係だった。

 肉体関係は100%ない。

 あの母親はガチで父親以外の存在に触れられるのを拒むような奴だ。

 唯一の例外が友紀だったが、それでも代用品以下の扱いだ。

 そんなご主人様に捨てられトボトボとこちらに来たわけだが…戻って来たこの男を俺はすぐさま兄へと突き出した。

 と言うのも、真沼(兄)は岩崎家と距離を取っていた存在であり、何度も苦言を呈していた。

 俺らのことについても育児放棄だと再三申し入れを行い、分断工作を行っていた人物で、俺が裏工作でお世話になった人物の一人でもある。

 そんな真沼(兄)からの頼みが「弟が来たら捕まえて連絡をくれ」だった。

 あちらも色々と家庭の事情があって弟を捕まえていなければならない状態だっただけに、フラリといなくなった時にはこちらに怒鳴り込んで来るほど切羽詰まっていたらしい。

 まあ、まさか親がいなくなったどころか母親が貯めていた養育費を持ち逃げしたと言う事実を知って膝から崩れ落ち「この子らが何をしたと言うんだっ!?」と叫ぶほど善人ではある。

 兄の真沼庄一は司法書士を営んでおり、弟の庄吾が代々の家業を継いでいた。

 だがその弟が意志薄弱なため兄が常に監視をしていなければならない…らしい。

 どうやら家系の問題で代々次男が家業を継がなければならないらしく、それを破ると災いが降り注ぐという話を彼の兄から聞いた。

 この人に久しぶりに会って分かった。

「───成る程。貴方は家業を兄に押しつけて逃げましたね?」

「…ぇ?」

 息を呑むが聞こえた。

「家系の呪い…契約ですか。そのため貴方以外の全員が死にかけている。その貴方は何をしに来たのですか?」

 俺が彼を見ると怯えたような顔をし、キョロキョロと視線を彷徨わせる。

「えっ?あっ、あの…お金を…」

「幾らですか?」

「えっと、400、いえ300万程貸して戴ければ…」

「本当にその金額で問題は無いのですか?」

「えっ、あの…でも、一千万円なんて、すぐには無理で…」

 ため息が出る。

「貴方のお兄さんと一緒に話をしましょう。お金は用意しておきます」

「…えっ!?」

「貴方のお兄さんを呼んできてください。そして一緒に話をしましょう。お金などは用意しておきますので」

 俺は言葉を付け足して伝えると彼は漸く意味を理解したのか何も言わず急いで応接室を飛び出していった。

「…ハァ」

 俺はため息をつき小さなジュラルミンケースを取り出す。

 帯封がちょうど10束入る程度のそのケースに念のためにと持っている現金の一部をぶち込み、ちょうど一千万円にして封をする。

 全部帯封なので間違いようは無いが…念のためだ。

 20分と経たずに兄を伴って再びやってきた。

 ただ、庄吾の方は左の頬を腫らしていたが。

 久しぶりに会った真沼兄は昔の面影が殆ど無くなっていた。

 高身長で少し神経質そうな雰囲気はあるものの体格の確りした男性だった。

 しかし現在、痩せこけて生気の欠片も無い様子に唖然とする。

「…久しぶりだね」

「お久しぶりです庄一さん。お体の具合でも?」

「ああ。コイツがまた1年ほど行方を眩ましてしまってね…おかげで家業は悲惨な状態で、私もご覧の通りだよ」

 笑ってはいるが、声は小さい。

「家の仕来り、なんてモノは非科学的だと思ってたんだが…ダンジョンなんてものが現れても、それはそれと、ね」

 真沼兄は力なく笑う。

 その体は明らかに呪詛まみれだった。

 一つ一つは弱い呪詛だが、それらは全て弟の庄吾の後ろに居る歪なナニカから絡みついている。

「…家業は次男が継がなければならない。その理由を何故か先代、先々代から聞きましたか?」

「いや。ただ、長男は何故か短命だからとしか」

「座敷童というのはご存じですか?」

「えっ?ああ。話程度だが…家に繁栄を招く妖怪、だったかな」

「数代前の家長が旅の法師に依頼して病弱だった長男を生け贄に疑似座敷童を作り上げた…そう言ったら信じますか?」

「「えっ?」」

「ルールは簡単。次男が継げばソレは次男に取り憑き、長男の命運を少しずつ吸い上げて取り憑いている者の運気に転ずる…

 ただし、長男が家業を行えば全てが反転すると…家業は急速に悪化し、一族の命運を喰らう…へぇ、旅の法師の家系はその一部を頂戴して悠々自適の生活ねぇ…」

「結羽人くん。何を、言っているのかね?」

 僅かな怯えを見せながら真沼兄は俺に問うてくる。

「ああ、ただの独り言です。お気になさらず」

 記録として残すための独り言だが。

「いや、しかし…」

 ドンッと一千万円の入ったケースをテーブルの上に置き、一度ロックを解除する。

「一千万円はこちらに。ただ、今のままでは同じ事を繰り返しますよ?」

「「………」」

 兄弟揃って俯く。

「その疑似座敷童、浄化させても良いですか?」

 2人が同時に俺の方を見る。

「今後家業に関しては過去のような不思議な幸運は無く自身の才覚でのみ。その代わり今の不思議なまでの不運や体調不良などは無くなります」

「……結羽人くん。君は…」

「一応大学生の傍らでこういう事をしています」

 中務省で仕事をする際の名刺を渡す。

 一応中務省に電話があった際には辰巳上席へと直通で届く程度の公認偽名刺だ。

 公認の偽名刺という時点で偽者では無いとは思うが…それでも一般人からすれば公的機関というのは一定以上の効力はある。

 名刺を見た2人は名刺をマジマジと見た後、俺を見る。

「まずはこちらを」

 誓文による借用書をテーブルの上に置く。

「返済に関しては今後10年内ということで構いませんか?」

「あっ、ああ…」

 真沼兄弟は少し怯えた様子で借用書を確認し、小さく唸りながらも頷き署名した。

「念のため中を確認してください。金額があっているのかを───」

「こちらのスキルでそれは確認できているから問題は無い」

 真沼兄はそう言って頷く。

「それで、どうしますか?庄吾さんに憑いているのを浄化しきれば連鎖的に家にいる

 奴も呪詛を掛けた相手に返りますが」

「呪詛なのか!?」

「契約を装った呪詛、呪詛による契約…どちらとも言えます。現在進行形で庄一さんの体は蝕まれていますので…臓器数カ所がだいぶ弱っているようで。

 現状の進行状況から余命半年から8ヶ月ですね」

 真沼兄がジッと俺を見る。

「…医者からは保って半年と言われた」

「兄さんっ!?」

 悲鳴をあげる真沼弟。

「俺が死ぬ前に妻と離婚すればこの呪いは」

「子どもにも行きますし、この呪い自体一族に影響を与えているので無理ですね。幸いと言いますか、本物の座敷童を模倣した代物なのと元となった長男が善良過ぎたために反動はありません。

 加速度的に没落するとか不運が…なんて事はありません。純粋に生命力を多少の幸運に変換し半分を次男へと渡す代物のようなので」

 本当に気分の悪くなるような呪詛だ。

 それが契約として成立し掛けているのが更に腹立たしい。

 依代となった初めの長男が抵抗していなければ契約は成立していただろう。

 そうなればこちらも相応の代償を払う必要が出てくる可能性があったわけだが…

「…お願いします。この呪いを、解いてください」

 真沼弟がそう言って頭を下げた。

「分かりました。今回だけは無償で行いましょう…まあ、この程度であれば儀式法も式場術も必要ないか…」

 ここは俺の城の中。場を作る必要が無い。

「ただ、この事は絶対に他言無用でお願いしますよ?」

 一応の念押しをすると2人とも頷いた。

 仕掛けた法師一族と本当の依頼を行った一派よ。運が悪かったな?

 ストレージから笏を取りだしテーブルを叩く。

 バシンバシンと音が響くと同時に界が反転した。

「契約は不履行の状態であるにもかかわらず仮の依頼者が無知であることを良いことにそのまま履行している状況に対し異議申し立てを行う。この事変成王が審議官として審議する故異議があるのなら即座にこの場へと現れよ」

 声を張り上げそう言うと俺の背後に例の刺股から獄卒達が現れた。

「「ひっっ!?」」

 ガタガタと怯える2人を無視し暫くすると真沼弟に憑いていたそれが見て分かるレベルでガクガクと震えながらテーブルの上に降り立った。

『───恐れながら』

「発言には責任を持てよ?嘘偽りは全て看破され、貴様の後ろに居る先祖、当時の依頼者の一族含め罪が更に重くなる可能性があることを忘れるな。

 それと…神眼の前には如何なる虚偽も許さんぞ?」

『ぅうっ!?』

「依代となった庄吉は法師に対して「自分の身を差し出せばこの家を守れるのか」と聞き、法師は「無論だ」と答えた。

 更に庄吉は「この身命はこの家のために使うこと以外認めない」と言い法師は「うむ」と頷いたと記録されている。

 にもかかわらず術式は依代へ他者の生命力を移した後転換させその半数を余所へと与えているのはどういう事だ?」

『それは…それは恐らく法師の手違いにございます!』

「ほう?」

 何処からともなく声がした。

「嘉永元年の契約は手違いだったと?それは儂の裁判に異議申し立てをするという意味で…良いな?」

 獄卒達が左右に分かれ、冥府の扉が開く。

「閻魔王。何かありましたか?」

「いや何、廣瀬を借りようと思って声を掛けに来たら…我が判決に不服申し立てをしている輩がいるようでな」

「…はぁ。結界を強化し耐えられるようにしてありますのでどうぞ」

『!!??』

 それは声にならない悲鳴をあげ、逃げようとするが逃げられるはずもない。

 30センチ大の小坊主姿のそれをガシリと掴んだ閻魔王はこちらを見る。

「で?本来はどうするつもりだった?」

「いえ普通にこの目で見た事との擦り合わせをしながら契約不備と詐欺を前面に押して最終的にその法師一族と真沼一族の力を吸い上げるよう依頼した本来の依頼者及びその一族への呪詛返しをと」

「それを許すと思うか?馬鹿者が」

 閻魔王はこちらを睨み付ける。

「それが生憎と出来てしまうのですよ。この外法自体も何カ所か間違いと情報漏洩がありましてね」

「何?…これは正しく外法だな。しかも命運を操作しつつも祟る…この国の呪法ではないな」

「こちらが解析結果です」

 笏を閻魔王へと渡す。

「……………認めよう。現世介入は禁止されておるがこの問題は捨て置けぬ」

「ああ、こういった手合いは他の管轄の神々にも共有が必要なので。技術が廃れているはずの時代に術者の技量が拙いのにこれほどの術式が行使できたのかも調べなければいけないので」

「ぐっ!?…分かった。ではコイツをそのまま裁くとしよう」

『~~~!!』

 小坊主は声にならない悲鳴をあげるが、まあ、手遅れだ。諦めろ。

「廣瀬氏はすぐに向かわせますので」

「頼んだぞ」

 飛び込み参加の特別ゲストがキツ過ぎる件について。

 上位権限で契約無効化されている挙げ句全方位に返されている。

 これは…

 もの凄い勢いで正の気が2人へと流れ込んでいる。

「貸したその金は必要ないかも知れませんね」

 プラスに転じたその力は活力を取り戻し、一族全体に一時的にでも良い力を与えることだろう。

 あっ…笏返してもらってない。

 廣瀬氏経由で返してもらおう。アレはなかなか貴重品だから…



 4日後、某県にある山間の村で大規模な火災が起き、村そのものが消失。数十名もの人間が焼死するという痛ましい事故が起きた。

 そしてその集落の麓にあった村のおよそ半数が原因不明の病を発症し、現在入院中とのことだった。


 不履行による逆流が終わればリセットされるが…胸糞が悪い。

 そして何よりも…

「あのぅ…こちらに来れば呪いや悪霊憑きを祓ってもらえると…」

「そんな事実はありません。お帰りください」

「えっ!?いえあのっ!真沼様から…」

「恩を仇で返すような方々と当方は一切関係ありません」

 それだけ伝え門扉を閉める。

 約束事を破るような奴とは関わりたくない。

 出来る事なら今後一切真沼家とは関わりたくないものだ。




 ───故旧無大故、則不棄也───


 昔なじみの者は重大な過失がない限り見捨ててはならない。


 旧友、旧知の仲の人とは付き合いが離れていても(裏切りや殺傷害行為などこちらが害されるような)余程のことが無い限りは見捨ててはならない。


 カッコの中は個人的な考えですけど。

 家族等が害されるような事、もしくは明確に悪意のある裏切り行為。悪意が無くても少し考えれば分かるレベルの重大な損害行為等は余程だと思うんですよ。

 兄者はそこら辺の判定がかなり厳しそうだ…いや、ガバガバかな?


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