第72話 不貪便宜不上当(俚諺)


 四国遠征から半月。


 HAHAHA

 そんな事より聞いてくれよ1よ。

 現在進行形で詐欺のとばっちりを受けているんだが。

 霊感商法の連絡先がうちの会社になっている件について。

 一応各方面に連絡を入れて無関係だと宣言。面倒なので全員有給にして当分店を閉めようかなと思っていたらそれを察した方々から

「頼むからまた店を閉めるのは止めてくれ!」

 と泣きつかれたのと社員の

「そのままで大丈夫ですよ」

 という言葉に一応そのまま店を開けてはいるが…

 1日2~30件の身に覚えのないクレームにちょっと心がささくれ立っているのは分かる。

 電話応対の際に得た情報だと全員がネットでやりとりをしていたらしい。

 内容は様々で、神のご加護で家内安全商売繁盛を約束するものや、悪霊を寄せ付けないお札の販売、相手を呪い殺せる呪符の販売等々…一人では到底不可能なレベルの内容だった。

 売るまでは普通に対応等していたらしいからな…

「こちらとしても迷惑ですからね…詐欺案件なので早く警察が引き取って欲しいのですが」

 保科のため息交じりの言葉に俺も頷く。

「警察には話をしているし、業務妨害含め被害届は提出している。更に上の方から圧も掛かっているらしいぞ」

 このままだとここを閉める可能性もあるだけに関係各所必死だ。

 ただ、残念なことにネット関連の犯罪というのはそうそう捕まえることが出来ないと言う状況だ。

「中には本当に切羽詰まった状態でお札を買ってしまった方もいるのが…」

「今のところ7~8件だろ?そう言った人に対しては陰陽尞…陰陽局が即日対応しているからなぁ…本当に何処までも迷惑を掛けている」

 こちらとしてもそれ以上動くのは道理に反する。

「怨恨、でしょうか…」

「ここに対する怨恨って、何があるんだ?」

「分かりませんが、人の怨みは様々ですから…商売敵とかでしょうか?」

「むしろその商売敵から頼むから店を開けてくれと泣きつかれているんだが?」

「えっ?」

 実は程度は違うが呪符や呪具、道具を扱う店というのは他にもある。

 どれも裏での繋がりがある所だが、ここが表に出ているおかげで自由に動くことが出来るというだけにあちらのサポートも結構入っている。

「商売敵の所というのは表に出るのは控えたい老舗や個人なので表に晒されると色々マズイ。

 ここのようなオカルトグッズショップを隠れ蓑にした堂々とグレーを宣言した店はあちらさん方にとってはとても助かるらしい」

「…もしかして、同業他社も結構買いに来ている、とか…」

「ああ。護符系を買って解析をしたり数段落ちるが汎用性のあるものを作って売っているぞ」

「思いっきり商売敵じゃないですか!」

「うちらの護符や呪符は瞬殺だろ?その品切れクレームを緩和してくれているのがその商売敵なんだよ」

「それはそうですけど…」

 保科はこの店のことを必死に考えているからだろう。

「俺としてはありがたいことだから許可を求めてきた相手には普通に許可を出しているぞ?」

「えっ!?」

「そうでなければ問い合わせの電話が今回の件レベルであっただろうな…」

 それだけ護符や呪符は稀少消耗品だ。

 多少グレードが落ちてもそこそこの相手に高級品を使わなくて済むのならそれで良いわけだ。

 客層を分けていると言えば良いかも知れないが、まさにその通りだったりする。

 グレードの低い呪符を5枚、10枚使っても上のグレードの物には到底及ばない。

 例えば中級の護符があるとしよう。

 その中級呪符のレベルを仮に10とした場合、それと同等な下級の護符の数量はおよそ100枚必要となる。

 およそといったのは何よりも術者が同じであっても全く同じ力で創り出すことは出来ないからだ。

 下級呪符90枚で済むかも知れないし、110枚でも足りないかも知れない。

 そもそも下級や中級なんて基準まともにないからなぁ…籠められている力の差でそう分けているに過ぎないのだから。

 しかし実際問題それくらいの差がある。

 職業符術師や陰陽師等が持つ符術スキルで作成すると均一な力の籠もった呪符が出来上がるが…うちではそれらの買取はせず、余所を紹介して買い取ってもらっている。

 その類は一律下級呪符のため、こちらではちょっと販売し辛い。

「…ん?」

 着信が入った。

「はい、岩崎です」

『磯部だ。なんとか一人は捕まえたが…厄介なことになったぞ』

「どういう事だ?」

『相手は組織でも何でも無い個人の集まりだ。そして幾つかの詐欺グループも関与している』

「は?」

『あー…ちょっと待ってろ。えーっと、配信者で鈴村こずえ…?のファンで今回その有志達が掲示板でお前の所の店が彼女を助けなかったから死んだと。そんな店が許されて良いはずがないと騒いでいるんだよ』

「…その配信者が退魔師やその筋の連中から僧侶殺しといわれていて関わったところに難癖を付け、その配信者のファンが間接的に僧侶を殺しているんだが?

 他にも廃業した退魔師も居るせいでそれ系の被害が増えているんだよ。

 この件をその筋の連中に流せば間違いなく全員が敵に回りそのファン共を有象無象の区別無く呪殺しかねないぞ。現に彼女が死んだ理由はその殺された坊主と間接的に死に追いやられた連中の怨霊だしな」

『…知ってて放置したという事か』

「中務省ですら関係禁止を言い渡していたぞ?あとはその坊さんの宗派含め各所から彼女には一切関わらないようにと触書が回っていた」

『俺らが一人を救うのも必死なのにソイツはその救うことが出来る人間を何人もダメにしていたと…』

「まあ、その通りだ。どうする?この件はこちらの関係者に広めておくか?」

『いや、そのままマスコミに公表する。詐欺と言う事でまずは一人。他にも仲間がいると話せばそう言った関係者にも伝わりやすいだろ?』

「…そういう手を使うようになったのは、進化と言うべきかどうなのか」

『警察として当然のことをしているだけだ。他にも犯罪者がいるわけだからな。序でにマスコミ連中がこの件で訴えられていたんだったか…ちょうど良いだろ』

 本当にまぁ…精神的に強くなったな…この人も。

『あと、念のため巡回を強化しておく。馬鹿がやらかす可能性もあるからな…安全な連中を回すから一応安心しろ』

「その気配りに感謝…といいたいが一度襲われているんだよなぁ」

『おい!?それを早く言え!犯人はどうした!?始末したのか!?』

「いや、うちの職員に襲いかかる前に声を掛けたら逃げていった。その事も弁護士に伝えて積上げさせていってるよ」

『うわぁ…お前のことだから武器取り出したところとか色々撮影済みなんだろ?だが、ただの通り魔…その犯人が呟いていたとかか?』

「その通り。店の名前まで出したメディアがあったんだが…そこから調べたらしいぞ?」

『ということは…既に逮捕済みか。別の署から俺の所には来ていないが』

「岩崎案件では無く善意の第三者の通報ということでやったからな」

『…ムーンライトの件も岩崎案件内に入れておく。頼むから穏便にやってくれよ?』

「了解」

 俺は通話を切り保科を見る。

 凄い顔でこちらを見ていた。

「あの、襲われ掛けたの、私ですよね?」

「そうだな」

「警察から任意で呼び出されて事情聞いたとき、警察の方も言葉を濁していて意味が分からなかったんですけど…」

「ナイフを取り出して襲いかかろうとしていたんだ。未遂だけにそこまで追い詰められなかったが…供述でメディアには大ダメージを与えられたぞ」

「…出退勤時に気配を感じたのはそれですか?」

「いや、それはうちの猫だな。怪猫だ」

「ええええ?」

「もう奴は野性を諦めたのか…民間人に何となくでも気付かれるとか笑えんぞ…」

 あれはもう猫とは呼ばずぬこと呼ぶか…



 犯人逮捕のニュースから1週間が過ぎ、新たに6人が逮捕され、関係していた詐欺グループも2グループ検挙された。

 全員が全員自首のため出頭してたとのことだが、神経が衰弱しておりうわごとを繰り返していた。

「目を閉じたら、お坊さんが…お前もリンちゃんの仲間かって…眠ったら、知らないオッサンもリンちゃんのせいで死んだって…

 その人達、あのインチキって言われた人だったんだ…救わなきゃ良かったって、恩を仇で返されるなら誰も助けなきゃ良かったって…」

 全員が同じ事を口にしていたことから中務省へ連絡したが、件の鈴村こずえに関する案件に関しては関係各所の訴えがあるため協力できないと断られた。



「…まあ、詐欺グループも捕まったんで良いんだけどよ…陰陽局は手心をだな」

「今回の詐欺のせいであちら職員2人ほど被害者対策に駆り出されていた。その間救えなかった人が8名だぞ?」

 缶コーヒーのプルタブを開けながらの俺の返しに磯部課長は長いため息を吐く。

「…そうなのか。警察もそうだが、あちらさんも人手が足りないという事か」

「だからこそ前に言った言葉が重要になる」

「一人の勇者や英雄は要らない。必要なのは万の優秀な者達か…数年がかりでやっと百が良いところだろ」

「百もいれば其奴らが指揮をし凡百の連中をある程度まで押し上げれば良いんだ」

 カシュッと缶コーヒーを空け、磯部課長はグッと一気に飲んだ。

「無茶でも何でも…俺は部下達をその優秀な奴等にしてみせる」

「…」

「なんだよ」

「いや、自身はその中に入らないのかとな」

「俺ァ…最前線で動くしか出来ねぇな。本来なら課長職だってな…まあ、いつか後方で部下達を育てたのは俺だってにやつきながら酒でも飲むのが性に合ってるさ」

「予言しておくが、部下が逃がさん。絶対に上に押し上げられるぞ」

 コーヒーを一口のみ、俺はニヤリと笑う。

「そんな人望はねーよ。これから更に無茶振りをして嫌われる上司になるんだからな。岩崎案件を投げまくり振り回す無能上司…良いじゃないか」

「今更やっても手遅れだと思うが?」

「うっせ!もう今回から部下に全部投げてるから良いんだよ!…何か喜々としてやっていたが」

 部下に慕われすぎるというのも問題だな。

 まあ、今後はそれが助けになるとは思うが…曹長クラスの器が尉官クラスになった訳だから、今後が楽しみだ。

「…お前さん、何かろくでもねぇことを考えただろ」

「いや?誰かさんの今後が楽しみだと思っただけだ」

 最後の一口を飲み終え、俺は磯部課長に背を向けて歩き始めた。


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